第15話 秘密、選択、本心な話

 勉強会から数日たって休日。二人そろってショッピングモールに来た。今日はここを待ち合わせ場所にしてたはずなんだけど……。

 普段外に出ないのが祟ったのか、気づいたら駅を出て反対方向に行ってたみたいで。目的の場所についたころには待ち合わせの時間より1時間過ぎていた。当然怒り交じりの苦笑いをされて、申し訳ないどころじゃなくて。

 穴があったら入りたい、なんて初めて本気で思った。


 そのことをいじられつつ中に入って、メモを見ながらどこから回ろうか、なんて考えている橘さんと、それを眺めながら一緒に歩く私。傍から見れば友達同士、あるいは姉妹? とにかく、仲睦まじく見えると思う。


 だけどそんな私たちの関係は冷え切ってるわけでもなく、とはいえ友達にしては距離があって、ぬるい状態で中途半端に浮かんでいる。

 きっかけは今日の約束をした日、私が橘さんの家族のことを聞いて向こうが嫌な顔をしたから。そのあと表面上は普段通りに戻ったけど、私はそれをずっと引きずっている。


 別に謝ったしもう彼女は怒ってはいないだろうけど、私はずっと怯えたまま。悩みすぎだとわかっていても、ネガティブな考えほどやっぱり簡単に消えてはくれない。




「とりあえず帽子から見に行こうか」

「うん」


 結局あの時買い物に誘ったはいいものの、ちゃんと買うものを決めてなかった私はどこかよそよそしく橘さんの後ろを歩く。

 私よりちょっと背が高いから、ほとんど前は見えない。

 当日着る服も決まってないのに、帽子を先に買いに行って大丈夫かな。そんなことを考えながら、ただついて行く。


 帽子屋にいつの間に辿り着いたのか、前を歩いていた橘さんが急に立ち止まってぶつかる。鼻がちょっと痛い。鼻をさすりながら立ち止まった私の手が引っ張られて、一緒にお店に入った。もう自然に手を繋がれているけど、今は気にしないことにした。


 帽子の専門店なんてあるんだなぁ。それがファッションに疎すぎる私の第一印象だった。いつの間にか私は傍観者みたいになって、橘さんが帽子を選ぶのを見物しちゃっている。


「ねぇ、葵ちゃんは選ばなくていいの?」


 そんなことを言いつつすでに選び始めている橘さんに半歩遅れて、私も物色を始める。

 とりあえず紺の柔らかくてちょっと高さのある帽子――バケット・ハットっていうらしい――が目に入って、被ってみる。可愛くて私好み。たぶんこれで決まりだろうけど、一応意見を聞こうと思って橘さんを探しつつ他の帽子もちらちら見て。戻ってみると、2つ気になったのがあるのか、手に取って比べてるようだ。


「もしかしなくても、悩んでる?」

「あれ、葵ちゃん。もう決まったんだ?」

「まぁ、だいたいね」


 決まった帽子を見せつつ、どんな帽子が気になっているのか覗いてみる。よくある上が平ら気味な麦わら帽子と、デザインは似ているけどつばの片方が上を向いているやつ。

 うーん、正直どう悩んでるのかよくわからない。悩んでる本人にしかわからない何かがあるっぽいけど、あまり待たされるのもなぁ……。


「ねぇ葵ちゃん、私の代わりに選んで!」

「とはいえ私ファッションとかよくわからないよ?」

「まぁ決まらないし、どっちも気に入ってるからさ。決めちゃってよ」

「じゃあ……こっちで」


 なんとなくあまり見ない気がするってだけでつばの片方が上を向いているやつを選んだら、そっちに決まったみたい。あっという間にレジに走っていく橘さんを見る私は、選んだ側なのに俯瞰してるみたいな気分になって。

 橘さんがだんだん私に染まっていくような気がして、嫌じゃないような、でも嫌悪感はあって、変な気分だった。




 場所はちょっと変わって、同じモールの中にあるお菓子屋。別に買うものはないはずだったんだけど……。


「ね~ね~葵ちゃん、お菓子買ってってもい~い?」


 お菓子屋さんを指さしながら無邪気に聞いてくる。普段もこんな感じで何気なく聞いてくるけど、今回はいつもと違う気がする。なんというか、すごく子供っぽい。妹みたいな、あるいは幼稚園の子みたいな。

 そんな聞き方に困惑しつつ、普段見れない顔で面白いからちょっと付き合ってみることにした。


「だーめ、前も買い食いしたばかりでしょ」

「む~」


 頬を膨らませて服の裾を引っ張られる。駄々をこねる3秒前みたいな顔をしているけど、普段と違う雰囲気なせいで真面目なのか冗談なのか全然わからない。

 心配になってきたから、演技モードをやめて普通に話しかける。


「ねぇ、これって冗談でやってるんだよ……ね?」


 それに対して返ってきた返事は、相変わらず裾を引っ張るだけ。向こうは何があったのかわからないけど演技ではないみたいだ。


「はぁ、しょうがないなぁ。1つだけだよ?」


 どうすればいいのかわからなくなった私は、ありもしない母親とのやり取りをイメージしながら、橘さんの手を繋いでお菓子屋さんに入ることにした。

 このまま一人で行かせたら本当に迷子になりそうに見えたし。




 前から子供顔負けな無邪気さを見せられることはあったけど、本当に妹みたいになっちゃうなんて思ってなかった。こういう時、どうしたらいいんだろう。橘さんの親に電話するべき? 普段通りになるまでこのまま過ごすべき?

 とはいえいつになったら戻るのかもわからないし、橘さんの親の連絡先もわからないし、それよりちょっと前に親の話してムード悪くなったばかりだよね!?

 

 そんなことを考えつつ目を離さないように頭をフル回転させながらお菓子選びに付き合わされて10分。ようやく決まってお店を出るころにはもうくたくた。

 だけど当の本人はあいかわらず元気だ。なんでこんな元気が有り余ってるのか、それとも自分の体力が相変わらずないのか。うーん。


 だけど手を引っ張る力はちょっとずつ弱くなって、足取りもゆっくりになって。そして立ち止まる。

 振り返られてのぞくその顔は、前に冗談で好きだよ、とか言った時より確実に真っ赤だった。


「ねぇ、今日のこと。みんなには秘密にしておいてね」


 そういう橘さんはまるで舌を出した小悪魔のようだった。

 別に、口止めされなくたって言わないよ。

 その言葉は、ちゃんと目を見て言えなかった。

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