第8話 仲直りの話
言いすぎちゃったな。謝らなきゃな。そう思うときほど謝ったときどんな態度をされるか考えちゃって、その気持ちは言葉にならない。
いや、これでよかったんだ。人を疑ってしまう私と、言葉の裏を考えることとか裏切られることとか何も知らなさそうな橘さん。
きっと出会ったのが何かの運命の間違いで、もしくは元からこれくらいで別れることが決まってただけで。そう、なにも変なことじゃない。
いつの間に橘さんは帰ったのか、何の物音もしなくなった。
お腹の虫がもう夕食を作り始めるときだって知らせてるけど、何も食べる気にならない。何なら、夕食を作る気になれない。動く気にもなれない。
日付が変わるくらいぼーっとしてたら少し落ち着いてきて、でも体を動かしてまで何かをする気にもならなくて。
あまりに静かで、部屋も電気をつけてなかったから今の気持ちくらい真っ暗。
人の声が欲しいなぁ。そう思った私は重い体を引きずってスマホを手に、ベッドに転がり込んで動画サイトを覗く。
ここなら、いつだって誰かしらが生きてる証が見えるから。
そう思って見始めたけど、好きなクリエイターの動画を見ていてもいまいち楽しめない。昨日今日のことをずっと考えて、どこか上の空。
やっぱり、謝らなきゃだよね。でもどうやって謝ろう。メッセージでかな、誠意ないって思われちゃうかな、対面でかな、そもそも家知らないし、会ってくれるかもわからないし……。
さっきからおんなじことを考えてループしてるのは自分でもわかってるのに、解決の糸口が見つからなくてぐるぐると彷徨っている。
ここでいざ謝ろう、ってそのまま勢いで電話をかけたりできたら。いや、それができないから今もこうやって一人悩んでるんでしょ。そんなことを考えながらため息をついた。
次の日、いつも来るくらいの時間になっても橘さんは来ない。そりゃそうだよね。拒んだのは私のほうだ。
なのに頭の中は橘さんのことを考えてばかり。もう謝る手段は考え尽くして、そのあとはどんなこと話したとかどんなことしたとか。いつの間にかいつも頭の中に橘さんがいる。これじゃまるで好きみたいじゃん。
『高田さん、いや葵ちゃんが好きだからだよ!』
会って間もない時に言われたこの言葉が胸に引っかかる。向こうは私を好きだって言ってくれたけど、私はいまだに橘さんの本心が見えなくて本当にそう思ってくれているのかわからない。
『でも友達としてでも好きじゃなきゃあんな好きって言ってくれなくない? あんなに笑顔を見せてくれてるのに?』って思う私がいる。疑って生きてるなんて言っちゃった割には、人のことを信じようとしてたり。実のところは自分の感情にすらまともに責任を持ててない。
ピンポーン。
突然、インターホンが鳴る。この時間ってことは、まさか……。うれしいって感情となんでって感情が同時に流れてくる。
ちゃんと言わなきゃ、わかってるけど。向き合う勇気がまだなくて、インターホン越しで。
「はい」
「よかったぁ、葵ちゃん生きてた」
私が思ってた声が返ってきて、少し脈が早くなる。
それにしてもなんで死んでないか心配されてるんだろう。突拍子もなくてきょとんとする。
「あのね、昨日あんなこと言われたから何かしちゃったかなとか思って、考えてみたんだけど。そしたらもしかして死ぬ気だったんじゃないかとか考えだしちゃって」
心配の理由を説明されて、納得する。とはいえ、そんなに私死にそうに見えてたのかな。もう自分が昨日どんな状態だったか、思い出せもしないけど。
橘さんがそのまま続ける。
「それでしばらく前に葵ちゃんの家の前に着いたんだけど、そしたらまた怖くなってきちゃって。もし反応なかったらどうしようとか、ずっと考えてたらこんな時間になっちゃった」
その早口と微かな息切れが、どれだけ私を心配してくれたか言葉以上に伝えてくれる。なんでだろう、鼓動がさらに早くなってうるさい。
「何それ、そんなわけないじゃん」
「よかったー、心配したんだよ」
そう言って声がやさしくなる。とはいえ、きっと目の前にいたら口をとがらせてそうだ。
「ま、声が聞けたからそれで満足かな。じゃあね」
「待って!」
じゃあね。その言葉に不安を覚える。今ちゃんと謝らないと二度と言えなくなっちゃう気がして。
自分が出せる中で一番大きいんじゃないか、ってくらいの声量で叫んで駆け足で、でも転んだりしないように慎重に玄関まで。
そして一度深呼吸をして、ドアを開ける。
そしたら、橘さんが目の前にいた。もしかして妄想なんじゃ。不安になったけど、目を擦ってもやっぱり目の前にいて。
「あっ、葵ちゃん。こんにちは」
昨日あんな態度を取っちゃったのにいつも通りの反応をしてくれたのが嬉しくて、おもわず抱きつく。
胸が少しちくっとして、でもとても暖かくて安心する。そしたらまた涙が出てきた。
「ちょっと、強い強い!」
いつの間にか力が入ってたみたいで、すぐに腕を緩める。
人を拒んでおいてだけど、今はもう少しこのやさしさに触れてたい。なんてわがまますぎる……よね。
「……あと恥ずかしいから、そういうのはせめて部屋の中でにしてくれないかな」
思わず周りが見えなくなってて、今思いっきり外なことを忘れてた。思わず周りをきょろきょろ。犬を連れてるおばあさんがこっちを見てほほ笑んだ気がして、もうパニック。
思わず手を引っ張って家の中に引き込む。
「えっ、ちょっと、葵ちゃん!?」
もう恥ずかしさとかでいっぱいいっぱいで、実はちゃんと顔も見れてない。なんか意識しちゃって困るな。って、いけないいけない。そのために出てきたわけじゃないでしょ、しっかりして私。
結局リビングにつくまで顔を向けることすらできなかった。でもいつも通りな風景が戻ってきて、そのまま決心が固まる。
「昨日は、ごめんなさい!」
「そんな、私こそ言いすぎちゃって、ごめんなさい」
「ううん。まだ学校にちゃんと行けるようになるか、自分でもわからない。だから手伝って、なんて無責任なことは言えないけど。せめて、学校に行こうって思えた時には一緒に行ってくれませんか」
「葵ちゃん……! その言葉、プロポーズみたいだね」
そういって橘さんがくすっと笑う。プ、プロポーズみたい……一緒に行ってくれませんか……ぽっと顔が熱くなる。それっぽいことを言おうとして、最後で台無しだ。
こうしてまた、橘さんに振りまわされる毎日が戻ってきた。そんな毎日が大好きだし、そんなことをしてくる橘さんが、またちょっと好きになった。
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