第2話 自己紹介する話
あの日、急に好きなんて言われてからも特に何か変わることはなくって。家に来てはプリントとか宿題の話と、何気ない雑談。もう雑談のほうがメインの目的みたいになっているけど。
好きって言われて嫌な気分はしなかったけど、別の日になんで好きなのか聞いても「恥ずかしいよ~」とか「ん~、内緒♪」とかこんな感じでちゃんと答えてくれなかった。もしかして私の反応を見て遊んでるだけで、質の悪い冗談なんじゃ。そうとすら思えてくる。
「そうだそうだ! 前に『学校に行くお手伝いをする』って言ったでしょ。今日1つ思いついたから、せっかくだしやってみない?」
「やるって、具体的に何を?」
「自己紹介!」
◇
普段より長くなりそうだから場所をリビングに移動して。
「……本当にやらなきゃだめ? 恥ずかしいから嫌なんだけど」
「だーめ! 入学式とか来なかったんだから学校に来た時一人で自己紹介しなきゃいけないでしょ?」
そもそも、自己紹介って何言えばいいのかわからないし、私に特技といえるものも好きなものも何もないと思う。
とりあえず今までの自己紹介と同じようにやってみる。
「
「うーん、これはかなり練習が必要そうだねぇ」
なんか急に先生みたいな言い方になった橘さんをよそに、私は渋い顔をする。
自己紹介の練習なんてあるの、って感じだし、そもそも言うことが本当にないし。ちょっと口を尖らせて
「そこまで言うなら1回やって見せてよ」
ってぶつくさと言ってみたら。
「しょーがないなー。1回だけだよ?」
って即答されて。これがいわゆる陽側な人の余裕なんだろうな。でも私はいつもそれを遠巻きから見てる陰の方のタイプ。だから、向こう側への思いはいつも羨望で満ち溢れてる。
「
「こんな感じかな、どう?」
私と全然違うその自己紹介におぉ~、なんてどうしようもない声しかでない。すでに実力の差というか、超えられない壁を感じる。別に勝負でもないんだけどね。
◇
「とりあえず、度胸の部分は後でなんとかするとして。まずは話す内容をもう少し増やそうか。たとえば得意なことや苦手なこと、趣味とか。何か話せそうなことないかなぁ」
得意なことや苦手なこと。自分を説明するうえでは便利だけど、それだけで自分の外面が決まる気がして、正直あまり好きじゃない。それに、自分では得意だと思っていても周りから見るとそうじゃなかったり、あと得意すぎても人と話が合わなくてすれ違っちゃうし、得意ってことは実力のとてもある人を見ることでもあるから常に切磋琢磨して勝ち負けを考え続けちゃうし。
そもそも得意なことと才能があるかって別だから得意だからって誰にも負けないくらい上手になるかなんてわからないし、もし才能ある人に出会っちゃったら一瞬で抜かされちゃいそうだし――
「おーい、葵ちゃーん?」
「あっ、ごめん」
変なモードに入っちゃってたみたい。呼びかけられてハッとして元の話に戻る。えーっと、得意なこととか苦手なことの話だっけ。
「でもそこまで考えて出ないとなると、別のアプローチから攻めるのがいいのかなぁ、私みたいにあだ名とかこう呼んでほしい、みたいなの決めたら?」
「そしたら名字で呼んでほしい、かな」
「え~、かわいい名前なのに~。ま、いっか」
なんでか勝手に納得した様子。そんなに名前が嫌いそうに見えたのかな。
小さいころ髪が短めのもあって男の子に間違われたことがあるから苦手なだけ。字で書く分には好きなんだけどね。
「で、名字で呼んでほしいっていうのを入れるとして、あともう1つくらい欲しいなぁ」
「あ、そういえば料理はよくするよ」
「お、いいじゃんそれ! 何作るの?」
「夜ごはん作ることが多いから、それでいろいろかな。肉じゃがとか」
「そしたらこんな感じじゃない? 読んでみてよ」
綺麗で整った字で自己紹介が書いてあるルーズリーフを見つめ、一文ずつ読み上げていく。
「えーと、高田 葵です。気軽に高田さん、とか呼んでください。名前で呼ばれるのは苦手です。趣味は料理で、得意料理は肉じゃがです。よろしくお願いします」
「うん、文読んでる感はすごいけど、文はこんなものかな」
人に文考えてもらったらもはや自己紹介じゃない気はするけど、なんとかできる気がしてきた。
とはいえやっぱり自己紹介、苦手かも。鏡で自分の苦手な部分をずっと見てる気分でむず痒い。
「よーし、そしたら次は度胸をつける方法を――」
「あのさ、橘さん、私あまり詳しくはないんだけどさ」
「自己紹介の日にしなかったら、みんなの前で自己紹介する機会ってないんじゃ」
「ま~ま~、私以外のクラスメイトに自己紹介する機会はあるだろうから。その練習だと思えばいいじゃん。じゃ、やるよ!」
「え~。そもそも度胸を付けるって、何をやればいいのさ」
「じゃあ、私に好きって言ってよ」
いきなり変なことを要求してきた。あれ、これって罰ゲームじゃなくて度胸を付ける練習なんだよね?
「好きだよ」
とはいえ、クラスメイトに好きっていうくらい、なんてことない。向こうは顔を真っ赤にさせて
「やっぱりなし!」
なんて言ってたけど。
「それより、これって学校に行くためのお手伝いじゃなかったの?」
「あ! そうじゃん! 何か別の方法考えないと……」
そう肩を落とす橘さんを撫でたら、また顔が真っ赤になってた。さすがに軽はずみすぎたかな。
『振り回されてばかりだけど、この時間が楽しいな』なんて。笑顔で言いたくて笑顔を作った自分を想像してみたけど、不格好にしかならなくてすぐにやめた。
次はどんなこと考えてくるんだろう。ちょっと楽しみ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます