第9話 昆虫聖女「勝つよー!」/ギロチン令嬢「なんでも言うこと聞く、って?」
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決め時かな、とアイシャは思った。
「決め時かなー……!」
というか言った。
先日の襲撃で主力の昆虫たちは回復中だ。今使える戦力は今週の相棒であるティス子と、汎用性のある甲虫たちが主。それもこのまま小出しにし続ければいずれ尽きる。
ならば狙うべきは総攻撃だ。ティス子の両鎌を使った奥義と、残った80匹の甲虫を一斉にけしかけて決着をつける。
憂うべきは相手のリソース限界がどこにあるのか、というところ。聞く話によれば先日の襲撃では、己の昆虫たちと他聖女たちのもふもふ部隊は合計で450ほど出撃していたが、その全てが一刀のもとに狩りとられた。
「1度に操作できるギロチンの数は少なくも500かそれ以上ー……。だけどー」
今回の戦闘において、レイネは最大でも1度に30か40程度のギロチンしか出していない。
どうしてか。体力や魔力による限界があるのか、出し惜しんでいるのか、舐めプされているのか。それとも、
「レイネー、きみー、戦闘機動においてはそのくらいが限界なんじゃないかなー?」
以前の襲撃では、レイネは少なくとも空中の主戦場には姿を見せていなかった。それは情報部からの報告でも確認できている。
空中にいた令嬢は、「焔狩り」、「土凪」、「ヴィジランティ」、「グリーンヘル」、「ペスカトーレ」、「獣編み」。他、空中にいた二つ名の付いていない令嬢に関しても、能力詳細から「ギロチン使い」ではないことは確認済みだ。
ならばあの一斉処刑は、地上から、存分に時間をかけ、狙い打ってのことだったのだろう。
ゆえにこの戦闘においては、多くとも50の操作が限界。さらに多めに見積もって100を出してくると仮定しても、
「この一斉攻撃には耐えられないよねー……!」
先ほどの太陽を背にした一撃は、防がれはしたが良い感じだった。どうして向こうが攻撃のタイミングを察知できたのかはわからないが、重力を使って最大まで加速を行った上での一撃には、存分な手応えを感じたのだ。
「だからー……」
中天。瞬間的にティス子で行ける最大高度まで一気に駆け昇り、
「!」
ぱん、と掌を叩き合わせ、残る80の甲虫を周囲に展開した。
「秋穂、ゴマ造、うい、あい、れい、みい、あと他みんなー! 行くよー!」
落下の勢いとともに全てをぶつける。
行く。
と、次の瞬間だった。
「!?」
アイシャたちの周囲、令嬢軍の直上高空に、およそ2万を超える数のギロチンが出現した。
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「……まさかー!?」
とアイシャは思った。というか言った。
アイシャたちの周囲には、囲むようにしておびただしい数のギロチンが展開されている。その数およそ2万。
意味もなく蟻の群れの数を1日かけて数えきったことのあるアイシャだから大体の数を把握できたが、常人ならばそれすらもおぼつかないほどの、凄まじい物量だ。
形としては、ギロチンの郡は空中に卵型を描いていた。刃を全て内側に向けつつ、アイシャと周囲の甲虫たちを絶対に逃がさないため、上下左右の全てを覆っている。
「こんだけ出せるならなんで最初からー……!」
言い切ることすらできず、アイシャとティス子は動き出した。
先ほどと同じだ。逃げ道を作る。ただし今度の囲いは外壁がやや遠い。
1番近い側面の壁へ飛び込むように突っ込み、両鎌でギロチンを斬り、砕き、吹き飛ばす。間に合うだろうか。威力が足りなければ、甲虫も突っ込ませる。
その前に攻撃が始まったなら、まことに遺憾ではあるが甲虫を防御にも使う。
プランを組んだ。保険も用意した。これで切り抜けられなければこちらの負けだが、
「切り抜けたらあたしの勝ちかなー!」
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レイネとグーラは同時に言った。
「「なんで?」」
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側壁のギロチンを斬り飛ばすべく、アイシャはティス子の最大速度を望んだ。
到達までは一瞬だ。それまでの間にアイシャは、己のなすべきことを確認する。
「『奥義』で通すよー! 気合いー!」
アイシャが聖女として持つ神聖力は、主に動物のテイムと回復のために用いられ、戦闘中に消費することはあまりない。その数少ない機会として、ティス子の両鎌に、生命力を際限なく強化する神聖力が、急速の勢いで浸透していく。
隅々まで行き渡り、それでもなお注ぎ込まれていく神聖力は、緑色の光として表現された。
振る。
奥義。ゲーム内においては3ゲージ消費の、
「『ブレイクザンバー』ー……!」
正面を塞いでいた1500を超えるギロチンが粉々に砕け、その向こうの空が解放された。
抜けられる、と思ったなり、
「!?」
通常を10倍するサイズの巨大なギロチンが3枚、こちらに刃を向けた状態で待機していた。
発射された。
ティス子の体が両断され、アイシャの左腕もそれに巻き込まれた。
