第七節「迷子の神様と出会いました」

「――し。もし……し。もしもーし!」


 誰かが俺に話しかけている。

 俺は目をつむったまま、無視をする事にした。というよりも、前に起きた事を考えれば、ここは死の狭間だろう。


 俺は死んだ。それはジートリーの唱えた魔術のせいだと言える。

 完全回復フローレスヒーリング。あの魔術は、一度肉体を完全に壊した後、再生成して、肉体の構築を行う魔術だ。

 だから、どんなに悲惨な状態になったとしても完璧な状態へと戻す事が可能ではある。唯一戻せないとすれば、肉体に宿る魂が無くなった時だけだ。


 これだけ聞けば、理想的な魔術に聞こえるが、実際そう上手くは行かない。欠点だって幾つかある。その最たる欠点は、激痛だろうか。

 次いで、前準備も本来であれば必要だ。肉体と魂を一時的に切り離す必要があるんだが、ジートリーはそんな事を知らずに魔術を唱えた。

 はぁ、しっかりと教えておくべきだったな。


「あのー。もしかして、死んでるのかなぁ。えい、えいっ」


 なんか、蹴られてる? ただ、蹴られた痛みは無い。

 霊体に近いからか。ふむ、これは良い経験になるな。俺のような魔術師は真実を追い求める。ここが果たして本当に死の狭間なのかを確認するべきだ。


 ――って、そんな訳ねぇだろ。何で、コイツ蹴ってんの。人を蹴って起こすとか、舐めてんのか。


「起きてー。ねーってば、ねぇ。聞こえてるんですよねー?」

「なんだ。うっさい」


 ウンザリとしつつも、俺は目を開け、身体を起こす。その視界には、ちゃんと立ち上がる為の手足が見える事に驚きつつも、目の前に見覚えのある少女が立って居た。


 夢で見たあの子だ。

 最初に見た時よりも、更に現実味が増す。夢の中で見た時のようにと比べて鮮明に写る。身長はそこらの子供と変わらないというのに、むしろ、ジートリーよりも小さく感じる。


 衣類と顔立ちといえば、綺麗にまとめられた黒髪のおさげと裾の長いドレス。

 それはひらひらとした装飾が多く、胸元には赤く染まった大きめなリボンを付けているのが分かる。

 それと、二つ、気になる事がある。靴を付けてない事と、目の腫れが酷いぐらいか。


 一杯に泣いたと思われる後と靴が無い事以外、見た目は貴族様な事に嫌悪感が湧く。もし、本当に貴族様なら、蹴って起こそうとする粗相も分かる。

 だって、貴族様の奴らは、常識が無いんだからな。

 平気で人の命を弄ぶ屑なのは、俺が一番、知ってる。


「何ですか、ジロジロ見て――はっ! もしかして、欲情……」

「する訳ねぇだろうが! 俺は女だ!」

「えぇ⁈」


 コイツ、今凄い馬鹿にした顔しやがって、俺が男だと思ったか。残念。俺は女で、生物学上でも女性だ。股間にブツなんてついてねぇ!

 なんて日だ。

 あぁ、分かったぞ。そうか、今日は厄日なのか。


 クソガキジートリークソガキルーナクソガキ目の前の少女!! 


 どれを取っても色とりどりのクソガキに俺は愛されてしまってるようで、日々のお祈りが足りないと見た。

 さては神。てめぇもクソガキだな?


「あー、良かったぁ~。ねね、貴方も迷子なんですか? 迷子、なんですよね!」

「んな訳ねぇだろ。クソガキ!」

「初対面の人に、クソガキなんて言います⁈ これでも、私。


 胸元を張り、ふふんと鼻息を鳴らす。何処からどう見たって、神と思わしき見た目じゃない。幼稚で浅はかなクソガキにしか見えない。


 ――あ、でも、そうか。

 コイツが神なら合点がいく。どうやら、俺の推察はものの数秒で当たっていたらしい。

 素晴らしい疫病神だな。おい。

 

「馬鹿は馬鹿だろう。黙ってろ」


 俺は起こし掛けていた身体を横へと倒し、また目を瞑る。眠ろうとする俺に対し、少女は俺の身体を揺さぶり、何度も起きろー! 

 と、言ってくるが、知った事じゃない。

 

 同時に、俺は冷静に物事を捉えることにした。何、時間だけなら腐る程ある。目を覚ますとすれば、一週間後になるだろうしな。

 まず、ここは何処なんだ。というか、夢で見た少女がこの場所に居るんだ? 


 少女が居ると言う事は死の狭間なんかじゃなくて、夢の中という事なのか。だとすれば、俺は死んでいないのか。


 ――いや、それは無い。ジートリーの詠唱に間違いは無かった。

 教えるべきでは無かったがな。とはいえ、結果としてこんな場所に居るのも事実。少女に、ここが何処なのかぐらい聞くべきなのかもしれないが、ガキに構って良い事は一度も無かった。


 況してや、神なんて名乗り始めたヤベェ奴だぞ。下手に巻き込まれようものなら、最悪だ。


「ねぇ。起きてよ~。貴方も迷子なんでしょ?」


 少女の蹴りがまた、始まる。

 一度なら良い。だが、何度も痛くもかゆくもない蹴りを喰らう度に、俺の中では怒りが溜まっていく。


「いい加減にしろよ! クソガキが」

「んぐっ⁈ ぁ、ぁがっ」


 余りのウザさに俺は飛び起き、クソガキの胸元を掴み掛かった。

 子供だろうが、俺は容赦はしない。何だったら、このまま地面へと叩き付けて殺したって構わない。

 だが、そうしないのはコイツが神様を名乗っているからだ。本当に神様の力があるなら、侮れない存在だからだ。


 だが、片手で掴まれた少女の足が左右に揺れ、表情は苦しそうにしている。少女は苦しいのか、俺の手を必死に叩いてくるが、痛くもかゆくもない。

 あぁ、なんだ神様って案外、力でねじ伏せれるんだな。これは良い事を知った。

 そういう事なら、全力で殺してやろう。


「ぐ、るしぃ……‼ やめ、て」


 苦しい、辛いか。

 神ならば、ここから抜け出せるだろ? そう、神なら自身だって救える筈だ。他でもない自分を救えずに、何が神か。


「神なら俺でも殺して、抜け出せよ。なぁ!!」

「ぁが、ぁ、ぁあ」


 首を更に強く絞める。勿論、簡単に殺すつもりは無い。神様なんだろう?

 本当に神様だというなら、私刑を与えるつもりだ。ついでに、救われなかった人達の贖罪もしてもらおう。


 なぁ、そうだろう。神様。

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