第4話 ギロチン令嬢「負けたら生やされますの?」
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聖女軍のもふもふたちをレイネが斬殺した結果、その全ては魔力の糸となって解けた。
テイムのスキル、あるいは「服従」の魔法によって使役する対象は、死ぬと術者のもとへリポップする。
だが当然ノーコスト、というわけではなく、今回の一件でおそらく相手の「もふもふに囲まれて幸せです部隊」は、しばらく待機を余儀なくされるだろう、とのことだった。
そんな結果に満足したレイネが、「おーい、大丈夫ですのー?」とのんきにグーラへと声をかけたところ、いくつかの魔法で手足をキツめに拘束され、そのまま建物内へと連行された。なおここまで50秒だ。恐るべき迅速さである。願わくば裁判はきちんと時間をかけて欲しいところだが。
一応の礼儀か、単に拘束が無意味だと思われたのか、レイネの手足はすでに解放されている。見回すと、部屋の中、および周囲には、グーラの他にもいくらかの人影と気配があった。
ここ──レイネがギロチンを設置するために登った建物の中──に集ったのは、どうやら「悪役令嬢軍」の中心人物たちであるようだ。部屋内だけで10人、部屋の外からこちらの様子を観察している面々を含めれば30人ほどが、レイネを様々な感情がこもる眼差しで見守っている。
レイネは、先ほどの「なんだあれは」というグーラの疑問に応じた。
「何、と申されましても……」
ギロチンだ。レイネの得意技だ。個性の一環だ、と言っても理解されないような気はしている。
グーラが言う。
「君、魔法は使えないと言っていたじゃないか。転生先はフィクション薄めの世界観だったとも」
「いえ、まあ、薄めのフィクションはあったというかなんというか。ほら、なんか掌から甘味出すとか、往年の名作にあるじゃないですか」
ガタ、とレイネの左側でソファに座っていた小柄な令嬢が反応したが背後から肩を押さえられて再び座らされていた。なんでしょう。ガチ勢でしょうか。
グーラは難しそうな顔で、
「ああ、まあ……覚えはある」
「ウチの世界で言うと他に、シャボン玉出すとか、国旗とか、毛色の違うところで申しますとサイコメトリーとか未来予知とか? そういうのがたまーに生まれてくる世界で。『ギフト』と呼ばれてましたのよ」
「なるほど……」
「私はそれがギロチンでして」
「なんだが突然フィクションのジャンルが変わってないか?」
「まあ、私、主人公の最大のライバルでしたもので……恋の」
「恋にギロチンは必要ないだろう」
「それは私もそう思いますが」
考えてみれば、ゲーム「さんぎょうかくめい!」の中でもレイラのこの設定は割と死に設定だった気がしないでもない。
王子を虜にするための一端となったことは確かだが、別に決定打だったわけでもないのだ。癇癪起こすとギロチン出す、という特性がビジュアル面で「悪役感」を出す一助になっていた、というのはあるが。
「まあ、結構役には立ちましたのよ? 視界内であればサイズや数に制限はありませんので、こう、組み合わせてテーブルセット作ったりとか」
「テーブルセット」
「足場にすれば大抵の場所に侵入できましたので、王子と主人公の逢瀬にも活用致しましたわね。2人がくっつかないと国が滅ぶっていうのに関係が進展しなくて、私、痺れをきらしまして王宮にある王子の私室にギロチン足場で主人公と共に突入しましたのよ? まあ色々省いて申し上げますと、まさか1発で世継ぎが生まれるとは思いませんでしたわ。はは」
「はは、じゃないが」
グーラが、片手で頭を抱えながら言う。
「……ここにいる誰か、彼女の言う『さんぎょうかくめい!』というタイトルを知ってるか?」
沈黙は否定の意味だ。
「レイネ、さっきは微妙にはぐらされたが……君の生まれは……」
「2028年ですわ」
「ここにいる誰よりも未来からの転生者、か。知らないはずだ」
レイネが聞くところによると、ゲーム世界へと転生した令嬢はほとんどが日本の出身であるらしい。しかしその出生年・転生タイミングは、わりとバラバラなのだという。
「レイネ、正直に言おう。君という戦力は強大だ。おそらくはバトル系のゲームではないゆえのバランスブレイカー……それが『悪役令嬢軍』に加わってくれるのであれば、それは喜ぶべきことだ。歓迎したい気持ちもある。だが……」
ごくり、とつばを飲む音がそこかしこから聞こえた。
グーラは言う。
「我々は、君の扱いを決めあぐねている」
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「それは……」
レイラは思い出す。レイラが90歳まで過ごした「さんぎょうかくめい!」の世界でもあったことだ。
異質。どんなに強力であれ、レイラの能力はその一言に尽きるのだ。
レイネは若干の残念と慣れ親しんだ諦観を抱きながら言った。
「私の力が、『魔法』にも『スキル』にも属さない……『異端』の力であると。根幹のわからない力であると。たとえどんなに強力であれ、そんな力は重用できないと、そう仰りたいのですね」
「いや違う。怖い」
……なんだかやたら気弱な発言が、先ほど空中びゅんびゅん飛び回りながらカピバラやらドラゴンやらぶった斬ってた令嬢から出てきましたね?
