第14話 夏休み、親と彼女と
7月も中旬になって、もうすぐ夏休み。周りは露骨に浮かれ始めてて、それは私たちも例外じゃない。
「ねぇねぇ、夏休み、どこか行かない?」
「ちょっと前にスイーツ食べたりいろいろしたばかりなのに?」
「そういうことじゃなくて、もっと遠く! お泊りとか!」
「え~、お泊り~?」
ずっと誰かといなきゃいけないって、集中力使うから苦手なんだけどなぁ。
でもまさか、本当にお泊りに行くわけじゃないだろうし。ただ例として出しただけで遊園地とかそういうところだろうし、いっか。
橘さんとなら人の多いところでもなんとかなる……気がする。前みたいに。
「まぁ、いいけど……」
「やったー!」
あっという間に笑顔になった。そんなに笑ってて顔疲れないのかな。そんなくだらないことを考えるくらい、橘さんと話すのは日常になった。
そうなっていくほど、今までの日常はなかったかのように上書きされていく。日常が書き換わっていくほど、今まで何もなかったのが浮き彫りになって悲しくなるけど。
そんなことより、遠くにお出かけかぁ。どこに行くんだろう。楽しみだな。そんなことを補修の合間に考えたりしつつ、あっという間に夏休みに入ってしまった。
今日は電話をしながら勉強会。私が家から出たくないよ~、なんてわがままを言ってこんな形になった。暑いから外出たくないんだもん。
暑いと体だけじゃなくて心までだる~っとしてきて、勉強に身が入らない。クーラーがついてるから本当に部屋が暑いわけじゃなくて、サボる口実を探してるだけかもしれない。
「そういえばどこ行こうか?」
「橘さんがどこか行きたいところあるんじゃないの?」
「いや~、あるにはあるんだけど……」
「けど?」
「多すぎて決まらないんだよね~」
「へぇ、例えば?」
「定番の海とか遊園地でしょ、キャンプもいいなぁって思うし、いっそ観光地ぶらぶら回るだけでも楽しそうだし……」
「確かに結構あるね」
そう苦笑いしながら、思ったより選択肢あるなぁ、なんて。どこがいいだろう。まず海は水着姿が恥ずかしいからなしでしょ、観光地とか遊園地は人多そうだしなぁ。とはいえキャンプはわからないし……。
「その中だったら観光地巡りかなぁ」
「そしたらその方向で何か考えよっか」
そんなことを勉強会の最中に喋ってたら、向こうは親に呼ばれたみたいで席を外す。私だけ残って、静かになってしまった。
どんな理由で呼ばれたかはわからないけど、親が普段からいるっていいなぁ。そんな憧れを抱きながら、今のうちにと勉強に再度集中するのだった。
私の親はとっても生真面目な人だった。お母さんは弁護士で、お父さんは総合商社のサラリーマン。でも、その生真面目さが時につらかった。
高校に進学したと思ったら不登校になって、もちろん迷惑をかけた。でも、その時の親の目は異常なものを見ている。そんな目をしていて、怖かった。
頑張ったね、辛かったね。そう言ってくれたらどれだけよかっただろう。そんなことを考えて、結局そう言いだせない、甘えるのが下手な自分がさらに嫌になって。
だから、優しそうな親ってだけで私には羨ましく見える。みんなは親を鬱陶しいなんて思ってたりするのかもしれないけど。たぶん隣の芝は青い、なんだってそんなもんだ。
「おまたせ」
「ううん、大丈夫だよ」
戻ってきた橘さんはあまり明るい声をしてない。なんとなく詰まった声をしてる。
「何かあった?」
「外行ってくるって行ってただけ。勉強ちゃんとしなさい、って言われはしたけど」
「それで落ち込んでたの?」
「え、そんな落ち込んでるように見えた? いやだなぁ」
声は普段通りになったけど、言葉遣いが普段と違うから、やっぱり落ち込んでるんだろうなぁ。
「それにしても、いろいろと心配してくれるなんて、素敵な親だね」
心の声が漏れるように、何気なくつぶやく。二人でいるときにしか出ないような、穏やかな声で何も深く考えずに発した一言。でもそれに対しての返事は
「そんなことないよ」
今まで聞いたことがないほど冷たい声だった。
ダメなこと言っちゃったかな。地雷を踏んだ気がするときの私の行動は普段とうってかわって早い。
「ごめん、いやにさせること言っちゃったかも」
「え? ううん、そんなことないよ」
向こうは何かに憑りつかれていたのが戻ったかのように、さっきまでのことがなかったような声に戻っていた。さっきの冷たい声もいきなり戻ったその声も。耳になじんだ声に戻ったはずなのに、震えあがるほど恐ろしく聞こえてしょうがなかった。
重い空気なのかそうじゃないのか、状況が目まぐるしく変わりすぎて混乱している私は、リセットしたい一心で何とか話題を絞り出す。
「ねぇ、せっかくお出かけ行くならその前の買い物一緒に行かない?」
勇気を出してそう尋ねてみる。普段の橘さんなら、準備なのに本番と同じくらい楽しみにしてくれそうだけど。
「……うん、予定がなかったら一緒に行こ!」
返事ははっきりとしないままだった。そのあと、向こうはもうこの話題をしたくない、なんて意思表示なのか
「さぁ、集中集中!」
なんて仕切りなおすようなことを言って、そのまま勉強会は続いていった。
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