第11話 ギロチン令嬢「宣戦布告、ですの?」
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グーラに呼び出されたレイネは、彼女の執務室を見回した。
先日も訪れた、中央塔と呼ばれる白い建物の中である。どうやら建築系のスキルを持った令嬢が初期に建てたものであるらしく、試験的なものなのでシンプルな作りとしたらしい。
先日スキルの持ち主本人と話す機会があったのだが、「豆腐とか言ったら殺す」と初対面で脅された。そんな悪役令嬢がいるだろうか。いる気もする。
グーラ自身、あまりここで過ごしているわけではないようで、部屋の内装は至ってシンプルだった。書棚がいくつかと机がひとつ。応接用のテーブルセットが1組。観葉植物のようなものがひとつ。
机についたグーラが、応接セットのソファに腰掛けたレイネに話しかけてきた。
「というかな、申請の却下を伝えられた際、なぜか私がキレられたぞ。あの令嬢の子守りはお前の仕事だろう、と」
「子守り……」
それを聞いたアイシャが、10個並べた銘菓「雛鳥」の包装をひとつひとつ丁寧に剥きながら問う。
「グーラ、何歳だっけー?」
「19だ。そうは見えないかも知れないがきみらより年上だぞ」
「じゃあ子守りかー」
「1歳差で? ……そこまで迷惑かけてるつもりはないんですが……」
そうレイネが言った瞬間。アイシャへ向いていたグーラの視線と「雛鳥」に向いていたアイシャの視線が、ぐりん! と音を立てる勢いで同時にレイネへと向けられた。
「な、なんですの……」
「あー」
アイシャが言う。
「例のギロチン製メリーゴーランドー、人気過ぎて収拾つかなくなってきたから利用料取るって発表したらー、なぜか上層部が炎上したって聞いたけどー」
「あ、あれは料金設定や営業時間など上の方にぶん投げましたので、その内容で炎上するなら責任は向こうにありますのよ?」
「しかしレイネ、私が記憶している限り、『利用料取るって本当ですか!?』と詰め寄ってきた子供令嬢たちに素で忘れてて『え? なんの話ですの?』と返したのが炎上のきっかけだったと思うんだが」
「……そういう説があるのは知ってますの……」
「こいつわかっててやってるのか?」
「ちょっと微妙だなー」
続けてグーラが言う。
「レイネ、君、先日狩猟班に混じって魔獣狩りに行ってきただろう」
「あ、あれは誘われて行きましたのよ?」
「それはいいんだが、『獲物をサイコロステーキ状にカットして加工場に届けるのはやめろ』、『前世の最期を思い出す』と苦情が上がってきててな。狩猟班・輸送班・加工班とそれぞれからトラウマ発症者が出ていてカピバラが足りん」
「そ、それはそのような最期を迎える令嬢側に問題があるのでは!?」
「カピバラ足りないならティス子貸そうかー?」
「いらん。ともあれ、自覚したか? 結構きみ、そう。……あー、なんだ。オブラートに包んで言うとだな、うん。……考えなし?」
「8割くらいの力で誹謗中傷が来ましたが」
「とにかくきみそんな感じなので、今回も私がキレられた、というわけだ。『鉄の街』に関しては一考の価値ある案件だとは思うが……今回に関しては承認が下りそうにはないな」
「そんなこと言わずにさー」
と、アイシャが、剥き終わった銘菓「雛鳥」の頭を右から順にかじり周るという奇行を披露していたときだった。
「グーラさーん、聖女軍からなんか来てるっスよ。術式電報」
緑色のショートヘアを流した令嬢が、1枚の紙片をグーラに届けにきた。
令嬢は、同じ紙片の束から次の1枚を引き抜きながら、別の部屋へと向かっていく。
レイネが問う。
「電報、ですの? 念話なんてものもあるのに?」
しかしその問いにグーラは答えず、
「……どういうことだ? 今? このタイミングで?」
グーラは、眉をわずかに歪めたような表情を顔に浮かべ、紙片に目を通した。
「……」
その眉が、ぐにぃと完全に歪みきった。
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「見ろ」
レイネは、グーラから紙片を受け取った。
「見ていいんですの? というか術式電報って?」
「魔法やスキルを用いて遠方へ届ける電報……の、ようなものだ。互いの領地に『受け』のためのスクリーンや岩壁が設置してあり、遠距離砲撃やビームでメッセージを穿つ」
