第10話 ギロチン令嬢「妹たちと親友を探していますの」
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「鉄の街……ですの?」
アイシャの報告に対し、レイネはそう聞き返した。
「そうー。あんま記録とか残ってないんだけどー」
アイシャとの決闘から2週間。神聖力と手持ちの虫を回復し、1度聖女軍へ帰り、また悪役令嬢軍陣地を訪れたアイシャが持ち帰った情報は、ここ3週間ほどのレイネの認識を覆すようなものだった。
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令嬢と聖女が死後に送られる(のだと思われる)この島は、皆からは単に「島」と呼ばれている。
両軍の所属員以外に人が住んでいる形跡はない。また、様々な自然環境が不自然に共生している、不思議な場所なのだそうだ。
たとえば、令嬢軍の陣地近くは森や平野、草原が主で、気候的にも割と安定している。だが少し陣地を離れると、不毛の荒野や巨大な湖、渓谷、なぜか年中陽光が届かず闇に覆われた地域や雪原など、物理法則を無視したような環境も散見されるのだという。
それでも、人工物の類や先住民の痕跡などはどこにもない。それがレイネの認識だったのだが、
「空からの調査で、どうにも認識阻害系の魔法だか加護だかで覆われた地域がある、って判明してー。術式逆算の上でようやく遠景だけ撮影に成功したのが4年前ー」
レイネが今訪れているのは、悪役令嬢軍の陣地内にあるアイシャのプライベートルームだった。
石材でできた平屋の2DK。どうして聖女の部屋がここにあるのか、と疑問に思ったが、療養という名の捕虜収容のため、それ専用の区画があるらしい。それでも専用の部屋があるのはアイシャくらいなもの、とグーラは言っていたが。
アイシャが言う。治療室からパクってきたカピバラを抱きながら、
「建物があってー、城壁があってー、門があってー、それでいて地面を含む全てが鉄で出来た機械の街ー。下水すら通ってる、って話だよー」
明らかな人工物。レイネの認識だけでなく、この島における先輩のアイシャにとっても、それは不思議な存在であるようだ。
レイネは問う。治療室からパクってきたピグミーマーモセットを抱きながら、
「それはたとえば……私たち以外の令嬢や聖女が作ったもの、とかですの?」
「その可能性はあるかなー、ってのがあたしたちの見解だねー。今の両軍を作ったのはグーラや先輩たちを中心とした初期メンバーたちだけど、それ以前に転生者がここを訪れてない、なんて証拠はないわけだしー」
あるいは令嬢・聖女軍以外の第3の軍。あるいは先住民。あるいはそういう性質を持った魔獣の巣。
可能性を挙げればキリがないが、そのあたりの仔細を調査する目的で、初期の聖女軍において調査隊が結成されたのだという。
だが、
「少数精鋭で組織された彼女たちは、誰も帰ってこなかったー。救出に向かった人たちも帰ってこなかったー。その後は、危険度とか人員不足とか令嬢軍とのゴタゴタとかで、なあなあになっちゃってた、って話ー」
隊の名は、
「『南部沿岸調査隊』-。機械の街、ってことで、それ系の能力持ちが多数組み込まれてたんだってさー。たとえばー」
「……人形使い、など?」
「そんな感じー」
人形使い。要は、無機物を操る力をもつ「ギフト」を持つ転生者のことだ。
前世、「さんぎょうかくめい!」の世界におけるレイネの妹が、それだった。
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アイシャとの決闘の後。勝利報酬として、レイネはアイシャに聖女軍での人捜しを依頼することに決めた。
元の目的がそれだったのだ。「なんでも言うこと聞く」と言われたなら、それ以外の選択肢はない。
ないのだが、
「えー。正気ー?」
「なんだレイネ。大丈夫か? 横になるか?」
「お嬢さん、か、考え直してはどうですかい?『なんでも』ですぜ?『なんでも』! ですぜ!?」
……あなたたちちょっと前々世でエロゲーやりすぎだったんじゃないですの?
