第7話 友達を信じきれない私の話
「突然なんだけどさ。学校に行くお手伝い、って何したらいいんだろ」
「それを私に聞いちゃう?」
橘さんはいつだってまっすぐ素直だ。好きって言われたあの日から、見えてないだけでたぶん、毎日私のことを考えてくれている。
学校に行くお手伝い、それに関する話を聞くたびに『私に向けられた言葉は嘘じゃなかったんだな』って嬉しくなる。けど、同じくらいいつか手のひらを返されてしまうんじゃないかって未だに怯えている。
「今日の朝ニュースで不登校の子の話がやってたんだけどね。それを見てたら、わざわざ学校に行かないことを選んだってことは、それだけの何かがあったんだろうなってことをふと考えちゃったんだ」
顔が暗くなって、少し声が低くなる。苦しそうに橘さんが続ける。
「でもその決断は葵ちゃんが悩みに悩んで決めたことで、何も知らない私に踏み込まれた時、葵ちゃんはどう思うんだろう、学校に行くことをゴールにしてるのは私だけなんじゃないかなって、怖くなっちゃった」
そう呟く顔に暗さはなくなった。だけど普段の笑顔じゃなくて、ちょっとからっとしている。何かを諦めるときみたいな、そんな笑顔。
『ううん、ちゃんと学校に行けるようになりたい。でもね――』
弱音も過去もさらけ出してしまえれば、きっとなんでも協力してくれる。そんなことを期待してしまう私がいる。だけどそうしたとき、そのあと私はどんなことを思ってるんだろう。学校に行きたいって、思えてるのかな。
そうして人に頼り切って学校に行けるようになったら、つらくなった時また逃げてしまいそうで。そしたら橘さんに迷惑かけちゃう。今でさえも迷惑かけてばかりなのに。
橘さんは、なんでかこんな私のことをずっと真剣に考えてくれてる。もはや好きだから、なんて一言じゃ収まらないほど。あの時からずっと、橘さんは言ったことに責任を持って、言葉を、私を裏切らないでいてくれてる。
だけど私は、まだ学校に行けていない。
学校に行かないことがただの逃げだってことは、ずっと前からわかってる。学校に行かなくたってつらい記憶は常に自分の中にあって、そして過去は絶対に変わることはないから。
不登校になって、ただただ時間だけが流れていって。それなりの将来のハンデもあって。常に選択と理由、それによって失ったものがまとわりついて離れなくなる。そのことも子供ながらにわかってしたはずなのに。
だけど逃げっていうのはいつか向き合わなきゃいけないときが絶対に来るわけで、それって今なんじゃないの?心の中で、私が私に問いかける。でもその答えは――
「葵ちゃん? また何か考え事?」
「え、えっと。……私がどう思ってるか、だよね。ちゃんとありがたいな、って思ってるよ」
そんな答えしか言えないくらい、私は追い詰められていた。人を巻き込み始めて、答えを出さないで逃げることもできなくなった。期限は、一歩ずつ近づいている。
「じゃあ、私に何ができるかな。何をしてほしいのかな。一度、ちゃんと聞かせて」
いつにもなく真剣な目をして、そう尋ねられる。わからないよ、そんなの。なんなら私が聞きたいくらいだ。
でもわからないなんて言ったら、また橘さんを困らせる。わからないなんて言ったら、さらにわからなくなる。確証も何もない不安だけが私を包む。そんな状態で出る体裁のいい答えは、やっぱり逃げで。
「とりあえず、今まで通りでいいんじゃないかな?」
嘘だ。今のままじゃ変わらないって、自分だもん。わかってる。
でもどうしてほしいのか、どうすればいいのか、わからない。放っておいてほしいのか、そばにいてほしいのか。誰に対しても無関心でいたいのか、それとも誰かを信じたいのか。
「ううん、そうじゃないのは、葵ちゃんが一番わかってるでしょ。どうしていつも、私に何かを隠してるの?」
まっすぐな眼差しのまま問い詰めてくる橘さん。痛いところを突かれて、言葉に詰まる。
どうしてほしいの。どうなりたいの。考えれば考えるほどわからなくなって、自棄になって。
「私は、今でもみんなを疑って生きてる。クラスメイトも、親も、自分自身も。でも橘さんはそんな私にちゃんと向き合ってくれてるのに。そうさせちゃう私が嫌なの。だったら、私なんていないほうがいいんだ!」
一度口に出し始めてしまうと、言えなかった本当の気持ちも言っちゃいけない言葉も、水のように流れて出ていってしまう。今、橘さんはどんな顔をしてるんだろう。気になるけど、顔を見れない。
俯いて、家の中だというのに全力で走って、自分の部屋に籠る。ドアに寄りかかって、誰も入ってこないようにして。
一人になったら安心して力が抜けたのか、崩れ落ちるように腰を下ろす。
またやっちゃった。今までもこうやって問い詰められるまでうやむやにして、いざ問い詰められたら私が逆ギレして。その結果が今の自分なのもわかっていて、それなのにいつも変われない。変わるのに勇気が必要っていうのもわかってるのに、肝心の勇気が私にはない。
そんな自分に嫌気がさして、涙が出る。
コンコン。
ドアを優しくノックする音が聞こえる。きっと、橘さんだ。
「ごめん、今は話したくない」
「うん、なんとなくそういうと思った。だから、一言だけ言わせて」
「ちゃんと気持ちを言葉にしてくれて、うれしかったよ」
うれしかったって、なんで。私は橘さんを拒絶したのに。そう返したかったけどもう言葉を発する気力もなくて。離れていく足音が聞こえる中、物思いに
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