第三節「少年」

「エウ様、シャル様。何でそんなに怖い顔、してるれすか?」


 その一言で、俺は現実へと引き戻された。

 視線をジートリーへと向ければ、今にも泣きだしてしまいそうになっている。余程、怖い思いをさせたんだろう。


「悪いな、ジートリー」


 咄嗟に俺は師匠からジートリーを引き離すようにして、手を取った。――思い出したくない事には、蓋をしておけばいい。

 わざわざ、自身の弱さへと赴いて、悲しくなる事なんて無い筈だ。


「まぁ良いさ。それよりも、あんただよ。どうせ、泊まる金すら無いんだろう?」


 師匠は話を切り替えてきた。大方、ジートリーの事を思って、話を変えたんだろう。対して、俺は口を閉じる。

 事実として、無いからだ。というのも、アーレスに着いたら、魔術師ギルド内で過ごそうと思っていた。ギルドなら、衣食住全てを賄える。

 

 代わりに、魔術師として働く必要はあるが、自分の目的である異端審問会への出席を理由に話せば、一時的な寄宿先として使えば良い。

 

「無言は真実。そう捉えるけど、良いんだね?」


 視線を逸らし、俺は黙る事で肯定する。すると、師匠はこちらへと近づき、一呼吸の溜息をついて、呆れ顔に言った。


「だったら、。――今、魔術師ギルドの方はピリピリしてるんだ。向かうのはやめた方が良い」


 その言葉に、俺は驚きを隠せなかった。何故、師匠がこんなにも優しいのか。

 いつもの師匠なら、そこらで野垂れ死んでな!! と、怒号と共に、渾身の一撃が飛んできても可笑しくはないのだが。


 もしかして、俺が不憫にでも思ったのか。なら、嬉しい限りだ。俺は空を見つめ直し、改めて師匠の偉大さに感服の意を示した。

 

 ――視線を戻すと師匠は腰を下ろし、ジートリーの頭を撫でる。嬉しそうにするジートリーに、俺は頷いた。まぁ、ジートリーは師匠の事を存外、気に入ってたのだから、この話を無下にする必要はないだろう。


「シャル様のお家、行けるんれすか⁈」

「そうだよ、ジートリー。お家が無いのは辛いだろう~?」

「はいれす。汚らしい浮浪者にはなりたくないれす!」


 待て。浮浪者なんて言葉を何処で覚えた。――いや、多分、俺だ。俺の言動を真似してるんだろう。

 あぁ、師匠がこっちを睨んでる。すみません! 今度、ジートリーの言葉を是正しますんで!!


「師匠」

「あぁ、言わなくてもわかるさ。お前達も大変だったんだろう?」


 し、師匠ぉ~……。

 涙が出そうになる。あぁ、師匠とは本当に偉大だ。いざとなれば、不出来な弟子である俺ですら、助けてくれるのだから。


 『――ありがとう、師匠』


 慣れないその言葉を投げようとした寸前、師匠は悪意に満ちた顔をこちらへと見せつけてきた。

 この顔をした時の師匠は間違いなく、何かを企んでる。嫌な予感がした。


「何、悪いようにはしないさ。お前が禁呪を本当に使ってないなら、ねぇ。それに、ジートリーも嬉しそうなんだから、この話、無下にはしないだろう?」


 俺は嫌々ながらも、首を縦に振る。この師匠クソババァ! 

 あぁ、ハメられた。


 師匠の奴はジートリーをだしにして、俺を監視しようとしているのだ。

 確かに禁呪を使ったとする俺がギルドになんか顔をだしたら、面倒事が起きるだろう。もしかしたら、ギルド内がピリピリした空気になってるのは、それが理由なのかもしれない。


「さぁ、コイツの許可も出たから、行こうか。ジートリーちゃん~」

「あぅう、引っ張らないで下さいれす!」

「大丈夫、あいつならすぐうちに来るからねぇ~。お家で待ってよっか!」

「ぁ~れぇ~、エウ様ぁ~……」


 ――今、何が起こった? 