意図せず乙女ゲー世界に転生したレイネたちは例外なく乙女ゲーオタクだが、「推し」は必ずしも乙女ゲー界隈だけに生息しているわけではない。多岐にわたる生息域にエロゲーが含まれた場合、彼女たちは当然、使いもしない抱き枕カバー付き初回限定版を、早期予約特典と店舗特典付きで買いに走ることになる。
そんな強火オタクたちがこちらの常識を疑ってくるが、レイネには関係ない。
前世で救うことのできなかった妹たち、そして己を殺した親友と再会できる可能性があるのなら、白髪小柄美少女の体を好きに出来る権利など、手放したって構……かま、構わないのだ。
「それでー? レイネの探し人の特徴とかはー?」
「……」
「レイネー?」
「……はっ。あ、そ、そうですわね。3人いまして。妹2人は両方とも『人形使い』のギフトを持っていましたの。と言っても少々操作範囲が異なるのですが……」
「見た目はー?」
「うーん……そこのところ聞きたいのですけど、ここ、転生してくる年齢ってどうなってるんですの?」
この疑問にはグーラが答えた。
「一応、『全盛期ちょっと前』というのが通説だな。にしては皆、かなり若い傾向にあるのが気になってはいるんだが」
「アイシャさんはそれくらいが全盛期ですの?」
「能力的にはもうちょい上だと思うんだけどー。あたし、前々世は10歳で死んだんでー、無意識にそのあたりを本来の自分だと思ってる可能性はあるかなー」
「お、おおう……」
なにやら激重な何かが出てきてしまった。どうしますのこの空気。
「だからレイネの妹さんたちもー……うんー? 何この空気ー? あ、さっきのあたしの発言かー。ていうかさー、みんなも似たようなモンじゃないのー? 転生者なんだからさ、せいぜい20とかそこらでしょー?」
「……それはそうなんですが。その、ギリ2桁はさすがに格が違うと申しますか……」
「じゃあ言うけどー。あたしが死んだきっかけねー? 病状が、立って歩いたら死ぬってくらいの感じだったのに、我慢できなくなって病院抜け出してカマキリとかバッタを虫かごに満載して顔面に」
「あー、あー、いいですね。いい空気になって参りましたね。でもちょっとそれ以上聞きたくないですわ?」
「素人には重いかー。じゃあ続きはまた今度ー」
「聞きたくないって言いましたよね?」
そうレイネが言うと、アイシャは特に何を言うでもなく、ただニコリと笑みを浮かべた。普通に怖い。
「ま、まあ、話を戻しますよ? 私の妹たち、ゲーム世界においては14と16で命を落としてますので、もしこちらへ来るならそのあたりの年齢の可能性が高いですわね」
「金髪ー?」
「ええ。それに加え、双子ですので2人揃っているのなら割と目立つはずですわ。揃っているなら、ですけれど……」
「うーん、そのあたりは運もあるしなー。でもわかったー。そんな感じの手がかりで探してみるよー。んで、もうひとりはー?」
「……もうひとり……」
妹たち以外の、もうひとりのレイネの探し人。
つまりは、レイネを殺した、ゲーム世界の主人公である。
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レイネは言う。70年の付き合いがあったがゆえ、無駄に脳裏に浮かんでくる様々な情報を取捨選択しながら、
「あー、えーと。情報だけ箇条書き、というか箇条延べしますとー……」
「しますとー?」
ええ。
1。
「ゲーム世界での主人公で」
2。
「本来私を断罪するはずだったのですが親友になって」
3。
「王子と1発で子供こしらえた健啖家(比喩)で」
4。
「転生者ではないのですが『世界渡り』のギフトを持っているのでこちらに来ている可能性があり」
5。
「私と一緒に同人活動にのめり込み」
6。
「90歳で床に伏せていた私の胸にナイフを突き立てて」
7。
「『来世で再会しましょう』みたいな捨て台詞をキメ散らかした」
うん。
「そんな……そんな親友ですの」
「その人探さなくてよくないー?」
まあそう言わずに。
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そうしてアイシャが持って帰ってきてくれた情報が、数年前に存在した「鉄の街」への調査隊に関することだったわけだ。
この情報は、レイネがいくら探しても悪役令嬢軍からは出てこなかったものだった。
何せ、令嬢軍があるジャングルと聖女軍がある平原とでは、間を山がひとつ隔てている。例の「鉄の街」の入り口は、術式迷彩によって向こう側からしか観測できないようになっていたのだという。
地理的な盲点であり、島内の散策では決して見つかることはなかっただろう、令嬢軍にとっての完全なブラックスポットだ。
当然、レイネは令嬢軍の上層部に、この「鉄の街」の調査と、そのためのチームへの己の編成を進言した。
答えはグーラが持ってきた。
「いや、駄目だろ。だって危ないし」
まあそう言わずに。
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