第一節「禁呪」

 

 さて、本題だ。

 俺は、早速アーレスに着いた途端、ある事をしでかした。それはなんだろうか。答えはとても簡単だ。ヒントを出すとするなら、今、必死にジートリーが俺の背中をさすってくれている。


「エウ様、本当に大丈夫れすか……?」

「あぁ、すまない。ジートリー」


 そう、俺は大量のゲロを路上にばら撒いていた。

 アーレスに降り立った瞬間、堪えきれない違和感を吐しゃ物として、吐き出したのだ。当然、見知らぬ様々な種族や人達が自分をドン引きした眼差しで、こちらを見ている。


 悪かったな、路上なんかで吐いて。

 乗り物酔いなんて、体質の問題だから治りはしねぇんだよ。見世物じゃねぇぞ!


「おぅ、げぇえ」

「エウ様、だから言ったのれす。時空間を移動した方が早いとジーは言いましたれす!」

「時空間なんて魔術使ったら、あのババァに見つかるんだっての!」


 痕跡の見つからない魔術なんて存在はしない。どんな魔術だって使えば、痕跡が残る。小説の殺人トリックに完璧がなく、何れ解き明かされるように。

 魔術にだって完璧は存在しない。


「だーれが、ババァだってぇ……?」

「げっ」

「なんだい、その顔。何か騒がしいと思ったら、あんただったんだね。まさかだけど、一般人に迷惑でも掛けてるんじゃないだろうね?」


 この一瞬、こちらへと鬼の形相に似た顔で近寄ってくるババァ。

 いや、師匠ではあるんだが。まさか、こうも出くわすなんて。なんて、ツイてない日だ。


「あらぁ、ジートリーちゃん。前に会ったのが、2年前なのにこーんなにすくすく育っちゃって」

「あぅ、あうう、シャル様、そんなに撫でないでくださいれすぅ~」

「良いじゃないかぁ。折角、会ったんだからぁ。対して、コイツは――はぁ、本当に変わんないね」


 隣に居た自分なんて気にもせず、ジートリーを撫でまわす師匠。だが、俺に視線が揺れるとため息をついた。何も変わっていない。

 正に、絶世の美女とも言えるのその姿は若作りの秘薬によって保たれてるに過ぎず

俺が数十年前、師匠へと弟子入りした時から、その外面の良さだけは良い。

 

 だが、実年齢の方は魔女とも言える二百歳を超えた超絶ババァだぞ。


 言ってしまえば、人類の夢である不老不死の魔術を完成させた由緒ある人。


「うるせぇよ。ババァ、未だに若作りか?」

「バ――あ、あらあら。御師匠様に対して、失礼な物言い草だね?」

「どー見たってババァだろうが、この、二百歳の腐れゾンビ!」


 咄嗟とはいえ、その一言は不味いと今更ながらに思う。師匠の顔は眉を寄せて下げていき、明らかな怒りと圧倒する殺意を感じた。

 あぁ、ヤバい。と、俺は思う。そして、師匠は近付いてくる。


「なんだい、その態度」

「あ、えと。そう、じゃなくて」


 言葉が詰まり、言葉に出ていた俺は後悔の二文字を浮かべる。

 いつものように強気な態度を出せず、まごついていると師匠はゆっくりと俺に近づいてきた。


「……良いんだよ。今、お前の事を殺したって」

「すみません」


 俺はすぐに性に合わないような平謝りをしていた。

 もし、逆らってしまえば、師弟の関係である俺はいつでも師匠から事だろう。

 生殺与奪の権利及び魔術の停止権利。それが師匠にはあるからだ。


 それこそ、ありとあらゆる行動に対し、師匠は制限を掛けられる。

 

 ――ババァなんて言ったが、機嫌を損ねれば、俺の命なんて燃え散る紙切れ同然だ。


「まぁ、良いさ。大方、禁呪についての事だろう? もう噂があちこちで聞こえてくるのさ。うちの弟子が、禁呪を発動させようとしているってね」


 師匠は面倒そうにしながら、背を伸ばす。グッと背中を伸ばしながら、話を続ける。俺は当然、それを聞くしか出来ない。師匠も俺の事を信じちゃいないか。

 まぁ、だろうな。弟子の不出来な事なんて取り合う理由もないんだから。


「すみません」

「ふぅん、珍しい事もあるもんだね。あんたが素直に二度も謝るなんて。だが、私はあんたが禁呪なんて使うとは思っちゃいないさ。私の弟子だ。そんな事しないだろう?」


 師匠はニッと唇を横に広げた。あぁ、師匠は師匠だ。――ちゃんと俺を見てくれている。ホッとする俺は、ふと周りを見渡す。先程まで師匠に撫でられていた筈のジートリーが見当たらなかった。


「ジートリー? おーい!」

「師弟契約もしてないのかい。いい加減、認めたらどうなんだい? あの子は――」


 師匠が何か言い掛けた途端、ジートリーがスッと木の影から出てくる。どうやら、俺と師匠の話が終わるまで隠れていたようだった。


「そこに居たのか。ジートリー」

「あぅ、怖かったのれす……。シャル様」

「あぁ! ごめんねぇ~ジートリーちゃん、おぉよしよしよし」

「ぅぁう、シャル様ぁ~そんなに頭を撫でないでほしいのれす……! ぐわんぐわんするれすぅ~!」


 そのまま、勢いよくもみくちゃにされるジートリー。本当、この師匠は……。

 どっちが保護者なんやら。どう見ても過保護に接しているのは師匠の方だろ。


「ジートリーも居るし、本題に戻そうかね。まさかとは思ってるけど、禁呪を使った訳でも、使おうとした訳でもあるまい?」

「勿論です、師匠。俺は間違っても、そんな事はしません」

「――ふん。まぁ、信じてあげようじゃないか。何せ、お前も知ってる通り禁呪、はアルカレスカ大陸、最大の罪にして原初の魔術であるって事は最初に教えてる筈だからね」


 世界を壊す魔術。通称、終末の時空間ラグナロク。その魔術は、自分にとって都合の良い未来に改変し、その後の未来世界を壊してしまう魔術だ。

 

「ラグナロクを発動させても、良い事は無い。例え、愛する恋人が目の前で焼かれて死のうとも、死んだ者を無かった事になんて出来やしないのさ」

「……そう、ですね」


 俺は師匠から視線を逸らし、下へと俯いた。含んだ物言い。きっと、トゲを出すつもりなんて師匠は無いんだろう。――そう、アレは事故。

 事故なんだと思って尚、やるせない気持ちが溢れそうになる。


「なんだい、そんなに落ち込んだ顔して、未だに引きずってるのかい? アレは不運な事故、あんたが悪い訳じゃあ無いんだよ。何度も言っているだろう」


 師匠からフォローしてもらえるが、実際、気が気で無かった筈だ。あんな体験をして、前を向こうとする師匠には頭が上がらない。

 だからこそ、俺は師匠には逆らえない。そりゃあ、小言のような文句は言うし、腐れババァと悪態は付く。だが、それ以上、俺にとっては大事な師匠でもあるのだ。

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