第5話 テスト勉強の話
5月も後半、だいぶ暑くなってきて制服が夏服な日も出てきた頃。
「そうだそうだ! 学校に行くお手伝いのアイデア、考えてきたよ!」
「定期テストの時期だから、テスト勉強しようとか言うんでしょ」
「心……読まれた!?」
「じゃあそういうことにしといて」
本当は年間予定表を見てスケジュールを知ってるからだけど。今日学校が少し早く終わることも。
いつも突飛なことを思いついてるようで、実はきっかけからまっすぐな考え方をしてるから素直で、なんとなくわかるようになってきた気がする。
「でもそれって、わざわざ学校に行くお手伝いでやること?」
「いいじゃん! 一緒にお勉強会するの!」
全く答えになってない返事が返ってくる。まぁ別に今日他にやることがあるわけでもないし、他のことを考えるのも面倒だからそれでいっか。
そんなわけで二人、リビングで勉強会。橘さんはなんでか私の横に座りたがって、まるで妹でもできたみたいで大変だ。
「で、何勉強するの? 私テスト範囲とかぜんぜんわからないけど?」
「そこは大丈夫! この私が1から10まで教えてあげる!」
「ほんとかなぁ……」
見た目も所作も優等生だけど、突然思いついて即行動したりを見てるから、頭がよさそうに見えない。まぁ、学校に全く行ってない私が言うのも変な話ではあるけど。
「あー、もしかして疑ってる? こう見えても頭いいんだよ?」
「へぇ、意外」
「やっぱり信じてないし~」
そもそも普段の授業の様子、見たことないからなぁ。先に準備を始めてた橘さんのノートを覗いてみる。そしたらとてもきれいな字でノートがまとまってた。色使いもきれいだし、絵こそないけどいかにも女の子のノートって感じ。
そうだ、ノートとか筆記用具とか取ってこないと。階段を上ってすぐが自分の部屋。特に壁紙がピンクなわけでも、かわいいアロマとか小物が置いてあるわけでもない、質素な部屋。
確か教科書の溜まってるあたりに、ノートが――
ノートを見つけた時、一枚の写真が教科書との隙間に挟まってるのを見つけた。なんでこんな場所に写真なんか……。そう思ったけど、写真を見た途端、そんなことを考える余裕はなくなった。
手から力が抜けて、写真がはらりと落ちる。でもそれに目は向けない。向けちゃいけない。
写真がどっちの面に落ちたのか、わからない。もし上が表面だったら……、考えたくもない。机の引き出しから雑にペンケースを掴むと、何もなかったように、でも確実に急ぎ足でリビングに戻る。
「お待たせ」
無理やりな作り笑顔を貼り付けて橘さんに声をかける。でもちょっと息はきれてるし、嫌な汗も出てるし、とても楽しい勉強会の準備の様子とは思えないだろう。せっかく勉強しよって誘ってくれたのに。そんなときに、こんなこと思い出したくなかったのに。
勉強会はスタートしたけど、やっぱりどこか身が入らない。
去年ちょっとやってるし、数学は得意だから余裕、なんて思ってたけど。実際に検算や答え合わせをしてみると思ったよりうっかりミスが多い。別に中学で勉強ができなかったわけじゃないし、今の問題についていけてないわけじゃないんだけど。やる気が空転して、またうっかりなミスが見つかって。
「大丈夫? ちょっと休憩する?」
そう声をかけられるけど、焦りの前にはほとんど聞こえていなかった。
1時間半くらい経って、私だけ勝手に休憩。時間としてはそこまでなのかもしれないけど、久しぶりのちゃんとした勉強だし、さっきからの悩みも積もってばててしまった。
飲み物を取りに行くとき、必然的に少し遠くから橘さんが見える。意識して見るとサラサラの髪も座ってるその姿もとてもきれいだな、って思う。何度考えても隣にいるのがこんな私だとは信じられない。
さっき無愛想な態度を取っちゃってか、そのあと橘さんは声をかけることはなく。
こんなに仲良くしてくれてるのに悪いことしちゃったなぁ。謝ろうにも声をかける勇気がなくて、橘さんを物憂げに見ていた。
そのあと苦手な英語にさらに苦戦したりして、なんとか全教科ざっくりできたかな。ってところで時間切れ。
「お疲れ様」
そういって暖かい飲み物を渡すと、向こうはさっきのことを意に介さず返してくれる。
「おつかれ~。結構進んだかな。葵ちゃんは?」
「うーん、いまいちかも」
「じゃあ明日もやる?」
「それは無理、絶対」
そんな感じの何気ない会話をしながら、帰っていく橘さんを玄関までお見送りして。
もやもやにもやもやが重なって、うまく笑う振りすらできなかった。
夜食を食べて、お風呂に入って今日のあれこれを思い出してまた苦しくなって。あっという間に夜は更けていく。
後は布団に入って寝るだけ。その前にスマホでまたSNSと動画を見て~なんて考えてたけど、部屋に入った瞬間、忘れてたあの写真が目に入って。
その瞬間にフラッシュバックした記憶が脳内を埋め尽くす。そしてスイッチが切れたように何かを考える気力もなくなっていく。あーあ。あんなこと、もう思い出したくないのに。
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