第四節「情けない……!」
殴りかかった矢先、俺の右手から放たれる握り拳。その一撃は大きく空ぶる。すかさず、左手を使い、二撃目へと移るが、それは軽くいなされる。
次は、蹴りだ。
そう、師匠から教わったのだから。
三撃目は、右足を使う。
相手に最も近い左手を地面へと付け、振り払うようにし、足払いを行う。だが、ルーナの足元へと当たりそうになる一瞬。瞬きをする間もないような時間の内に、俺の左肩を手で押し上げ、飛び越していた。
ルーナの体重が全身へと乗り上げ、体感が揺らぐ。咄嗟の出来事に、対応は出来ない。当然、動きはままならない。
もし、このまま振り替えなければ、敵に背中を見せることになる。
――だが、速度だけならば、ルーナの方が上手だったのだ。
「おじさん、がら空き。ほらほら!」
「げっ⁈ あがっ、げぼらっ!」
振り返った瞬間、真正面に足が俺の視線に飛び込んだ顔面直撃の蹴り。
これを諸に食らって、低空を飛んでいった。数秒もすれば、ぶつかる衝撃に、痛みは全身を伴ってくる。が、幸いにも飛んだ先が木箱で助かった。
もし、石壁とかであれば、激突と同時に気絶しかねかなかっただろう。
同時に、広場からはどんどん、人だかりが集まってくる。ほらきた、野次馬共だ。
「お、喧嘩かい。良いねぇ~! ほら、一発で倒れるのか、あんちゃん。あいつはまだ、やる気みたいだぜ」
「ってか、あれゲロ吐きじゃない? ほら、路上で吐いてた怪しい奴がいるって」
「あぁ、確かに。大方、あの少年にスリでもされたんだろうねぇ――弱そうだし」
言いたい事、言いやがってぇ……‼ 全部聞こえてんぞ! とは、思ったものの、非常にマズイ状態なのは間違いない。
こんなにも、人が多いんじゃ魔術なんてとてもだが、使う訳にも行かない。かといって、逃げるという選択肢を取るには、この囲んだ野次馬共が邪魔で走り出しても、まず追い付かれる。
「クソ、が……!」
「おじさん。突っかかってきた割には弱いね」
やる気満々のルーナ、拳を構えたまま、物怖じ一つ見せる事は無い。対して俺はというと、ノックダウン寸前。
立ち上がるのだって精一杯すぎて、どうにもならない。
――真っ直ぐに相手を見据える。ガキんちょだからって甘く見誤ってたのが、悪いのだから。
「お、良い目してるね。嫌いじゃないよ。さ、次はどうする?」
「良いだろう。俺のとっておきを見せてやる」
「とっておき、だって?」
正直、戦う相手を間違えたと今更ながらに後悔してる。
だが、吹っ掛けたのは俺だ。勝てると内心思ってはいたが、魔術が使えないんじゃあ、ただのおっさん。
クソ。おっさんなんて言われて、引き下がれるかよ!
――が、残念な事に打つ手はない。そう、無いんだなぁ。カッコいい事なんて、俺には出来ない。だから、出来る事は一つだけじゃないか。
俺のとっておきを喰らいやがれ!!
「……みませんでした」
「はい?」
「ほんっっとうにすみませんでしたぁ!!」
情けなく、容赦なく、身を穿つ。
多分、ルーナの視線にはそれはそれはもう立派な土下座が繰り出されている筈だ。
俺は手足を内側へとしまい、丸々とした背を相手に向けている。
おいおい、そりゃないだろ。
そんな野次馬達の声が、ざわつく視線が、聞こえてくる。
そりゃそうだ。どう見たって、大の大人が情けない姿を露わにしている。本来であれば、ステゴロから始まるであろう血肉踊る闘いなどはそこには無い。あぁ、我ながら情けない姿だ。
だが、勝ち負けよりも、今はこの場を収めるべきだろう。――殴りかかった俺が言う事じゃないが。
「えぇ~。とっておきが、土下座って、ちょ、ちょっとおじさん?」
「俺が悪かったんです! そう、何処ぞと知れぬ弱々しい少年を殴り飛ばそうとした俺が! 俺が悪いんです!!」
「分かった、分かったから、顔上げて」
すかさず、少年は話し掛けながら近寄ってくる。
チャンスだ! ――なんて、不意打ちは当然しない。
これは誠心誠意の謝罪なのだから。こうやって俺はやり過ごしてきた。一種の処世術だ。勿論、人によってはこの行為を嘲笑うだろう。馬鹿だなんだと、罵る。
だが、魔術が使えない以上、俺はただの一般人。肉弾戦なんて、性に合わないのだ。
「あぁ、本当にすまなかった。ただ、一つ頼みがある。その、おっさんというのは止めてくれないか?」
「はい? いやだって、おっさ――」
俺は、見に纏っていたフードを脱ぎ、髪留めを外す。長いロングヘアーが露わになり、そこで自分の紹介をした。
「俺は女性だ。おっさんじゃない」
「は?」
それを聞いたルーナは固まったまま、動こうとはしなかった。
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