第22話 ギロチン令嬢「ルカさんが割りを食って終わりましたの」


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 グーラはしかし、ただで左腕を半ばから飛ばされたわけではなかった。

 剣士の攻撃を受け止めない代わり、グーラの剣もまた相手へと届く。


 はずだった。


「……本当に面倒な……」


 振り切られたグーラの剣。その剣身が、半ばから消えている。

 否、半ばから先が、「影」の中へと取り込まれているのだ。


 アルカ・レントラーの「他者に及ぶ影」。万能の移動能力。その補佐が、敵を守ったということだった。

 その軌跡において切り裂くはずだった剣士の体は未だ無傷だ。対するこちらは左腕を飛ばされ、重症といっていい有様である。


 グーラと剣士は、ほとんど抱き合うような距離で停止している。互いの息遣いすら聞こえそうな距離で、しかしその認識すら「曖昧」だ。


 剣士の剣は振り切られている。グーラの剣は影に取り込まれている。

 互いに、距離を取らねば追撃には移れない。しかし、


「……こっちの勝ち」


 グーラは剣士の声を初めて聞いた。

 やはり少女だ。細い声が、静かに勝利宣言をする。

 だがグーラは笑みを浮かべた。


「どうだろうな。チート能力持ちは、そっちだけじゃないんだ」


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 レイネは理解した。


 ガラルの反射攻撃は、「影」への緊急回避によって外された。


 ルカへの不意打ちは、「影」の窓によって刃を送り込まれて行われた。


 グーラの最後の一撃は、「影」によって防がれた。


 レイネから見える、3つの戦場。その全てを俯瞰して見ていたレイネだからこそ、わかったのだ。

 相手、この影使いもまた、この戦場を俯瞰して眺めている。そうして絶妙のタイミングで、仲間への援護に「影」を使用したのだ。


 全ての援護を適えられる観客席。

 それは、「ここ」しかなかった。


 レイネは、正面、魔法使いの少女が影へ消えた地点の直上にある排気ダクトへと、20枚のギロチンをぶち込んだ。


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 レイネは見た。天井とダクトのパーツに巨大なギロチンがまず5枚刺さり、構造物がバラバラになって落ちてくる。

 その中に、


 ……人。


 逆さになった少女だ。黒髪黒服で中肉中背。ただし髪の長さとボリュームがすさまじく、まるで羊かコモンドールのようなシルエットを持っている。

 だが、レイネがその外見以上に気になったのは、


 ……無傷?


 ギロチン5枚の攻撃に巻き込まれ、居場所を破壊され、しかしその体、なんなら黒いバルーンスカートの裾にすらダメージがない。

 と、


「――」


 残り、15枚のギロチンが到達する。


 しかしその前に、天井の構造材と共に逆さに落ちる少女の目が、髪の隙間からこちらを見た。

 黒の髪と服に映える金色の瞳。不気味さよりも、深さと意思の強さを強く感じるものだった。


 落下する少女、その体に15枚のギロチンが突き刺さろうとして、しかしその直前、


「――」


 少女の周囲を囲むように、15の影が現れる。

 一息に出現したそれらが、全てのギロチンを同時のタイミングで飲み込み消し去った直後、


「!」


 黒い少女が、重力に引かれるまま頭から鉄の床に激突した。


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 レイネには突っ込みたいことがいくつかあった。


 ゆえにレイネは、順番に処理をすることにした。まずは、


「――影の能力、1回1個じゃないんですの?」

「はは、普通はそうなんだけどなー。ウケる」


 影越しに忍者を捕らえ、土ゴーレムの体へと埋め込んで拘束したルカが笑いながら言う。


「ちょっと忍者ちゃん、どうなのその辺? あれちょっとズルくない?」


 忍者が体を拘束されたまま、左腕だけを動かし、ゴーレムの体の表面に文字を書きはじめた。


『CHEAT』

「チートならしゃーなしかー。何、忍者ちゃん外国人? それともキャラ付け? どっちにしろ濃くない?」

『THE SAME』

「どっちもどっちって? ははは、それはそう」


 と、レイネがそんなやり取りに気を取られていると、いつの間にかグーラの相手をしていた剣士が黒い少女の傍へと駆け寄っていた。

 剣士は、床に倒れ付したまま頭を押さえる少女へと話しかける。

 

