第5話 ギロチン令嬢「ジェットコースターまで造る気はなかったのですが」
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もふもふの襲撃があってから3日。その間、レイネは陣地の中を見回っていた。
その案内を買って出てくれたのは、例の屈強令嬢たち――名をそれぞれアリス、プリシラ、リリィと言った――だった。どうやら彼女たちは、レイネの力に忌避感をあまり抱いていないらしい。
なぜか、と訊いてみたところ、
『俺たちは筋肉を鍛えているからな……』
『まあ、安心してくれ。表であんたに何か言うやつがいたら筋トレを勧めてやる』
『生まれ持った「ギフト」は、多くの場合自分では選べないからな。筋肉が俺たちを選んだのとは違って……』
彼女たちの言葉は3割も理解できなかったが、こちらを気遣ってくれているのだ、ということは理解できたので、レイネはその言葉に甘えることにした。彼女たちの言葉は3割も理解できなかったが。
そうして彼女たちと行動を共にしていると、なぜだかやたらと子供たちが寄ってくる。アリスたちはその相手にも慣れているようで、お菓子を渡したり、肩車をしたりして遊び相手になってやっていた。
屈強な肉体をフリルで包んだ2メートル令嬢たちと子供たちとの絡みは、端から見ると正直結構すごいビジュアルだが、結構すごいビジュアルにさえ目を瞑れば微笑ましい光景ではある。
そうしていると当然、令嬢たちと遊んでいる子供たちは、レイネにも興味を抱いてきて、
「おねえちゃんは何ができるの?」
などとのたまってきた。
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まあ、色々なチートスキルや魔法が飛び交うこの世界ならではの興味の抱き方、ということなのだろう、とレイネは内心で納得をした。
当然、その言葉に悪意などない。
だがレイネの口から出た言葉は、
「……大抵のことはできますけれど?」
売り言葉に買い言葉とはこのことである。
現在のレイネの肉体年齢は18であるが、その中身は立派な大人である。ならばこの程度の煽りは我慢できてしかるべきだ。人は大人になるとスルーすることを覚える。だが忘れてはならない。レイネの実年齢は90なのだ。なんなら転生前とあわせた累積なら110を超えている。人は大人になるとスルーすることを覚える。だが60を越えると覚えたそれを忘れる。
ゆえに、
「じゃあメリーゴーランドつくって!」
という要望に、パーツ数12万の力作を披露してしまったことが、全ての始まりであった。
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子供たちの次なる要望はジェットコースターだ。
いわずもがな世界中――地球においての話だ――で見られる、もっとも代表的な絶叫マシンの名前である。
レイネは子供に尋ねた。
「ランクは?」
「10辛で!」
豪胆ですわね、と思いながらレイネは正面、木々に縁取られた広場を見据えた。
広い、と思う。
悪役令嬢軍の陣地は、ある令嬢の「ギフト」を主軸として、魔法やスキルによる補助を重ねて造り上げられたものだそうだ。
収容人数よりも、安全性とコストを重視して、主な建材は木材、たまに石材。
背の高い建物は少なくおおむね平屋で、区画同士の境目には大抵の場合、戦闘演習にも使える公園や広場が設えられていた。
ここはそんな広場のひとつだった。その端に立ち、レイネは空中を含めた広大な空間に視線を走らせる。
レイネに建築の知識はないが、ギロチンの剛性に頼れば支柱や安全性への考慮はある程度無視できるだろう。あと必要なのはエンターテインメントへの理解と、子供たちの要望にどれだけ応えられるか、だが、
「おねえちゃんあれ知ってる!? 日本最速のジェットコースター!」
「ああ、『きこうほう』ですわね。あれ、途中でコースがなくなって完全に車両が宙に浮くポイントありましたけど、さすがにあれば無理ですわよ? 浮いたら安全性がわからなくなるので」
「じゃあ代わりに回転増やして!」
「10回でよろしくて?」
「15!」
「では20で」
マジかよー! と叫ぶ子供たちの声を聞きながら、レイネは宙に無数のギロチンを出現させた。
パーツ数は約8万。大小さまざまなものを組み合わせていけば、レイネのイメージ通りのコースはすぐに完成する。
スタートしてすぐに時速120キロまで加速するこのジェットコースターは、すぐさま直角に急落下し、搭乗者に無重力の浮遊感を味わわせる。その後にある20連ループは座席の角度が内側に向いたり外側に向いたりをランダムに繰り返すため、悪役令嬢でなければ乗車中に外へと放り出されることうけあいだ。その後も急カーブと急上昇、急落下を繰り返すため、悪役令嬢でなければ胃の中身を全て絞り出す羽目になるだろう。そして最後にはもう20回転を強いられる。そう、このコースター最大のセールスポイントはそれだ。見た目には20回転は最初の1回だけに思えるが、コースを回ってきた車両は最後に20回転レールの裏側に接続される。悪役令嬢でなければ初見で気付くのは至難の業であるため、搭乗者は無警戒のまま、最初と同じ回数の回転を最初と逆向きに味わいながらフィニッシュと相成るわけだ。
