第八節「神様は俺が嫌い」

 神様は俺が嫌い。そう思うようになったのは、俺の過去にある。

 

 人は皆、神様が作った道を歩み、苦しみ、喜んで、死んでいく。その道の中で、何かして、次の世代へと芽吹いていく事が出来る。

 対して、俺の道は人ではなく、としての道を歩む事になった。

 

 魔女は忌み嫌われている存在だ。

 そんな魔女がどんな世界を生きてきたと思う? 地獄さ。地獄を生きてきたんだ。


 理解出来るか? 神様。魔女は娼婦として扱われた時代があったんだ。性の知識を得る前から、気持ち悪い視線へと向けられてた時代。

 他にも、魔女を喰らえば、不老不死になるなんて戯言があった日もあったな。人が人を喰らうなんて、どっちが化け物なんだろうな。

 当然だが、死に方も選べやしない。私刑なんて幾度となく、されたんだ。

 

 それが、自分が生きる世界。

 これが当たり前だったんだ。


「なぁ、神様。一つ聞きたい事があるんだが、良いか?」

「な、に……?」


 苦しそうに口を開く神様に向かって、そう聞きながら思い出すのは、俺が死んだ幾つかの日の事だ。


 最初は私刑で殺された。縄を括り付けられ、火に焙られて死んだ。

 二回目は溺死だった。縄で縛られ、大海へと放り出された。――違うな。溺死なんかじゃない。そこらの魚に目ん玉や皮膚を食い破られて、死んだ。

 三度目はなんだったか。あぁ、思い出したぞ。重石で潰されたんだった! ありゃ痛快だった。……殆ど、痛みが無かったからな!


 そう、


 魔女は死んだとて、魂は消えず、生き返る事になる。

 そして、俺は死ぬ度に送られる空間がある。それがここだ。俺はここを死の狭間と命名した。誰もいない空間で、魂だけが揺蕩って生き返るまで待つことになる空間。本来なら肉体は無い訳だが、……今は違う。


「神様ってのは理不尽な事を押し付ける偶像なのか?」

「ちが、ぅ! わ、私は――!」


 目の前の神様は必死に抵抗している。足で藻掻き、手で喚く。あぁ、そうだ。それでこそ、人だ。それでこそ、神だ。

 俺は疎ましく思うよ。お前の事が。


「そうだ、これも覚えておくんだな。神様」


 絶望に陥れる為の言葉を。俺の本心をぶつける。――それ程、憎たらしくて惨たらしく死んでほしい存在なんだ。神様ってのは。

 

「神ってのは誰からも敬われる存在だ。だが、。お前は独りで生きていくしか出来ない可哀そうなクソガキでしかないんだよ」

 

 神様はハッとした顔をする。途端、一粒、二粒と左右の瞳から涙を流し始めた。気付いたか。そう、お前を救えるのはクソガキである、お前だけなんだよ。

 

 さぁ、神様。


 偶像として祈ってくれている民の祈りとやらで、嘘で塗り固めた想いで、自分を救って見せろ。出来るだろ、神様なんだからさ。より強く首を絞められ、動きを止めない神様。

 徐々に神様の目は見開き始める。良い目だ。死の直行便に向かう最中、俺は当然、身構えた。

 

 ――神様を殺す前に訪れるであろう厄災の効果は如何なものかと。

 だが、何も起きる事は無かった。どんなに待ったって、天罰の雷が降り注ぐ訳でも、永遠と思える程の微睡まどろみに呑まれる訳でも無い。

 出来ないんだ。そっか、そうなんだな。


「何も起きないって事は。独りで死に、誰にも敬われない。そして、誰からも救われない哀れな神様だって事なんだろうな」


 神様は何も言わない。

 それとも言わないだけなのか。それは分からないが、緩めた筈の右手からは、答えは無く、神様はただ、涙を垂れ流すだけの存在となっていた。

 弱った視線に、光無く、もう心が折れたのか。抵抗が既に無くなっていた。


 普通の人ならば、間違いなく、ここで止めるだろう。神様を殺すなんて、良心の呵責や罪の意識が生まれる。殺すなんてとんでもないと感じるかもしれない。

 だが、俺は違う。俺は魔女だ。

 魔女ならば、殺し方や殺され方だって、選ぶ事だって出来る。俺は今、百を超える私刑がこのクソガキの瞳に浮かんでいた。


 病死、刺死くしざし、斬死、餓死、壊死、怪死、溺死、憤死、即死――その死の言葉はどれも良い響きだと思う。それ程、か弱い神様は俺の手の中で死のうとしているのだ。


 折角、手に入った好機だ。逃すつもりはない。

 なんたって、ここには神様が居て、俺には肉体がある。そんな都合の良いシーンが目の前にある。それに、見た目がクソガキなのも、俺にとっては好都合だ。


 分からねぇよなぁ、あんたにはさ。

 意味不明の文字と魔術の知識が俺の頭を焼いて行く日々が。

 どんなに楽しい思い出も、いつの日か魔術に変わっててしまってるんだ。記憶という記憶が魔術にかき消されて、すら思い出せなくなるんだ。


「頼むから、魔女の為に死ね。死んでくれ、息絶えろよなぁ!!」


 可憐な神様の瞳からは涙が流れ出ている。可哀そうに。

 やはり、お前は独りだったんだな。でも、良かった。それだったら、確実に仕留めれる。

 ――その数秒後、少女は力なく地へと堕ちた。


「げほっ、げっ、ぇほっ」

「……そうだったな。忘れていた」

「何、が? っげほぇ、ぇっほ」


 だが、神様は生きていた。天罰が今になって起きた訳でも無いのにだ。なら、何が起きたのかと言えば、あの言葉をふと、俺は思い出したのだ。

 師匠の言葉、それは忘れちゃいけない事でもある。


『無言は真実。そう捉えるけど、良いんだね?』


 そうだ。まだ、真実を得ていないじゃないか。

 冷静に考えてみれば、コイツは神様だと自称しているだけでしかない。確証も無いまま殺すのは簡単だ。だが、それだと師匠の教えに反する事になってしまう。


 ――俺にとって、あのクソババァ。いや、師匠の教えは絶対だ。

 


 そうなんだろう、師匠。

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