第五節「俺はおっさんじゃない」
そう、俺はおっさんなんかじゃない。確かに、ゴツさがあるのは否定しないし、そんな風に見られるのも分かる。だが、俺は女性だ。
一人称が俺なのは生まれつきだし、身体がこうなのも――まぁ、師匠のお陰ではあるのだ。
「どうした? そんなに口をぱっかーんと開け、何を言ってるんだと馬鹿にしたような目で見てきて」
「いや、ちょっと混乱しただけ。そ、そっか。女か。そりゃ、悪かった」
ルーナはそう言って、視線を離す。下を俯いたまま、もじもじと手をこまねく姿に、俺はどう言葉を掛ければ良いか、迷う。
大方、突然の
以前、鏡の姿を見た自分は我ながら男としか見えなかったからだ。高身長、がっちりとした体格のせいで、女になんか見えないのは分かる。
自分ですら、何処ぞの修行僧かと見間違う程だ。そこにロングヘアーを隠す為のフードと魔術師のローブを着こなせば、胡散臭さ漂う魔術師の完成って訳だ。
更に、客観的に言えば、すらりとした目元に、長すぎる程の赤髪。
――ついで、胸元を見る。が、どう見ても男だろ。これ。
胸なんざ大きくても、良い事が無いとは聞く。肩は凝るし、異性からの視線が目障りだとも。だが、女として見られないのは勘弁してくれ。
本当に情けないな。いつの日か、俺が女として見られる方法はあるんだろうか?
「とにかく、俺の名前はエウリカ。エウリカ・メルヴェーユだ」
名乗った後も、未だにルーナは視線は下を向けている。まぁ、気持ちは分かるんだが。先程までの威圧するような態度は何処に行ったんだ。
女に向けて、放った顔面直撃の蹴りは相当、溜まったもんじゃなかったんだが。
「本当に、えっと……?」
やっとの事、ルーナは顔を上げた。が、口はあんぐりと開けっ放しで、納得がいかないと言った表情をしたままだった。
分かるぞ、逆の立場なら俺も納得がいかない。
「女性だと思わないのは分かる。だが、残念な事に俺は女だ。悪いが、おっさんなんて呼ばれるのは不愉快極まりない。――それと、いきなり殴りかかって悪かった」
実際、殴ったのは俺だ。躍起になって、ルーナに突っかかったのは俺の方だ。良い歳して、おっさんと言われたぐらいで怒るなんて、俺も老けたな。
とはいえ、ルーナにはまだしてもらう事がある。正直、こんな事を頼むのは身勝手である事には間違いない訳だが。
「ルーナ。俺を助けてくれるんだろ? ……正直な話、ここだと話しづらいから、場所を変えないか」
ただ、同時にこの場所じゃあ頼みにくいのも、違いない。聞こえてくる野次馬のざわついたひそひそ話。多分、俺がコイツに向かって渾身の土下座をしたからだろう。
あぁ、幾らでも笑い種にしてくれ。但し、俺の居ない所で話せよ。
もし、俺の耳にその笑い種が植え付けられようものなら、そいつをぶっ飛ばしてやる。
「付いてきなよ。うちの住処に案内してあげる」
「ありがとう。助かる」
ルーナも察してくれたのか、そそくさと移動し始めた。街路を通り、先程居た広場から遠く離れ、居住区と思わしき場所へと出る。
ただ、時折ルーナがこちらをちらちら見るのが何ともこそばゆい。フードも被りなおすべきなんだろうか。それとも、顔を蹴ったのがそんなにも気になるのか。
気になった俺は率直に聞いてみる事にした。
「俺の顔に何か付いてるか?」
「付いてないけど」
付いてないと言う割には、ルーナはまだ見てくる。
横並びで歩く中、身長差があるせいで、何度も見上げながらこちらの顔を見られると、ちょっとした恥ずかしさを覚えた。
「なんだってんだ、あんまりそうジロジロ見るんじゃねぇ。俺は、あんまり見られるのは好きじゃないんだ」
「あぁ、悪い」
そういうと、ルーナは視線を下へと戻し、足早と前に出る。
それ以降ルーナの視線を見る事は無かった。まぁ、本人がそこまで気にしてないなら、良いんだが。ただ、未だ距離感がある。
むしろ、助けてくれると言ってくれるだけマシではあるが、こうも手を取ろうとしない事に気まずさを覚える。
砂利道を歩く音だけが響き、無言が先程の視線よりも痛く感じる。そして、ルーナの案内はまだ終わらないし、俺から気の利いた言葉なんて掛ける事は出来ない。
ガキの相手は苦手なんだ、ただでさえジートリーの事があるせいで、余計にギクシャクしちまう。
掛ける言葉を必死に探していると、おもむろにルーナが歩きを止め、俺の方へと身体を向き、言葉を選ぶように口を開いた。
「なぁ、あんたはどうしてその人を探してる?」
先程無いと思っていた俺の書いた似顔絵を手に持って、聞いてきた。
「似ているだろ? この人は俺の師匠で、ちょっとした手違いで離れてしまったんだ。有名な魔術師だから、皆知ってると思ったんだがな」
長めのエルフ耳、似顔絵では鬼のような見た目をしていると言われていたが、実際は俺より断然美しいし、可愛い。
短めの緑髪に、深紅のように真っ赤な瞳。ローブは高級な
今はもうエルフ族の見た目に満足しているみたいだが。
勿論、男が近寄ろうともしない俺に対し、師匠なら一晩で数名の男を釣ってしまうだろう。――釣られた男が可哀そうだが。
「ふーん。で、魔術師の名前は?」
「あぁ、言ってなかったな。魔術師の名はシャルロッテ・レガリア。そいつの似顔絵なんだが、誰もそんな奴知らねぇっていうんだよなぁ」
「……はい?」
ルーナの視線は曇っていく。眉をひそめ、困惑の表情へと移り変わる。何か、可笑しい事でも――言ったかもしれない。
何せ、俺の描いた似顔絵はあの奇天烈で有名な美術士ギルドに見せに行けば理解されると言われたぐらいだ。そんな絵を見て、もし、ルーナが師匠の事を知っていれば、そんな顔をするのも納得がいく。
ただ、そうとんとん拍子で上手く物事が運ぶ訳無い。何か知ってるのは間違いないだろうが、それは後で聞けば良い事だ。
「着いたよ」
そう、とんとん拍子で。進む訳が。
「お、来たか。しかし、まぁ。よくここが新居だって知って、た……」
お互いの顔を見合わせ、互い互いの思惑が、思考が走る。――同時にルーナの手に持っていた似顔絵が、するりと地に落ちた。
刹那、言葉を掛けたのは師匠からだった。
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