 ほんの数秒だ。俺が考えを巡らしてる最中、会話を交える事もなく、ジートリーは師匠から手を掴まれ、何処かに行った。まるで霧散したように、もう二人の姿は無い。

 だが、頭がそれを理解にするのに、数秒かかる。それ程、速かった。


 そして、気付く。

 

「って、あぁ⁈ あんの師匠クソババァあ!」


 俺は焦った。

 昔の師匠のアトリエなら分かるが、今のアトリエについては知らない。以前、手紙でこのような事を書いて送ってきたからだ。


『アトリエの場所を変える事にしたが、教えてやらないからね、馬鹿弟子クソガキ!』


 たった一行に収まった手紙を俺に送ってきた。

 であれば、ジートリーを持っていかれようものなら、間違いなく俺は路頭に迷う。何故なら、ジートリーの荷物に、金を入れっぱなしだからだ。


 このまま、アトリエが分からなければ、俺の手荷物とそこら辺の野外で一晩――いや、それ以上の日々を過ごす事になる。

 最悪、魔術師ギルドに向かう事も出来なくもない。ただ、それは最後の手段だな。ともかく今は――。


師匠クソババァ、金、返せぇ!!」


 ついでに、ジートリーも!


* * *


 探せど、探せど見つかる気配は無い。一体、何処に行ったってんだ、あのクソババァ。

 仕方無いので、俺は師匠の似顔絵を描いた。それを手に持ち、手当たり次第に師匠を見なかったかと聞いて回る。だが、見た人達からは――。


「あぁ――えっと、個性的な絵だね。僕は分かんないかな」

「何で、耳から小鬼の角みたいなのが生えてるの……? ――え。これ、エルフ耳? ……なんか、ごめん」

「――吾輩がこの芸術を理解出来ないのは、吾輩が画伯ではないからだろうな。アレだったら、美術士ギルドに行くと良い。あそこなら、お主の絵も評価されるかもしれないぞ。未来の画伯、期待しているぞ! がはは」


 なんて、言われる始末だ。

 ここ、アーレスにおいて、最高の魔術師である師匠を知らないのか。どう見たって、これは師匠だ。誰がどう言おうが、師匠の似顔絵だ。


「下手なだけでしょ。そんな絵見たって誰なのか分からないに決まってるじゃん」

「はぁ? てめぇ、もう一度言ってみろ。ぶち転がすぞ! しかも、勝手に見やがって! 木箱から降りてきやがれ!」


 極めつけには、そこら辺の木箱に座り込んでいたガキんちょにすら馬鹿にされる始末。そんなに下手か?

 俺は今一度、似顔絵に目を通す。どう見たって、似てるだろ!


「あのさぁ、勝手に見せたのはそっちだよね?」


 俺の絵を馬鹿にした奴は言う通りに、積み上がった木箱から降りてきた。身軽さを見せつけるようにして、奴はこちらをキッと睨む。

 その睨んできた瞳は貪欲な黒色に染まっていた。


 見た目からして、浮浪児か。

 背丈は――ジートリーと同じくらい。そして、汚れたフードを被っている。上着は全身を隠すようにしてクロークを見に纏っていて、靴は履いてない。ボロくなった布切れを宛がい、褐色の足が見え隠れしていた。


「コレで良い?」

「お、おぅ。意外に素直だな。お前」

「お前、じゃない。ルーナだ」


 木箱から降りたって、こっちへと寄りながら名乗ってきたルーナ。大人に物怖じせず、ぐいぐいと来るものだから、少し委縮してしまうが、意外にも素直な所には、感心した。

 ガキはこのぐらい素直じゃなきゃな。


「おじさん、その人の特徴教えてよ」

「……は?」

「良いから、さっきから広場でうろちょろされてて、目障りなんだ。だから、助けてあげる。どう?」

「っ!!」


 馬鹿にされた。明らかにコイツから馬鹿にされている。先程睨んできた目元は、ニヤリと表情が移り変わったのが何よりの証拠だ。

 ――落ち着け。俺は良い歳をした大人だ。それも、物分かりの良い大人だもんなぁ!


「何、どうしたの? そんなに苛立った顔して、助けて欲しいの。欲しく無いの? どっち」

「……あぁ、分かった」


 深呼吸をし、ガキの言った事を冷静に呑み込む。そう、助けてくれると言ってるコイツを――。


「一発、ぶん殴らねぇと気が済むかよぉ!!」

「何でこうなるかなぁ。良いよ、そっちがその気なら相手にしてあげても」


 俺はルーナと名乗ったガキに殴りかかっていた。

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