迷子の旅路

ステラ

序章【師匠と弟子】

第零節「私は迷子になりました」

 迷子です。

 はい。私、迷子になっちゃいました。


 ――なんでしょうね、ここー。

 真っ白な空間に独りぼっち、なーんも分かんないです。

 でも、分かんないって悪い事じゃないと思うんですよ。だって、毎日に新しさを覚えれるから。新しいゲームとか、新しい作品とか、きっと、世の中には、新しいが常に芽生えてるんですよっ!

 そして、ここから始まる冒険譚があるかもしれない! 


 ……んな訳無いですよねぇ~。

 始まってるんだったら、多分こんな独り言のように呟いたりしませんもん。


 でも、人ってのは、迷子になっちゃうんですよね。切り開けない新しい世界で、挫折したり、下らないって一蹴したり、ね?

 これ、すなわち人生!! あ、面白くない? それは失礼しました~。


 あぁー。

 独りぼっち、さみしいな~。

 ん……? あ、待って。待ってください! そこ、そこの貴方! 貴方ですよ!!

 あぁ、初めて誰かと会えました。――きっと、貴方も迷子になっちゃったんですよね! えぇ、えぇ。

 そんな顔せずとも、分かりますから。だって、私、で迷子になっちゃったんですもの!! 凄いんですよー。色んな世界ぐっちゃぐちゃー。

 俗にいう、貴方達で言う異世界とか、現代とか、古代とか、もー入り乱れて、そんでもって、迷って、迷って――多分、貴方の世界、壊しちゃいました!

 

 あは、あはは。ぁは、……はぁ。


 ごめんなさい。お話逸れちゃいましたよね。あ、えっと、はい、そうなんです。私、迷子です。そう迷子、なんです。


 ――だから、だから! お願い、です。私を、……んぐっ、みつけ、ひぐっ――。

 見づけてぐだざぃ! おねがいだからぁ!!


* * *


 酷く、疲れる夢を見ていた気がする。

 揺れる馬車中で、半々の気持ちが俺を襲っていた。一つは、息苦しさだ。何せ、何人もの人たちがこの馬車に詰め込まれている。

 二つは、見たくもない奇妙な夢のせいで、酔ったような感覚が自分を襲っている。


 あの泣いてる女の子は何だったのか。未来の啓示とされる夢にしては、異様な程の現実味があった。

 むせび泣く神と自称するその子は、あからさまな程、焦った様子を見せていた。

 助けて欲しい。見つけて欲しい。

 その一心で、俺に語り掛け、……ふと目を覚ませば、馬車の中だった訳だが。


 しかし、そんな女の子を気にする気力なんてありはしない。何せ、この馬車は乗り心地が悪い。

 激しく揺れ、このまま目線がブレ続けようものなら、目的地に着いた瞬間、それはもうとびっきりのゲロを吐き出せる自信があるくらいには。


「エウ様? 大丈夫ですか?」

「あぁ、――大丈夫だ」

「ふひひ、それは良かったれす!」


 教え子であるジートリーは俺を心配そうに見つめてきた。

 そう、教え子。何年前だったろうか、俺が住んでいた小さな集落で、彼女は拾われた。

 まだ、赤ん坊でありながらも、都会へと続く道端に置かれていたそうだ。拾った商人の奴は仕方無く、道中寄るつもりだった自分の住む集落へと連れてきた。

 

 勿論、商人はこの子を連れて行く事は出来ないと言いながら、半ば押し付けるようにして、預けて何処かへと去っていく。

 無責任にも程があるだろう? 

 だからと言って、自分にその子を見捨てる覚悟は無く、渋々その子を育てる事にした。


 ……幸いにも、その子は無事すくすく育ってくれている訳だが。

 今年で、8歳。ただ、呂律が上手く回らないのか、ですをれすと言う事がままある。

 とはいえ、だ。

 言語能力が乏しい訳では無い。何だったら、俺が教えた魔術の基礎を六歳の時点で、ほぼ完ぺきに覚えているのだから、その才能には驚かせられてばっかりだ。


 ただ、本人にはその自覚は無い。何故なら、今も尚、馬車中でうろちょろとしているのだ。

 この狭い空間の中、様々な人々がいるにもかかわらず、動き回れば、自然と保護者である俺へと視線が行き交う。


「エウ様ぁ。ジーは疲れたのれす。まだ着かないんれすかねぇ~」


 とうとうジートリーは疲れ果て、そのまま馬車の窓から顔を出して、風を感じ始めた。


「もう少しの辛抱だから。というか、窓から顔を出さない。危ないぞ。ほら、こっちおいで」

「はーい!」

 

 あぐらで座っていた俺は、膝の上へと誘導する。すると、意図を理解したのか。ちょこんと俺の上へと座り、真上を見上げ、俺の視線へと入ってくる。

 俺はそのまま、優しく、ジートリーの頭を撫でた。


「ふへへ、へへ~。エウ様に撫でられたれすぅ!」


 すると、嬉しそうにしながら、喜んでいた。静かにしてくれって意味で、撫でたんだが――まぁ、良いか。


「あ、エウ様。見て下さいれす!」


 ジートリーは膝の上から飛び退き、指を指す先には、ついさっきまでジートリーが顔を出していた小さな小窓。そこからは、遠目ながらも目的地が見えてくる。

 あれがアルカレスカ大陸、最大の都市にして、最古の商業都市――アーレス。

 

 俺が住んでいた集落とはくらべものにならない程だ。遠目に見えるぐらいには、人々が賑わっているであろう商店街。ぽつぽつと揺れる何かは人だろうか、所狭しにその点は揺れ動いている。


 そして、自由を代名詞としている都市であるからなのか。国境となる門が無い。――つまるところ、関所が無いのだ。東西南北、どの方向からでも受け入れられるようにされているのがこのアーレスの特徴だろう。

 勿論、住民区となる場所にはしっかりと防壁が組まれてはいる。だが、人を拒もうとは絶対にしない。例え、どんな種族だとしてもだ。


「あぁ、後少しの辛抱だな……」

「はいれす!」


 かれこれ、数週間の旅路だ。疲れも溜まっているし、わざわざ辺境の田舎からここに来る理由があるのかと、問われれば、この封書がその理由を答えてくれる。


"魔術師 エウリカ 貴殿に対して、禁呪の使用が認められた。貴殿に異端審問を行う為に、アーレスへと足を運ぶように、無い場合は処罰を下すとする"

 

「異端審問、か」

「あっ、いいのれすか? アレ、投げ捨ててしまって……」

「いい、構わんさ」


 俺は持っていた封書を手に取って、馬車の小窓から投げ捨てた。――ふざけた事を。

 どうせ、ロクでも無い奴が俺の風評被害でも、垂れ流したんだろう。間違っても、禁呪なんざ使いはしない訳だが、万一と言う事もある。

 何より、指示を聞かなかったら、が黙っちゃいないだろう。

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