第21話 銀河令嬢「主人公とは大体の問題を『これ』で解決するユニットとことをいう」


 》


 赤い閃光が下水道を駆ける。

 影へと沈んで回避を行った魔法使いの少女の姿を、グーラは見ていた。


 ……確定か。


 影移動のスキル。反対側で戦う忍者が使い、ルカを一瞬追い詰めたようなそうでもないようなものだ。

 影を扱うスキルはファンタジー系の悪役令嬢や聖女には数多く発現してきた。相手の影を捕らえて動きを封じたり、影そのものを伸ばして攻撃に用いたり、その用途は数多い。

 その使い方の中に、「影の中に潜む」というものがある。移動にも回避にも使える便利なものだが、これを使う術者は主にふたつに分けられた。


 要は、「己にだけ使える」か、「他者にも使えるか」、だ。


 無論、後者のほうが汎用性には富む。だが、「他者」が戦う相手にまで及ぶのであれば、これは明確なバランスブレイカーだ。レイネのギロチンと同等かそれ以上の威力でもって、この世界で戦い抜いていくことになるだろう。

 だが、


 ……「アルカ・レントラー」。


 グーラには、その「他者に及ぶ影使い」にひとり、覚えがあった。


 アルカ。バトルではない、日常系乙女ゲーム出身の聖女だ。全ての女性がなにかしらの属性魔法を身に宿して生まれる世界で、彼女は100年ぶりの「影」属性使いとして生を受け、それをハンデとしながらも聖女に選ばれてなんやかんやイケメンと結ばれた。


 今しがた反射ビームから魔法使いを守ったのは間違いなく彼女の能力だ。だが、


 ……アルカは確か、虚弱体質のインドア派……。


 間違っても戦場に出てくるタイプではないし、だからこそ、そのような「どうにでも悪用できる」能力を与えられた。

 要は、この場にいる忍者、剣士、魔法使いは、どうあっても「アルカ・レントラー」ではない。


 つまり、隠れているのだ。この3人とは別、4人目の敵として。


 その理由が、果たして彼女の性格によるものなのか、こちらを油断させるためか、それともあくまで補助に徹しているのかはわからない。

 だがそうだとするなら、


 ……不意打ちが怖いな?


 人は刺されれば死ぬ。悪役令嬢だろうとそれに例外は……いやまあ例外はあるかも知れないが、大体は死ぬ。そのあと生き返ったり治ったりはあるかもしれないが1回は死ぬ。死なない令嬢もいないことはないが――そうだ、言い方が悪かった。「刺される」というよりは、「腹に穴をあけられて内臓をかき混ぜられた」場合だ。それであれば死ぬだろう。内臓が複数存在する令嬢でもいない限り――いやひとりいたな。でも痛いだろう内臓いっぱいあっても。まあ死ぬ。9割……8割は死ぬ。


 どこか適当な空間に「影」の窓をあけて「そう」されれば、少なくともグーラにはどうしようもない。

 こちらが対戦相手への対処に精一杯になれば、間違いなく隠れているアルカはそうしてくる。


 だから、


「……いやまあ、考えても仕方ないか」


 グーラは全力で剣士を斬ることにした。


 》


 グーラは身を低くして疾走した。


 空間の炎球はすでに全て退いている。さきほどと比べ走りやすくはなったが、それは相手の剣士にとっても同じことだ。

 高速で走るグーラと点対称の位置を剣士が疾走する。その体にはやはり「もや」がかかったような違和感があり、存在感もずいぶんと希薄だ。

 見た目が曖昧で気配も薄い。音も、匂いも、移動に伴う大気のかきわけすらも「少ない」。無いわけではないが、まるで小動物か虫のような印象を与えてくる相手だ、とグーラは思った。


 グーラが弧を描けば相手も弧を描いて走りこんでくる。攻撃の意思や殺気すらも薄いが、かろうじて感じ取れたそれに、グーラは剣を合わせた。


 合わせようとした。

 だが、


「!?」


 曖昧な気配の剣戟が、こちらの剣と重なる寸前になって3つに増えた。


 迎撃の剣がスカり、3つのうちの1本がグーラの肩口を切り裂いた。


 》


「……なるほど?」


 とっさに距離をとり、グーラは走りながら怪我の状況を確認した。


 斬られた、と思う。

 痛みがある、のだろう。

 血が出ている、はずだ。

 失血で意識を失うほどではない、かもしれない。


 相手だけではなく、その行動から生まれた結果すらも「曖昧」だ。少し意識を外せば、今己がダメージを受けたことすら忘れてしまいそうなほどに、それは強烈な「曖昧」だった。


 グーラは走る。対するように相手の剣士も位置取りを変え、


「!」


 今度は、相手が先に軌道をこちらへと変えてきた。

 弧を描く。だからグーラもまた弧を描いて剣士へと相対する。


 剣を振る。


 狙うのは、意趣返しとでも言うように相手の肩口だ。


 迫る。


 当たる。


 だがやはり次の瞬間、


「!」


 剣士の斬撃が3つに増えて、致命というべきタイミングでグーラを襲った。


「かかるか!」


 だがグーラはスライディングをするように大きな回避を選択し、見えた3つの剣閃全ての下を潜る。


 剣士とすれ違う。その瞬間、グーラはついでとでも言うように剣を振ったが、


「――」


 まったく手応えを感じることができず、そのまま弾かれたように起き上がり、また距離をとった。

 グーラは思った。


 ……面倒くさー……。


 》


 斬れば当たらず、斬られれば斬られる。戦いの理想とは、「全ての攻撃を避けつつ相手を攻撃し続ける」ことだが、これではまるでその逆だ。


 認識をズラしたり、存在感を相手に感じさせないようにする魔法やスキルには覚えがあるが、そういったものへの対抗術式の構築はアドリブ力と運が求められる。運よく相手の術理に適った組み上げができたなら僥倖だが、今のところうまくいっていない。


