第19話 私の母子戦争

 お母さんから電話が来た時、いつもの様子と全然違うのが悪い第一印象を与えた。


「悪いのだけど、あなたの隣にいる友達、高田さん、かしら。その子に変わってくれない?」

「どうしたの突然。それに何で名前を知って――」

「いいから」


 前々からいい印象を親に持っていたわけじゃないけど、さすがに初対面な子にとんでもないことを言いはしないだろう。圧に負けたのもあるけど、潔く電話を葵ちゃんに渡した。


「澪とこれ以上関わらないで欲しいの」


 嫌なほど近く、でも同じではない声が小さく聞こえる。そしてその内容は私が思っていたのとは全く違う、拒絶で。

 突然のことで怒りがこみあげて、パニックな頭でお母さんに問いただす。


「ねぇ、どんなこと言ってたか軽く聞こえてきたんだけどさ。さすがにあんまりじゃないの? おかしいと思ったんだよ! 私には目的を話さないで友達に変わりなさいだけなんて!」

「だって、この内容を先に知ってたら確実に携帯を渡さないでしょう?」

「そりゃそうだよ! お母さんに私の友達をあれこれ言う資格はないでしょ?」

「そうは言うけれど、あなたなんであの高校に入ったのか、忘れたの? 私がそのときなんて言ったか、忘れたの?」

「……別に、忘れたことはないよ」


 嫌なところを掘り返されて言葉に詰まる。

 葵ちゃんとはこれからもずっと仲良くしたいし、そのためにも今みたいなことは極力避けたい。

 だからこそ、そのために勉強も今まで以上に頑張ってきて、お母さんの期待に応えてきた、はず。だけど……。


「……それで、なんで葵ちゃんを毛嫌いしてるの?」

「だってあの子、不登校じゃない。そんな子といたらあなたに悪く影響するじゃない」

「そんなことないもん! それに、不登校かどうかなんて私の問題と何も関係ないでしょ?」

「果たして本当にそうかしら。帰宅時間が遅くなっていた時期もその子に何か肩入れしてたからじゃなくて?」


 自然と手や声に力がこもる。

 

「でもそれはちゃんとテストの結果とかで見せたじゃん」

「その程度で慢心されちゃ困るわ」


 何を言ってものれんに腕押しって感じで、全く取り合ってもらえなかった。




 私が電話をしている間、葵ちゃんは角で小動物のように縮こまっていた。

 お母さんへの怒りで完全に周りが見えなくなっていたみたいで、あっという間に申し訳ない感情に切り替わっていく。

 すぐに葵ちゃんに駆けよって、慰める。とはいえ、怖い思いさせたの、私のせいだからなぁ。




 面倒なことにはなったけど、今は楽しむ時間だと自分で割り切って。ゴールも決めず海まで歩きだす。


「なんでそんなに私、毛嫌いされてるの?」


 葵ちゃんから当然ではあるだろう疑問が飛んできた。私はお母さんの気持ちわからないから困るんだけどなぁ。

 

「うーん、私も本当のところはよくわからないけど、不登校だったところとかを嫌ってるみたい。今どき珍しいことでもないのにね」

「まぁいろいろ思うことがあるんだと思う。私の親だってたぶん本心は納得してないだろうし」


 そう葵ちゃんは達観している。別に葵ちゃんは何も悪くないのに。

 そうお母さんに叫んでしまいたかった。でも、できなかった。それをわかっているから、もやもやと気持ちが胸の奥で渦巻いていた。


 ◇


 ベッドに入って、少し寝ぼけた状態で。完全にリラックスしきっている私は、無意識でつぶやく。


「ねーえ、葵ちゃん。私たち、これからもずっと一緒にいられるのかな」

「どうしたの、まるですでに結婚したみたいに」


 ふと出てきた結婚、って言葉にびっくりする。私と葵ちゃんはそんな関係じゃなくて、ただの友達で……、そもそも同性だから結婚なんてできないし。

 そんなことはわかっているはずなのに、変な妄想が出てきてしまって振り払う。

 動揺しちゃったから一息ついて。


「今日のお昼のこと。もしこのままお母さんと喧嘩し続けて、そしたらもしかしたら転校とか。そんなことになったらどうしようって」


「そしたら、葵ちゃんはそれでも会いに来てくれるのかな」


 今までで一番、葵ちゃんに対して緊張した気がする。いつもの悪ふざけ半分とかじゃない、私の本心。

 もしここで拒絶されたら、私はそのあと、どうなっちゃうんだろう。別に最悪の結末を考えちゃっているだけで本当にそうなったわけじゃないのに。

 いつもポジティブに生きるように頑張っていれど、さすがにネガティブになってしまった。

 返事は……?


「あれ、葵ちゃん?」


 だけど肝心の葵ちゃんはすでに寝ていた。まぁ今日はいっぱい歩いたし、お風呂に早く入ってたところとかからも疲れてたんだろうなぁ、なんて、寝顔を眺める。

 その落ち着いた寝顔はかわいいのにかっこよさもあって、写真に収めたくなってしまうほどだった。さすがに理性が残ってたから、そんなことしなかったけど。しなかったからね?


 でも、つまり一人の時間ってことだ。悲しいことに朝の電車で少し寝ちゃったから、まだ眠れるほどじゃなくて。


 ベッドで横になってると不思議なことに頭は冷静になってしまって、迷惑をかけてしまったなぁ、なんて考えないようにしてたことがまた出てきてしまった。

 することもなくなって、頭に詰め込むために単語帳をカバンから取り出して、2、3ページめくる。

 はぁ。なんで、勉強してるんだっけ。お母さんが言ってたから? それとも自分がしたいから? 将来のため?


 気持ちが落ち込んじゃって単語帳を投げて、今度は布団を頭からかぶる。普段だったら葵ちゃんにやらせてかわいい~、みたいなことを言ってただろうけど、今は得体も知れない恐怖でいっぱいで、中で縮こまった。それでも一人なことに変わりはなかった。




 目が覚めると、まだ朝の四時。隣のベッドを見ると、葵ちゃんはまだ静かに寝ていた。

 それを見て、罪悪感チクリ。

 その時、ここに私の居場所がなくなったような、そんな気がした。それは勘違いかもしれないけど、今の私にはそんなことを考える余裕はなくなっていて。

 家にも、葵ちゃんの隣にも居場所がなくなったら、どこに行けばいいの。今から一人で帰っちゃおうか。でも、それはできない程度に理性は残っていて。


 頭を冷やしたくなって、まだ日が出始めた風の冷たい海へと静かに歩きだした。

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