「おねえちゃんおねえちゃん、これ本当に10辛!? 25辛くらいない!?」
「馬鹿言っちゃいけませんわ。私が本気だしたらこんなもんじゃ済みませんわよ?」
「おい」
レイラが大人の本気というものを見せつけるべく追加のパーツ郡を16万ほど出現させようと空を見たとき、横合いから声がかけられた。
私服姿のグーラであった。
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城壁外へ出ていたときとは違い、グーラの服装はシンプルなシャツとショートパンツというラフなものだった。
腕を組んだ状態で広場の端からレイラを見やっており、顔には呆れとも怒りともつかない曖昧な表情を浮かべている。
「何をやっているんだ君は」
「何、って……布教活動?」
「何のだ何の」
強いて言うなら己だろうか。
レイネは、ギロチンという存在があまり「悪役令嬢」的に受け入れ難い存在だ、ということを理解した。しかしレイネにできることは、「ギロチンを出す」以外にあまりない。
であるならば、まずは悪役令嬢軍の面々には、己という存在に慣れてもらわないといけない、と思ったのだ。
「そしてこれですの」
「いや、受け入れられる努力をするのはいいんだが……あれから3日ほどしか経っていないのだが」
「それは私も驚いていますが」
レイネの目の前ではメリーゴーランドが絶賛稼働中で、乗車率が立ち見を含めて200パーセントを超えている。
また、作ったばかりのジェットコースターにも行列が出来始めていた。先頭の一団は「ねーちゃん早く!」などとウキウキしながら待機しており、その様子に恐れや憂いは欠片もない。
ギロチン。無論のことながらビジュアル面でのインパクトがかなり高い力……であるはず、だった。ここにいる人たちが「悪役令嬢」であることを別にしても、かなり受け入れがたい力であることは少なくとも確かだ。
だが、
「……まあ、アリスさんとプリシラさんとリリィさんのおかげだと思いますの」
「あの3人の?」
「ええ。あの筋肉の。お名前伺ったときは響きが可愛すぎて2秒ほどフリーズしてしまいましたけれど」
3人は、今も「列が進むぞヤロウども! 手ェ上げろ! まっすぐだまっすぐ! 列通りまーす!」などと叫びながら列整理をしたり、待機列の子供たちの遊び相手になってやったりしている。
そんな光景を見ながらグーラが言う。
「彼女たちはこの陣地の中でも人徳者で知られている、いわば顔役だからな。彼女たちの信頼を得られたのは大きかったようだな」
「そうなんですの?」
「戦闘面では『上には上がいる』という感じなのであまり目立たないが、身長が2メートル超えてる以外は物腰穏やかで模範的な貴族令嬢だ。やたら筋トレを布教してくることくらいしか欠点がないし、なぜか言葉遣いが体育会系なことに目をつぶれば、尊敬に値するすばらしい同胞であると断言できる」
「なんだが妥協点が多くないですの?」
「いやまあ、悪役令嬢の中ではマシな方なんだぞ?」
それを聞くとなんとなく不安になったりもするが、まあアクの強さではレイネも相当なものだ。何も言うまい。
レイネは問う。
「私の扱いは決まりましたの?」
「いや、何せ古参の連中は古典的な乙女ゲーの……有り体に言えば学園物の悪役令嬢も多くてな。そういう連中は荒事に慣れていない上、バッドエンドが当然のように斬首。多くの意見はこうだ。『君の能力はほしい。だがビジュアルが受け付けられない。というか吐く』」
「吐く……」
レイネとしても、ギフトを使う度に後方で仲間が吐瀉物を撒き散らすのは勘弁してほしい。
解決策としては「どうにか慣れてもらう」他ないわけだが、それほどのトラウマを抱えているのであれば無理強いも酷というものだろう。
「まあ、判断を保留したところで、『聖女軍』も今は傷を癒しているところだろうからな。今すぐどうこうなるわけでもなし。君はしばらくゆっくりと……」
と、そのときであった。
「――」
それは何かの知らせのような音だった。
鳥か何かの鳴き声のようにも、笛のようにも聞こえる超高音。
レイネは音の出所を探って空に目を向ける。そこでは赤の棚引きを尾にした魔術光が、昼の空へと消えていくところだった。
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レイネは尋ねた。
「何ですの? おやつの時間ですか?」
「いや、それは緑だから違う」
あるにはあるのか、とレイネは自分で訊いておきながら驚いた。
グーラが続ける。
「青は呼び出し。黄色は全体通達。色だけでなく音でも区別しているが、まあ覚えなくても念話術式が普及してるからあまり関係はない」
「結構楽しんでますのね?」
「まあ、大規模なサバゲーみたいなものだからな。初期の頃に決めた色々の名残だ」
楽しそうで何よりだ、とレイネは思った。
「それで、あれは? 赤かったですけど」
「ああ。あれは1番最初に決めたやつでな、簡単だ」
グーラは言った。
「聖女襲来」
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