いつか君に好きって歌えたら
なし
第1話 出会った日の話
4月中旬、入学式が終わって桜も散って、新学期。16時を過ぎて、普通の学生ならまだ帰宅中だったり、部活動をしてたりする時間だろうけど。
でも私がいるのは学校じゃなくて、家の中の2階、自分の部屋。世間では引きこもりって言われる、そんな状態。
今はベッドで横になってスマホで動画を見てる。見たい動画はすでになくなって、山ほどある候補の中から適当に選んだそれを眺めているだけの無意味な時間。でもそれ以外に大した趣味もなくて。
引きこもりになってもう2年目、何も変わらないまま貴重な1年が消え去ってしまった。
ピンポーン。
インターホンの音が鳴る。特に宅配便が来るなんて話はなかったけどな、そう思いながらインターホンのカメラを見てみると、そこに立っていたのは、私と同い年くらいの制服を着た女の子だった。
なんでだろう、私に同い年くらいの知り合いはいないはず。ましてや、家に来るような関係性の子なんて。
その子は制服から見るに私と同じ高校で、ちょっとお姉さんっぽい感じの雰囲気も持ってる、かわいらしい長髪の子。
キラキラしてるその子を見てちょっと気分がブルーになるけど、まずはわけを聞かなきゃ。
「え、えっと。うちに何か用ですか……?」
「同じクラスの
その子は見た目に違わずはきはきと喋った。私と正反対で、なおさら眩しく見える。けど用事があってきたんだから、とりあえず応対しなきゃだよね。
玄関まで小走りで向かって、ドアを開ける。
「あ、初めまして。高田
「は、はい……」
なぜか目をキラキラさせているように見えて、ちょっと面食らう。
せっかく優しい言い方にしてくれてるのに、距離の詰め方ですでについていけなくて簡単な返事をするくらいしかできない。
そしてプリントを手渡された。さっくりと目を通してみる。相談室からのお便りとか、校長のあいさつとかが書いてあるようなやつとか。あまり重要そうなのはないかな。そうやって手紙に目を向けていると。
「高田さん、かわいい子だなぁ」
突如そう小さくつぶやいた声が聞こえて、思わず顔を上げる。そしたらぴったり目が合って恥ずかしい。顔に火が付いたみたいに熱くなって、目を合わせないよう手で顔を覆う。心の声が漏れてることにワンテンポ遅れて気づいたのか、あたふたと弁明をしてる。
「い、今のはそういう意味だけど、そういうことじゃなくって……」
「う、うん……」
そのまま互いに沈黙。こういう時、どうしていいかわからなくなる。
どれくらい経ってか、向こうはさも何かを思い出したような素振りをして簡単にお辞儀をした後、じゃあねって走り去っていった。
お礼を言おうとしたのに、その時にはもういなかったくらいのスピードで。
独特な子だったなぁ。呆然としていると冷たい風が吹いてきて、急いで部屋に戻る。そのままベッドにIN。
「いきなりかわいいなんて、どういうつもりなのさ……」
ちょっと不貞腐れたように呟くけど、答えが返ってくるわけもなくて。その日はずっと悶々としてた。
◇
それからもその橘さんって子は週に1、2回くらいプリントを渡しに来たり、宿題の話をしに来たりで家に来るようになった。しばらくは人見知りが発動してよそよそしくなりがちだったけど、何回も会ってたらいつの間にかちょっとずつ喋れるようになっていった。まだクラスメイトと話す、ってだけでもちょっと怖いけど。
毎週のように来てると話すことも少なくなっていって、だんだんと雑談が混じるようになった。
今日は橘さんのクラスの話。私と橘さんは同じクラスみたいで、クラスにこんな子がいて、とかクラスでこんな事件が起きて、とかそんな感じの他愛もない話。
そこから話が繋がって
「そういえばなんで高田さんって学校に来てないの? 保健室登校とかでもなさそうだし」
「……」
一番答えにくい質問が来た。別に聞かれることを想像してなかったわけじゃないけど。長くて重い話になるし、とはいえ何も言わないのも不自然だろうし。
「あ、無理して答えてくれなくていいんだよ!? 言いにくいこといろいろあるだろうし」
「ううん、そういうことじゃ。ないんだけど……」
だんだんと言葉が尻すぼみになる。
『いろいろあって。』
どう答えるかは何回もシミュレーションしてたはずなのに、なんでだろう。思ったように言葉が出てこない。
「うーん、やっぱり今は、言えないかな」
そう言葉を濁すしかできなかった。
「そっかぁ、ごめんね。聞きにくいこと聞いて」
そういって申し訳なさそうに、でも優しい顔をこちらに向けてくる橘さん。その顔を見て、さらに心が痛む。
そのあとも少し話してただけのはずが、30分以上経ってたみたい。窓の外が茜色にだんだんと染まっていく。
じゃあね、って帰っていく橘さんを見送りながら、さっきの質問が頭をうろうろしている。
自分にとっては重大な問題だとしても、きっと向こうはただの話のネタの1つだ。返ってきた答えが何であろうとそれに対して何か行動を起こしてくれるわけじゃない。だからちょっとずるいなぁって思ったりする。こんなこと、絶対言えないけど。
そんなことを考えながら玄関先に出ると、突然橘さんが振り返って
「そうだ! 私に高田さんが学校に行けるようお手伝いをさせてよ!」
なんて。
ちょっと無責任にも聞こえるけど、今までで一番求めていた言葉に近いその言葉が嬉しい。でも。
「でも、なんで私なんかに」
「え、なんでかって?」
よくぞ聞いてくれた、とでも言いたげに意気揚々と理由を話す橘さん。
「高田さん、いや
今日、いや今までで一番眩しい笑顔で答えたその子に
「変なの」
って素っ気なく返す。
まさか、こんな私を好きになってくれる人なんて、いるはずないし。でももし本当に私に対して真剣に向き合ってくれるのなら。無責任な言葉も、橘さんならちょっとだけ信じてみたくなった。
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