第17話 海と彼女と私と、な話

「澪とこれ以上関わらないで欲しいの」


 不安が最悪の形で現実になって、どんな顔をしていいのかわからない。

 電話の内容が軽く聞こえてきたのか、橘さんが携帯を私から無理やりに取ると、今までにないほどの剣幕で母親と喋っているようだ。


「ねぇ、どんなこと言ってたか軽く聞こえてきたんだけどさ。さすがにあんまりじゃないの? おかしいと思ったんだよ! 私には目的を話さないで友達に変わりなさいだけなんて!」


 激しい言葉の応酬が続いているのか、声や仕草に普段感じないほどの棘と圧を感じる。

 心がきりきりと痛んでいるのがすぐにわかるほど、精神的に疲弊していた。とはいえ止めるのもはばかられて、とりあえず耳を塞ぐ。それくらいしかできなかった。




 10分かそれ以上か。数えてはいないけど、とてつもなく長い時間を感じた気がする。

 橘さんが電話を切ったみたいで、怒りのモードから普段の友達モードに戻った。お母さんがごめんね、なんて謝っている。

 変わり身が一瞬すぎて、もはや手品だ。何か溜め込んでるみたいに見えて、普段と変わらないはずなのにとても怖い。


「まったく、お母さんもひどいよね! 葵ちゃん、気にしなくていいからね」


 頬を膨らませながらそう話しかけてくる。本当はその話題すらあまりしたくないけれど、私が黙り込んだままな結果、私への心配からかこの話が続いている。

 こういう時は話に乗ったほうが早く終わりそうだ。過去の経験からもそう知ってるから、あまり気が乗らないけど疑問に思ったことから聞いてみることにした。


「なんでそんなに私、毛嫌いされてるの?」

「うーん、私も本当のところはよくわからないけど、不登校だったところとかを嫌ってるみたい。今どき珍しいことでもないのにね」

「まぁいろいろ思うことがあるんだと思う。私の親だってたぶん本心は納得してないだろうし」

「そんなもんなのか~。世知辛い世の中だねぇ」


 そんなことを話しながら、なんとなくで海岸のほうへ歩き始める。


「ここでこんなにのんびりしてて大丈夫なの?」

「うーん、本当は大丈夫じゃないんだけどね。でもホテルとかは予約しちゃってるし、それに」


 一息、わざとらしく置いて続ける。


「今は、葵ちゃんと一緒にいたいなー、って」


 その顔はやっぱり悲しげで、下の方を向いていて横顔しか見えない。親と喧嘩してたら、そりゃ家に帰りづらいだろうし。

 でもそんなときにもこんなことを言ってくるから、どんな反応をしていいか困る。


 そもそもこんなことになっている原因は私だ。私を誘ってくれた橘さんが、そのせいで母親と喧嘩して。やっぱり私は来ないほうがよかったんじゃ。でもせっかく誘ってくれたのに。どっちが正しいのかわからないまま、複雑な思いが頭を埋め尽くす。


 他のことを何も考えられない頭のまま、ただ橘さんの後ろについて歩いてたら、あっという間に海に到着。この時期だからさすがに海水浴客でいっぱいで、私たちが遊ぶスペースなんてどこにも残ってない。

 でも、海を見ているだけで心が洗われるようで今の私にはちょうど良かった。




「海まで来たけど、どこに向かってるの?」

「決まってないよー」

「え、決まってないの!?」


 元から結構適当な感じではあったけど、なおさら適当で、むしろ驚愕。このまま実はホテル決まってないんだよね、なんて言われても信じてしまいそうだ。


「うん。海に行って~、とか何か食べて~、までは決めてたんだけど。なんとなく行ってみて、その日見つけたお店で新しい発見をして。そういうのって、楽しいと思わない?」

「私はどっちかというと先に決めておきたいタイプかな~」

「あー、確かにそんなタイプしてるかも」


 どこかうずうずしているように見える橘さんが、喋るタイミングを見つけたとばかりにこんなことを言い出した。


「……せっかく海に来たし、端っこで水の掛け合いでもする?」

「……いいよ」


 私もうずうずが隠せなくなって、端っこのほうまで駆ける。端っこにも人はいるけど、だいぶまばらだったから、なんとか小さいスペースを見つけた。




 一足先に海に足を入れた橘さんが、欲望のままに水を手でかけてくる。負けじと私も海に入ってかけ返す。

 濡れすぎないように低めに飛ばされた海水が足に当たって、ひんやりとした感触が伝わる。

 思わずひゃっ、なんて声が出て、向こうからあはは、と笑いの声が聞こえる。恥ずかしくなって強めに水をかけ返したら、それに呼応するように向こうも勢いが強くなる。

 気づいたら服が濡れてしまうほど遊んでいた。


「結局濡れちゃったねー」


 なんて濡れた服や足をタオルで拭きながら話す。ちょっと水をかけあってすぐ終わるつもりだったのに、気づいたら30分もやっていたみたいだ。

 風が吹くたびに濡れた服がまとわりつくし、服が冷たくなって寒さを感じる。その冷たさが、時間を忘れて遊んでいたんだな、と実感させた。


「こんなことなら水着持ってきてもっと思い切り遊べばよかったかもねー」

「私は絶対に、嫌だからね?」

「そんなぁ、今露出少ないのも色々あるよ?」

「そういうことじゃない!」


 そうごまかしたけど、本当は図星だった。

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