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レイネが見る先、令嬢軍陣地直上にて、巨大なカマキリと甲虫の群れが緑色の魔力光に還元された。
同時、レイネが展開していた2万のギロチンも青の光になって消え去る。どうしてって、そうしなければ、
……あれだけ遠くて多いと操作しきれませんものね。
平時ならば問題ない。だがアイシャの動向や戦闘に気を遣いながら、となると、「出して見せる」くらいが限界だ。
だからそうした。「出して見せる」だけのギロチンを2万用意した。そうして、操作の意識を集中させた巨大ギロチンを8方向24枚だけ用意し、カウンターを叩き込んだのだ。
結果として、アイシャの乗騎であったカマキリは上と下に両断された。
「……これ、私の勝ちですのよね?」
「それでいいと思うぞ。向こうがゴネなければ」
ゴネるパターンもあるんですのね、とレイネは不安になったが、その前に、
「ちょ、ちょっとあれ、大丈夫ですの?」
空。ティス子と左腕を失ったアイシャが、そのままこちらへと落下してくる。
「あのままここへ落ちたら大変じゃないですの!? その……飛び散りません!?」
「思うに心配のベクトルが違うんだが、まあ大丈夫だ。見ろ」
言われて見る先、空では、いつのまにかアイシャが落ちてきながら体勢を整えるように身じろぎしていた。
頭を下に落下していたのを、足先を下に。やがて、
「!」
ずん、という音と砂埃を立て、アイシャの両足がレイネとグーラの間あたりに着弾した。
「……化け物?」
「聖女の神聖力は身体強化に向いてるからな。それでもこれだけの強化を可能とする聖女は100人くらいしかいないだろうが」
「100人いるんですの?」
それを相手に45敗だか50敗だかで耐え忍んでいる悪役令嬢軍とはなんなのだろうか。もしかして私いらないんじゃないですの?
見るとアイシャが、額から汗を流しながら伏せていた顔をこちらへと向けた。
その左腕は二の腕の半ばから断たれているが、血は少量しか流れていない。これも神聖力によるものなのだろうか。
アイシャが懐から何かを取り出す。見るとそれは液体が入ったボトルで、
「――」
呷る。
すると、金色の光に縁取られるようにしてアイシャの腕が復活し、元に戻った。
「……それが例の?」
レイネが問うと、
「そうだよー。『病気でも怪我でも治すし腕でも足でも生える例の薬』ー。死んでさえいなければ、1本650ミリリットルを飲み干すことでホラこの通りー」
「……すさまじい効果ですのね。まさかそれほどの………………なんか多くないですの?」
「まあこんだけの効果だとねー。ていうか治るってわかってたから容赦なくぶった切ったんじゃないのー?」
「いえ、死んだら死んだで仕方ないですのね、て感じで」
「きみどういう人生送ってきたのー?」
どういう、と言われるとどう答えたらいいかよくわからない。
ただまあ、ギャグ多めの緩め世界観でも、王族・貴族と90年かかわっていれば、それなりに殺し殺されの場面には遭遇しようというものだ。
アイシャが言う。
「ま、決闘はあたしの負けー、ってことでー」
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「あー、それにしてもー」
生えた腕の調子を確かめるように曲げ伸ばししながらアイシャが言うのを、レイネは聞いた。
「びっくりして、召喚済みの子たちも全部消えちゃったなー」
そう言って逆側へと視線を向けるアイシャ。その方向では、アイシャが連れてきた甲虫たちが満載していた荷物がそこら中に散乱しており、
「おーい、虫が消えたんで、誰かゴーレム令嬢か召喚師部隊、もしくは筋肉に自信のある令嬢に声をかけてきてくれーい!」
「くっ、こんなときこそ俺たちの筋肉の出番なのに……この腕が2本しかないばかりに……」
「気を落とすな、向き不向きはある。仕方のないことだ、今はな。筋トレを続けていればいずれ増える」
増えてたまるか、とレイネは思うが、感動したリリィが涙を流しながらプリシラの手を取るのを見るともしかしてこちらが間違っているのかもしれない。
そんな中、アイシャが申し訳なさそうに、
「ごめんねー?」
などと言ってきた。
「あ、いえ。まあ遠因はこちらにあると言いますか……」
「そうー? ま、責任取れって言われてもどうにもできないけどねー。ティス子やられた以上、しばらくはあたし戦えないしー、他の細かいのも今は使い切っちゃったしー」
それを聞いたグーラが近寄ってきて、言った。
「とすると、またしばらく?」
「うんー。厄介になるよー。よろしくねー」
「仕方の無いヤツだな、まったく」
「……また?」
グーラが言う。
「まあ、ちょいちょいあるんだ。少し前の襲撃だって、もふもふ部隊だからこそ消えて終わり、となったが、聖女による直接攻撃だったらしばらく療養してあっちへ帰ることになってたはずだ」
「はあ。さっきも思いましたけれど……やっぱりなんだか仲良しですのね?」
「仲良しかはわからんが……殺し殺されって感じでないのは確かだな、うん」
「あ、ところでー」
アイシャが言う。
「あたし、決闘負けたからさー。レイネの言うこと、なんでも聞くよー。何がいいー?」
……ん?
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