「大丈夫」

「うーん、無理、無理かもです……頭痛い……」

「影」

「どうして影入るなりしなかったかって? あー、思いつかなかったかもです……」


 すると自動的に、剣士と戦っていたグーラもまた、こちらへと戻ってくることになる。

 レイネは聞いた。


「……なんだか一触即発の感じじゃなかったですの? いつの間に休戦を?」

「いや、なんか『アルカを引きずり出されたらこっちの負けだ』とかでな。潔いというかなんというか」


 グーラ自身も釈然としない様子だ。だがレイネにはそれ以上に気になることがあった。

 話す間にも血が流れ続ける、グーラの断たれた左腕のことだ。


「……まず、それどうにかしませんの?」

「あー……。そうだな。例の薬のストックはあるんだが……」

「何か問題が?」

「全力運動の直後に650ミリリットルはちょっと……」


 それはそうですの、とレイネは納得をする。


「ともあれ、戦いがひと段落したのなら早くしませんと」

「ああ、そうだな。向こうがまた暴走し始める前に」


 そう言いながらレイネとグーラは、少し離れた場所でゴーレムに埋まった忍者のわき腹をくすぐり始めたルカへと向き直った。


「ほらよほらよー。忍者なら拷問の訓練とか受けてるっしょー? こんくらいの責め苦に耐えらんくてどうすんの? 本番はこれの3000倍だし?」


 なんだか特殊な業界の話をしているようだが、こちらとしては気にしている場合ではない。


「ちょっと、ルカさん」

「ん? レイネちんもやる? この子忍者のわりに我慢弱くてくすぐり甲斐が」


 レイネは、ルカの体を拘束するために6枚のギロチンをぶち込んだ。


 》


「……お?」


 レイネは見た。6枚のギロチンに床へと押し倒され、体を完全に固定されたルカが、不思議そうな表情を浮かべるのを。

 ルカが言った。


「これは……もしかしてこれからエロいことをされる流れ?」

「そんな流れは存在しません。……しませんのよね?」

「ん? ……ああ、まあ、定義によるというか」

「……なんで曖昧なんですの?」

「マ? まあ、あーしもこれから忍者ちゃんに色々するとこだったから自業自得かー」


 それを聞いた忍者が、さ、と顔を青くしたが、まあ安心してほしい。このギロチンは前にアイシャに使ったものと同様、無理に脱出しようとすると自動的に首を落とす仕様になっているから。


 グーラが、右の手のひらに何かの魔法を準備しながら言う。


「何、少しの間だけそうしていてくれ、というだけだ。向こう、あのアルカとその仲間たちは一方的にルカのことを警戒していたようだからな。こうして拘束して『無害である』とアピールしなければ対話ができない」

「あーしは非人道兵器か何かなん?」

「誤解のないように言っておくが、ルカ個人が、ではない。『陽キャ』が非人道兵器なのだ。この業界ではな」

「うーん、あーしもオタクなんだけどなー」


 そう言って釈然としない表情を浮かべるルカへと、グーラが手を近づけていく。


「ちなみにそれってば何系の何?」

「気にすることはない。1時間で戻る」

「だから何系の何!?」


 ルカの抗議の声も空しく、グーラの魔法が行使された。


 》


「おーい」


 と、グーラが向こう、倒れた黒い少女と剣士、そしてようやく影から這い出てきた魔法使いの少女へと呼びかけるのを、レイネは聞いた。


「きみら、こいつが怖いんだろう。実を言うと私も少し怖いんだが」

「グーラちん?」

「これでどうだ。少しは馴染み深い姿になったんじゃないかと思うんだが。――逆バニーだ」


 それを聞いた3人が、おお、と感嘆の声をあげて、わらわらと寄ってきた。


 ……そんなんでいいんですの?

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