第20話 発明令嬢「ビーム、だと、思った?」/ゴーレム令嬢「痛くないわけじゃなくなくもない」
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ガラルが剣を掲げる。黄金の剣が放出する光がその光量を増していく。それに従い、魔法使いの少女の正面にもまた、炎が集まっていく。
空間を埋める炎球の数は、すでに大小含めれば500を越えている。少女らさらに追加で炎球を加えつつ、グーラとルカの方へと割り振っていた炎球をも集結させ、「それ」を作っていった。
砲だ。
炎の球が寄り集まり、赤い光を放つ砲身を形成していく。その向く先は当然ガラルだ。否、ガラルが掲げた黄金の剣だった。
左右、さきほどなにやら抗議の声が聞こえてきた方向からは、戦闘の再開を示す金属音や鉄を殴る音が聞こえてきていた。
グーラとルカの行動を阻害していた炎球はこちらへと全て集まった。当初のガラルの目論見通りである。ならば後はあちらの仕事だ。正直ガラルが何もしなければルカのほうは決着がついていたような気もするのだが、いや、多分、何かこう、奥の手的なものがあったに違いない。ガラルが何もしなければルカが何か致命的な攻撃を受けていたはずだ。そういうものだろう、こういうものは。うん。
そんなことを考えている間にも、少女が作る「砲」は輪郭をはっきりとさせていく。最初は炎球の集まりとして。次は炎で描かれた円筒として。ついには赤い光を激烈に放つ長大な砲身が少女からガラルへと向かって伸び、その砲口に圧力が集まり始めた。
撃つのだ。少女の目的はこちらの手にしたエクスカリバーがその真価を発揮する前に、自らの最大火力を撃ち放つことだ。
ガラルが手にした剣に光が満ちる。
少女が生成した炎の砲身が光を溜める。
先に怒涛を放ったのは、少女の砲であった。
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波だ、とガラルは思った。
津波、あるいは瀑布。目の前を埋め尽くす光の波濤は、洪水のそれにも近しく耳朶を叩く。
ご、という音が空気を焼きながら迫る。地下下水道のフロアが光で満ちる。その根源は炎の熱だ。軌跡の全てが焼かれ、剥がれ、炭すら残さず塵となる。
砲の向く方向、剣を掲げたガラルと、その後ろにいるレイネが諸共にこの世から消えようとした時、
「――かか、った」
ガラルの剣が振り下ろされた。
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ガラルの剣が、迫る波の全てを受け止めた。
大気を焼く音と、エネルギーの奔流が無理やりに押しとどめられたことによる不協和音が地下空間を埋め尽くす。
拮抗する。
砲と炎の根源は聖女が扱う神聖力である。対する光の剣を構成するのは悪役令嬢が持つ魔力である。
相反する力が正面からぶつかり合い、弾けたとき、炎と光は「そう」なる前の純粋なエネルギーを撒き散らし、互いを食い合いながら勝敗を欲する。
少女が叫んだ。
「……そんなバカな!」
なぜって、
「聖女が持つ神聖力は悪役令嬢の力を削ぎ取ります! ならば相性的に私の砲はその剣を凌駕するはず! なのになぜ!」
答える義理はないが、ガラルは答えた。
「なぜ、って」
それは、
「この剣、が、もしかして、ビームか何か放つものだとでも、思ってる?」
「――違うのですか!?」
「違うんですの!?」
「違うのか!?」
「ちげぇのぉ!?」
何か味方側からも驚愕が聞こえたが、まあそうなるのも理解はできる。なにせ「エクスカリバー」だ。黄金の剣がビームを放つのは界隈での常識である。どうやらレイネが生きた2030年代、2040年代でもそうであったようでガラルは安心をした。
ガラルは言う。
「この剣、の、能力。それは、受けた攻撃、の、『完全反射』」
「は」
「そう」
つまり、
「あなた、に、とって。この剣は、脅威でもなんでもなかった。……攻撃さえしなければ」
拮抗していた炎と光の相対が、不意に終わりを告げる。
凪。まるで何事もなかったかのように、ただ炎の残滓だけが周囲の光源となり、それすらも消えていく。
薄闇が闇へと変遷していく。
だがその前に、
「!」
ガラルの剣が、先ほどと逆の位置関係で炎のレーザーを吐き出した。
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大気を焼き、全てを塵と為し、炎が瀑布となって水平方向へと駆けた。
先ほどとまったく同じ流れが、位置関係を逆にして為されていく。
波だ。波濤だ。奔流だ。洗い流すという行為が、攻撃力を根拠として魔法使いの少女へと向かっていく。
奔る。
少女が炎で作った砲身は、発射と同時に崩壊していた。放たれたレーザーのエネルギーは少女の神聖力だ。無論、発射のプロセスとして、弾を込めるようにそれを砲身にぶち込んだだろうが、威力の底上げのため、砲身そのものを神聖力に還元して補ったのだろう。
反撃はない。反射した攻撃は正しく遂行される。
されるはずだ。
される直前、
「!」
魔法使いの少女の体が、背後の影に沈んだ。
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炎のレーザーが地下空間を激烈に照らし、その奔流が奔るのを見守る中、ルカは見た。
レーザーの向かう先、魔法使いの少女が、影へと沈む緊急回避を敢行した。
だがそれは、
……魔法の領分じゃないし!