 ……視覚に直接介入するタイプではない、と……。


 すでにいくつかの対抗術式が不発に終わっている。あとは、


「体臭に乗せて神聖力を拡散している、とか……。ゲップや放屁によって瞬間的なブーストも可能なので理には適っているか……?」


 剣を交え攻撃を避けながらつぶやいたら、相手が高速で首を振ってきたが、なんだろうか。この魔法に関係しているのだろうか。


 対抗としては「清浄」と「抗体」の魔法でイケそうだがこれも不発。次の手を考えなければならない。


 だがグーラに時間はなかった。余裕も。

 まだかろうじて相手の攻撃を捌ききれているが、最初の一撃を含めて既に4回の斬撃を受けている、と思う。いずれも深手ではない、はずだが、軽傷であっても血が足りなくなれば、突然動けなくなることだってあり得る。


 相手の剣士がまた切り結びに来る。


 グーラは剣で受け止める。今度の剣閃は増えす、2度3度と剣戟が重なるが、


「──」


 4度目の攻撃が3つに増えた。

 右のひとつに剣を合わせる。


 金属音。


 大きく踏み込んで相手の剣を弾き、追撃で胴を狙うが、


「!」


 鉄を擦った感触だけが返ってきた。


 やはりこれも攻撃と原理は同じだ。認識がブレ、相手の体が3重に見えた。

 ならば、とグーラはそれら全てを一息に斬るため力を込めたのだが、どうやら剣士は「もや」の奥にチェーンメイルのようなものを着込んでいるらしい。剣という武器はタイミング次第では藁束だって斬れないのだ。


 グーラは剣士とすれ違いながら距離を取り、振り返りつつ位置取りを確認する。


 ……沼ってきたな。


 今回攻撃をいなせたのは純然たる偶然だ。3分の1で実体が混じる以上、3分の1で防御は適う。

 だが問題はそのあとだ。いなし、攻撃に移れても、その先にまた3分の1が待っている。


 9分の1。それがグーラに許された攻撃のチャンスで、対してこちらには3分の2で攻撃が届いてくる。


 ……本当に面倒だな!


 正攻法なら対抗術式の構築か、逃げの一手か。前者はさっきからやっている。後者はまだルカが戦っているからナシ。そして「第4者」がいると目される以上、長引けば長引くほどこちらの不利は濃くなっていく。


 ならば、


 ……「これ」に頼りたくはなかったが。


 グーラは、覚悟を決めて剣士へと向かい加速した。


 》


 覚悟。集中。魔法によっていくつかの脳内物質が補完され、意識から「敵」と「己」以外の情報が遮断されていく。


 走る。姿勢は低く、加速が追加され、睨む相手の剣士の存在感が少しだけ鮮明になった。


 やはり背は低い。女性か少年。亜人系なら可能性は無数だが、身のこなしと得物が剣である点を考えるなら、陸生で手先が器用。まあ、人間だろう。


 行く。


 初撃は低い位置から一気に、だ。グーラの左腰に溜められた剣が右腕で振り抜かれる寸前、やはり3本の剣閃がこちらを襲った。


 ……集中。


 右、左、中央。強いて言うなら右のヤツは受けても致命にはならない。ならば左が中央。どちらだ。


 左。


 中央。


 うん。


「右!」


 ぎ、と擦るような音が響き、大振りの一撃が剣士の腕ごと剣を弾き逸らした。


 ……3分の1。


 相手に隙ができ、追撃を思ったなり、


「──」


 相手の体が3重に滲む。


 左、中央、右。さっきは右だった。ならば今度こそ左か中央。中央の場合は「右→中央」と順番になってしまって少し収まりが悪いだろうか。それならば左。うん、左の可能性が高そうだ。というかそうとしか思えなくなってきた。絶対左だ。いける。絶対いける。


 なので逆を張る。


「右!」


 右の胴を狙い、踏み込みを強く、集中力のみを担保として剣を振り抜く。


 鉄を斬る独特の感触の先に、柔らかい肉の手応えがあった。


 ……9分の1!


 このチャンスを逃さない。


 すれ違い、無理やり己の体に制動をかけながら振り返る。

 振り切られた剣を無理に反転させれば、敵の背中を斬りつける準備が整った。


 剣士の背中が3重にブレる。


 左、中央、右。まあ普通に考えて3連続で右はないだろう。絶対ない。


「右!」


 鉄を斬り、肌を裂き、肉を超えて血管を破る感触が、極限の集中下にあるグーラの手のひらへと伝わってきた。


 ……27分の1……!


 2度の致命打。やはりダメージは図りづらいが、普通の人間は2回も斬られれば地に伏せる。


 その予想の通りに、剣士が前へ倒れようとし、だが、


「!」


 悪役令嬢と聖女は普通ではないので、剣士は耐えた。

 地を踏み、バランスを崩しながらも、グーラへと振り返る。

 その時、グーラは見た。否、感じた。

 もやのかかったその顔に、「何故」がありありと浮かんでいるのを。

 グーラは言った。


「わからないか?」


 27分の1を超えて、グーラが攻撃を叩き込めた理由。

 別に隠すことでもないのでグーラは答えた。


「勘」

「……!」


 剣閃が3つ。


 グーラはもう迷わなかった。

 4連続の、


「……右……!」


 無論外して、グーラの左腕が宙へと舞った。

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