第18話 ずっと一緒にいられるのかな、って話
そのあともまたぶらぶらと食べ歩いたりして、あっという間にチェックインの時間。
海岸沿いのそのホテルは6階か7階かあるような、見るからにいいところだ。カラオケもあるみたいだし。
そう思って値段を見たら、思っているより何倍も高くてびっくりした。本当にこんな高そうなところに泊まるんだろうか。
橘さんが受付をしてる中、私はお金の心配をしてきょろきょろとしているだけだった。
橘さんがルームキーを受け取って、エレベーターで自分たちの部屋の階まで。
私たちが案内された部屋は二人用でベッドも2つの和洋室。
荷物を置いて時計を見たらまだ6時半。夕食の時間まではもう少しあるみたいだ。
部屋に入ったら一日の疲れがどっと来た気がして、普段より早いけどもうお風呂に入る支度をすることにした。
「あれ、葵ちゃん。もうお風呂入るの?」
「そうだけど、先に入りたかった?」
「いや、一緒に入りたいなー、なんて思ったから」
「遠慮しとくかな……」
今の私は一人になりたい気分なのだ。別に人とお風呂に入ることが好きなわけでもないけど、寝るまで一人になれないと、そのあと反動で徹夜をして迷惑をかけてしまいそうなくらいに、今は静かに浸かりたい。
そんなわけで逃げるように、少し前に沸かしてもらったお風呂に入り込んだ。
浴槽で一人足を伸ばしながら、長いため息をつく。久々に歩き回った分、思った以上に足が痛い。
一人になったことを実感したら落ち着きと疲れが同時に来て、眠くなってくる。目を擦ったら、今度は逆に冷静になってきて、なんとなく寂しくもなってきた。
そしてまた長いため息ひとつ。
私は橘さんの母親からいい人に見られてないんだなぁって、低い自己肯定感が具現化して刺されたようで痛い。
でも、本当のことだもんなぁ。忘れそうになるけど、ちょっと前まで不登校で、その前に語れることも何もない。自分でも何で橘さんがずっと仲良くしてくれてるかわからないくらいだ。
私と橘さんの友情を繋ぎとめているのは一緒にいたい、って気持ちだけだ。それがいかに脆いのか、今まで見て見ぬふりをしてきただけで。
今回の旅の目的の1つは私がいないといけない理由を教えること、なんて言っていたけどそんな兆しも全くないし。
どうしたらいいのか、わからないよ……。
お風呂から出たら、橘さんは特に何をするでもなく、ベッドに座ってスマホを覗いていた。そして私に気付いてにこって笑いかけてくれる。
そんな日常はあとどれくらい続いてくれるんだろう。不安で押しつぶされそうになって、とりあえず隣に座る。
何をするでもなく、ただ二人でぼーっとして。そうしてのんびりしていたら、夕食がやってきた。
夕食はお刺身とか、しゃぶしゃぶとか、旅館で出てくるような豪華なもの。二人向き合って座って、慣れないのをごまかしながら、できる限り礼儀が正しく見えるように食べ進める。
橘さんがしきりに話しかけてきて、お昼のことを心配しているんだろうな、っていうのが伝わってくる。私は笑っているつもりだけど、きっと作り笑いみたいな変な顔してるんだろうな。向こうもなんとなく、焦燥感とかを抱いているのかも。なんて思いながら見てたら、私が寡黙に見えたのか口数が少なくなって。
このまま静かになるのが怖かったから、私から話し出した。
「ねぇ、明日はどこに行こうか」
「もー、それベッドに入るまで取っておこうと思ったのに。そうだなぁ、1つ決めてるところはあるよ」
「どんなところ?」
「それは内緒。でも、景色がきれいなところ、かな」
話のスタートに失敗した気がするけど、ちゃんと話が続いて一安心。
それよりも、私から話しておいてだけど、どこにどんな観光スポットがあるとかわからないんだよね。それに気づいてスマホで調べてみる。
「あ、ちょっと調べないで――」
「ねぇねぇ、少し遠いけど、美術館あるんだって。ここ面白そう! それで橘さん、なんだっけ?」
話を遮っちゃったみたいなので聞きなおしたけど、なぜか顔を赤らめて拗ねてしまって。そのまま、話は続かなくなってしまった。
布団に入ったら、あとは寝るだけ。でもいつもと違って、橘さんが横にいる。それを目線があうたびに実感している。
向こうはずっと笑顔の調子のまま目線の先にいて、それが現実だと思えないからおかしくって、私も笑いだして。
「夜に二人でいる、っていうのもなんか久しぶりだね」
「そうだね。さすがに隣で寝てるのは初めてだけど」
隣に知っている人がいるってだけですごい恥ずかしい。ベッドなのに安心できないのも変な体験だ。
「ねーえ、葵ちゃん。私たち、これからもずっと一緒にいられるのかな」
「どうしたの、まるですでに結婚したみたいに」
結婚、って言葉に反応して露骨に慌てている。それを収めるように一息吐いて、返事が返ってくる。
「お昼のこと。もしこのままお母さんと喧嘩し続けて、そしたらもしかしたら転校とか。そんなことになったらどうしようって」
「そしたら、葵ちゃんはそれでも会いに来てくれるのかな」
「………………」
ショッピングモールの時と同じように、甘えるような、とても小さい子のような。そんな柔らかい声だけが部屋に充満している。
その声がとても心地よくて、疲れと合わさって眠気が襲う。
橘さんが話してるのに、こんな時に寝ちゃ……いけない、のに……。
目が覚めたとき、時計は朝の5時半を差していた。結局あの後寝ちゃったんだな。もう日は少し出ているけど、まだ眠いからもう一度布団に入ろうかな。
そう思って布団に入ろうと思った時、隣のベッドに目が入った。そこになぜか橘さんはいなかった。
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