「思ったより物理なんですけど」
「念話との差別点は、これが重大案件であること。有り体に言うと、まあ……宣戦布告だな」
「え」
レイネは、グーラから渡された紙片に目を落とした。
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「1。聖女軍は悪役令嬢軍に、条約に基づく戦争行為を申し込む。
2。この戦争は互いの代表者4名ずつを選出して行う代理戦争とする。
3。勝敗は、島内未開地域、通称『鉄の街』の調査と、4年前に当該地域で行方不明になった計8名の聖女の捜索、それらの成果によって決定される。
4。行方不明者の中に、悪役令嬢軍暫定所属令嬢『レイネ・ドルキアン』の親族がいると目されることから、悪役令嬢軍の代表者へのレイネの選出は必須とする。
5。条件の相違から、悪役令嬢軍勝利時の獲得勝数は5、聖女軍勝利時の獲得勝数は2とする」
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色々と言いたいことはあるが、差し当たってレイネは1番わからないことを誰にともなく問うた。
「……これ、なんで私が名指しですの?」
「あー、それはねー。あたしが前の決闘で『勝ちました!』って報告したからさー。理論が無理やりでもレイネ参加させれば、あたしぶつけて有利とれると思ってるぽいー」
「普通にやらかしでは?」
まあね、と言ってアイシャが笑う。
まあいい。それは納得した。
しかし、だ。
レイネは、10個の「雛鳥」をひとつずつ齧る、という奇行が3周目に差し掛かったところであったアイシャに視線を向ける。
「!」
ギロチンが3枚落ち、アイシャの体をその場に固定した。
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レイネは聞く。アイシャが、5秒ほどのフリーズを経たのち、
「……おー? なにこれなにこれー、あたし観光地の顔出し看板みたいになってないー?」
「レイネ。きみがやらなければ私がやってた、というのは置いておいてだな。……そういうとこだぞ、マジで」
無視して、
「アイシャさん、あなた、やりました?」
ソファに座ったまま、レイネはアイシャの顔を覗き込む。
「私が『鉄の街』の捜索を望んでいること。妹を捜してること。筒抜けじゃないですの。どういうつもりですか?」
「いやいやー。知らない、知らないってー。そりゃまあねー? あたしも向こうでいろいろ聞いて回ったからさー、全部が全部秘密裏にー、とはなってないと思うけどー? 少なくともレイネの名前とか妹がどうとかは話に出してないよー?」
「濡れ衣だと?」
「そそそー。でも確かにおかしいねー?」
「ちょちょ、ギロチンに挟まれたまま首傾げないでくれますの? 落ちますわよ? ストンと」
「落ちたら例の薬飲ませてよー、生えてくるからさー」
さすがにそれは無理ではなかろうか。
レイネは言う。
「でも、だったらどういうことですの? 精一杯都合よく解釈して『タイミングは偶然』だとしても、私が妹を捜してて、それが調査隊にいたかも知れない、っていうのはアイシャさんからしか洩れようがなくないです?」
「……もしかしてあれかなー。ほら、この陣地で捕まえてるもふもふとかの使役体ー。あれ、術者と感覚共有できるようなスキルもあったりするからー」
それを聞いたグーラが、いや、と否定し、
「……それは考えづらい。距離の問題はともかくとして、術者との繋がりが残ってると事だからな。聖女の結界術ほど精度は高くないが、そういったものを遮断できる魔法を組んである」
「初耳ー」
「だからまあ、『動物を所定の場所から無断で持ち出し』、『胸に抱きかかえた状態で話をする』くらいのことじゃないと、こちらの会話が洩れたりはしないはずだ」
「……」
アイシャは思い出していた。プライベートルームでレイネと会話する際に胸に抱いていたカピバラのことを。
「……」
レイネは思い出していた。アイシャのプライベートルームでアイシャと会話する際に抱いていたピグミーマーモセットのことを。
「……」
レイネは、アイシャを固定したものと同じギロチンを無言のまま己の体にも落とした。
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