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グーラが言う。
「我々悪役令嬢がもっとも恐れるものがなんだかわかるか」
「パワハラと残業でしょうか」
「マジのやつはやめろ。あー、ほら、何人か前世思い出してトラウマ発症してる……誰か、彼女たちを特別医務室へ!」
「そんな高度な治療ができる設備がありますの?」
「いや、先ほどのカピバラなどが敷き詰めてある」
なんだか物理で来ましたね、とレイラは納得をした。
「でまぁ、話を戻すとだな。我々悪役令嬢がもっとも恐れるもの……それは『バッドエンド』だ」
「……なるほど?」
わかるようなわからないような。
「没落。処刑。国や領地からの追放……は、勝ちフラグの場合もあるか」
「あとビームとかですわね」
「ちょっと意味わからないから一回無視するぞ? とにかく、『そういったもの』を我々は、2度目の人生の全てを賭け、必死こいて回避してきたのだ」
ゆえに恐れる。
ゆえに回避する。
うまくいかなかった自分。ミスをした結末。ありえたかも知れない悲劇。
つまりは、「悪役令嬢として享受するはずだった」現実を。
しかし、
「……それとこれと何の関係が?」
「わからないか? 悪役令嬢のバッドエンドといえば処刑。処刑といえば、そう。ギロチンだろう」
「……なるほど?」
わかるようなわからないような。
「つまり我々悪役令嬢は、自らのバッドエンドにつながるような要素・物体を非常に恐れるんだ。君はまあ、最初からその力と一緒にあったのだろうから……そういう意識は薄いのかもしれないが」
「ちなみに恐れる要素って、他には何があるんですの?」
「例えばだが、長い紐状のものは絞首刑を彷彿とさせるからだめだな。また、陥れようとした主人公に逆に悪事を告発されて投獄されるパターンから、暗い場所・狭い場所にも生理的な嫌悪感がある。謎の行商人から『復讐がしたいんでしょう?』などとそそのかされてネックレス・指輪・宝石などを受け取るとなんやかんやあって魔獣に変身する羽目になるので、それらの宝飾品も基本的には視界に入れたくない」
「なんか制限多くないですの?」
「まあ悪役なので……」
そういうものなのだろうか。
「とにかく、だ。君の力は無用の混乱を引き起こし得る。そのため我々は、君の扱いを一時保留にすることを決めた。無論、だからと言ってここから追い出すようなことはしない。ただ、君が戦いに参加すると、ちょっと体調不良や吐き気・動悸・息切れを起こす令嬢がわりと散見されるので……」
「ちょちょちょ、ちょっと待ってください!」
レイネは言った。
「戦うだの戦わないだの、そう言われる前に説明していただけませんか? ここが『転生者が再び転生してくる世界』、というのは……まあ、解りました。解りませんけど、解りました」
「たぶん、そのくらいの認識でかまわない。正直、我々もよく解っていないからな」
「だと思いましたわ」
だけど、
「どうして『悪役令嬢』と『聖女』が戦っているのか。そのくらいは説明してもらわないと困りますの」
「ああ、そのことか」
グーラは、失念していたな、と一言加え、
「まあ……簡単に言うとだな、私たちは互いに、押し付けあっているんだ。『役割』を」
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レイネは、グーラから言われた言葉を鸚鵡返しに聞き返す。
「役割?」
「そう。役割」
グーラが言う。
「つまりだな、私たちには必要なものがある。聖女が張る『結界』だ。これがあれば、魔獣避けには困らなくなるからな。そして向こう、聖女たちにも必要なものがある。戦力だ。聖女には『加護』があるかわり、魔法が体系立って発展していないから」
「だったら助け合えばいいんじゃないですの?」
「私たちも最初はそう思った。だが、聖女の力……『破邪』とも言うべき力は、悪役令嬢と相性がよくないことがわかったんだ」
「相性?」
「そう。端的に言って、聖女か扱う破邪の力は……『悪役令嬢』に害をなす」
「……私たちって『邪』ですの?」
「もしかしかたらな。まあ『邪』は大袈裟だとしても、力が打ち消し合うことがわかっている。聖女の力は悪役令嬢たちの元で減衰されるし、逆もまた然り。私たちはそもそも共生できる関係性にないんだ。個人的な交流はまた別だがな」
「……だからわざわざ陣地を分けて暮らしてますのね……」
「まあ理由はそれだけじゃないんだがな。で、そういった状況を打開するための方策が必要になり、『向こう』との協議のすえ、1つの結論が出た。それが先ほど言った『役割』だ」
つまり、とグーラは前置きし、
「聖女と悪役令嬢の混血を作り出す。互いの力に干渉せず、力を100パーセントの精度で行使できる存在を。そのために」
そのために、
「はたしてどちらが『生やす』のか。……その終わりの出ない論争に決着をつけるため、我々は戦い続けているんだ」
聞かなきゃよかったかな、とレイネは心から思った。
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3日後。
「きゃあーーーーーー!」
レイネが聞くその叫びに、悲嘆はこめられていなかった。あるいは恐怖も驚愕もなく、それは、こみ上げてきた感情があふれ出て止められなかった、という、それだけの叫びだ。
レイネの目の前にあるのは、銀色の鉄材——すなわちギロチンだ——のみで作られたメリーゴーランドだ。ただし回転時速は60キロにも上り、中に並ぶ動物は、カメ、ワニ、カピバラ、ゾウガメ、ガラパゴスゾウガメと、子供たちのリクエストに忠実に従ったためにキワモノが多い。
「レイネおねえちゃんレイネおねえちゃん、次、次わたし! ジェットコースター出せる!?」
レイネは思った。聞いてた感じとちげぇな、と。
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