第6話 そばにいてほしい話
普段から何かを見ては思い出して、また暗い気持ちになって。ちょっと楽しいことがあったらけろっとして、また何かを見て思い出して。
忘れられたら楽なのにって毎回思うけど、忘れてないから嫌な思い出なわけで。
ネガティブなモードになったら私自身ではどうすることもできない。最後の力で写真を見えないよう引き出しの奥にしまって、ベッドに倒れこむ。飾り気のない白い壁紙が視界いっぱいに広がる。
寝ちゃえばきっといつも通り忘れるんだろうけど、生憎普段寝る時間はまだまだ先だ。
こういう時橘さんに電話したら、話聞いてくれるかな。一筋の光みたいなアイデアが浮かんでくる。
いやいや。そういう間柄じゃないでしょ。それに暗い話を押し付けるのは迷惑だし。ましてや橘さんとは同じ中学じゃないわけで。
でもあの子は、私が信じてもいい、って思えるような言葉をくれたじゃん。また、私に希望をくれるんじゃない?
一度考えが浮かんだら、ずっと頭の中をちらほら動き回って消えてくれない。
何も映ってないスマホを握りしめたまま、答えは出ないまま。私の苦しそうな顔だけが反射していた。
『ねぇ、通話しない?』
そうメッセージが来たのは少し後。
もやもやしっぱなしでまだ眠れていなかった私は、内心ありがたいなって思いつつ。けどこんな暗い気持ちで出ても迷惑かな……って考えつつ。
体は時に考えと逆方向に動くみたいで、肯定の返事をいつの間にか送っていた。
「やっほー」
「やっほー。珍しいね、急に通話しようなんて」
「まぁね」
「そもそも明日も学校でしょ、大丈夫なの?」
「うん、そこは大丈夫」
なんでか橘さんは口数がいつもより少ない。それに普段より落ち着いた声をしてる。日付が変わりそうなのと普段が明るすぎるだけなのはあるかもしれないけど。
普段は静かなほうが落ち着くけど、今通話をしていると思うとちゃんと聞いてくれてるかな、って不安になる。
「それにしても何かあった?」
静かすぎるのが不安になって、私から話題を切り出す。
「なんとなく、一人って寂しくってね。通話してれば、一人でも寂しくないでしょ?」
「うん」
橘さんも寂しい、なんて感じるんだな。友達沢山いるし、普段も誰かしらと話したりしていそうだけど。いや、普段も誰かと話してるから私とも話そう、ってことなのかな。
「それにノート取りに行った後、葵ちゃん何か悲しそうな顔してたじゃん?」
「いや、それは別に……」
「葵ちゃん、いつも何か隠そうとする癖あるでしょ? そーゆーの、あまり良くないと思うんだけど~? 私、こう見えてもいろいろわかるんだからね?」
いつの間にか、つらい表情は全部見透かされていて。
「もちろん無理に、とは言わないけどさ。話聞くくらいはできるから。良かったら話してよ」
「私は葵ちゃんのこと、友達だと思ってるよ」
友達。何度も考えて、何度も否定した言葉。だって今までの友達は、何かあった時真っ先に自分の保身のために動いて、私のために力を貸してくれたことなんてなかった。いつの間にか周りの空気に当てられて私の敵になっていた。それが世間から見たら間違った方向でも。
友達って、どういう相手?信頼できる相手ってこと?そしたら信頼できない間は友達じゃないってこと? だとしたら今の橘さんは――
「ねぇ、友達ってなんだと思う?」
悩みは、心の声になって。心の声が、本当の声になって。ため息をつくように、弱弱しく吐き出す。
新たに増えた悩みの答えを、何を思ってか橘さんに委ねてみることにした。
「友達ってなに、かぁ。急に難しいこと聞いてくるね」
そうやってのんきそうな声が電話越しに聞こえる。スピーカー越しだと、ちょっとざらざらした感じで声が聞こえて変な感じ。
「仲良くて、友達と思ったら友達。じゃ、だめなのかな」
「じゃあ仲がいいって、どういうことだと思う? 自分は仲がいいと思ってても、向こうはそう思ってなかったり。ちょっとしたきっかけから二度と会いたくない関係になっちゃうとしても、友達になるの?」
「きゅ、急に早口だねぇ」
「……ごめん」
思わずヒートアップして、口調が強くなる。たぶん向こうはちょっと引いてる。
でもそれくらい友達って簡単に壊れるものだって経験しちゃったから。だから怖い。
「うーん、わからないけど、だからこうやって話してるんじゃない? 二度と会いたくなくなっちゃうかもっていうのは、未来はわからないから……とかしか言えないけど。私は、友達ってそんなに信頼できない相手じゃないと思うけどな」
友達って、そんなに信頼できない相手じゃないと思うけどな。
その言葉が棘のように刺さって痛い。
「もしかして私って、悪そうに見える? そうだとしたらちょっとショックだな~」
「ううん、そんなことないよ」
向こうは冗談を言うくらいやっぱりのんきそうだ。
自分はやっぱりまだ橘さんが友達だって、信頼できる相手だって、言いきれないでいる。それは過去が引っ張ってるだけで、ちょっと力を入れたらちぎれる古びた紐みたいだったとしても。
「信じるって、簡単で難しいね」
そう呟いたら、そうだねって返事が返ってきた。優しい声を聞いてると、悩みがちょっとずつ溶けていくようで、安心できる。なんとか眠れそうかも。おやすみ、挨拶をして通話を切った。
◇
また中学生の頃の私が立っている。こうしてみると、今と全然変わらないちっぽけな存在。
目の前には、私が探してた女の子、咲ちゃん。中学生の頃のクラスメイトで、一番仲良しだった子。そして、私の心に深い傷跡を残してしまっている子。
その子が何か険しい顔で喋っていて、でもその声は聞こえないから、何を怒っているのかもわからない。そしてその子に近づいていく中学生の頃の私。
嫌な感じがして過去の私に声をかけようとするけど、声は出ないし、近づくこともできない。
「葵ちゃんが助けてくれなかったから、今もこうして苦しいのに。なのに葵ちゃんは逃げるの? 葵ちゃんなんか、もう友達でも何でもない!」
そう吐き捨てて逃げ去る咲ちゃんと、それを追いかけようとする過去の私。でも足に力が入らないのか動けないし、声も出なくて。膝から崩れ落ちたその姿勢のまま動けない。
これは夢だ。これは夢だ。これは夢だ。
そう唱えても、頬をつねろうとしても、覚めない。これは夢なの? それとも、本当に起きてること?
クラスメイトのあざける声と、担任の呆れている声と、いろいろな声が同時に聞こえてきて、耳を塞ぐ。でもずっと聞こえたままで、私はうずくまっている。
「もうやめて!」
そう叫びたかった。でも、これはきっと私がしたことの責任で罰なんだ。
このまま、耐えるしかないんだ。
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