魔法でこれを再現するなら、「移動」と「隠蔽」、「空間」、「適応」、「接続」など、気が遠くなるほどの多重起動が必要になる。不可能だとは言わないが、何かしらのスキルによるものという方が納得はできた。
だが少女はスキルホルダーであっただろうか? 立ち回りを見る限りは純正の魔法使いのように思えた。思えたのに彼女は影に潜った。ならばこれは、
……別人のスキル?
黒装束の忍者が扱う影移動のスキル。これが他者にも適用可能で、今それが魔法使いを助けたのだとすれば納得だ。
だが、
「ーー」
ルカは、もうひとつの可能性を警戒した。
そして、
……あーしが「その可能性」に気が付いていることを、気づかれちゃいけない!
ルカが、忍者のナイフを警戒してゴーレムを下がらせた。ような動きを見せた。ルカが乗る銀ゴーレムが咄嗟のバックステップを踏む。それと入れ替わるように土ゴーレムが両者の間に入り、壁のように立ちはだかった。
忍者が影に沈む。
ルカの右後方に出てきてナイフを振る。
銀ゴーレムが腕を滑り込ませてガードする。
また忍者が消える。
至近、銀ゴーレムの足元に現れてルカの足を狙う。
避ける。
潜る。
来る。
距離をとる。
潜る。
来る。
受け止める。
潜る。
止める。
潜る。
避ける。
潜る。
受ける。
潜る。
ルカに油断はなく、ゆえに忍者の攻撃は当たらない。
影移動という能力ゆえに忍者に決定打はなく、だから攻撃は通らない。
忍者の攻撃は通じない。
勝てる。
と、ルカは思った。
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勝てる。
と、ルカは思った。
と、忍者は勘違いをした。
》
ルカは感じた。
幾度となく影に潜り、ルカを狙ってきた忍者が、今度は天井に現れた。
一応は初見の動きだ。これまで忍者はあくまでルカの背後を取る動きを優先してきて、奇をてらったような挙動は控えていた。それが何かの制約によるものなのか、こちらの油断を誘うものなのかは判然としなかったが、どうやら後者であったようだ。
だがルカに油断はない。天井からの攻撃であろうとも、さばき切る自信があった。
ルカは天井へと視線を向けない。ルカの全ての感覚は、全てゴーレムの感覚器を通すため戦闘を行っていないときよりも鋭敏だからだ。
その、自分の目を通さない情報が肌から浸透してくるような不思議な感覚に眉根を寄せながらも、ルカは感じ取った。
上。天井。忍者の足が振ってくる。影から忍者の全身がずるりと出てきて、先ほどまでと同じく、その手に持ったナイフを、
「――」
ルカは己の首筋に手を添えた。
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宙に突如として影が現れた。
影から伸びたナイフを、ルカは素手で握り止めた。
》
これが忍者の切り札だ。
影のスキルは同時起動ができない。だが、もうひとり別の影使いがサポートをするのなら話は別だ。
散々決定打の不足をアピールし、影による高速移動と攻撃の乱舞を見せ、最後に残した手札を静かに切る。
殺す。
だが、現れたナイフは確かにルカによって受け止められた。無傷ではない。手のひらが裂けて血が噴き出る。滴る。
ルカが呟く。
「血人」
ナイフを持った手が、ルカの手のひらから伸びた血の腕によって絡め取られた。
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