第3話 一人静かな休みの話
今日は土曜日、つまり橘さんが来ない日。ちょっと前までは平日も休日も変わらないような生活をしてたのに、あっという間に変わってしまった。もちろん、いい意味で。
いつもと変わらずお昼に目を覚まして、昼食代わりのシリアルを食べて、自分の部屋でインターネットに籠る。
元々人と話すのが苦手だった私はずっとテレビばかり見てる生活だったけど、中学生になってお父さんがスマホを買ってくれてから、インターネットの魅力に取りつかれた。
それからは暇なときはインターネットを見ているようになって、そしたら必然的にインターネットにも詳しくなった。けど、別にその知識が人と話すときに役に立つことはなくて。
毎日のルーティーンで最初にSNSを開く。インターネット上では何気ないニュースも重大なニュースも無尽蔵に流れてきて、新しい情報に事欠かないから退屈しない。独りを選んでるような現状だけど、世界の動きとか人の声がないとやっぱり寂しい。
そして何気ないニュースに飽きたら好きな動画クリエイターの動画を見たりして、あっという間に日付が変わってて。
自分でもだいぶ自堕落だとは思うけど、これでも毎日必死に生きていて。学校にはまだ行けてないし、散歩とかをするにも同級生とかが怖いから、なんて理由を付けてやってないけど。
そんな生活をしていたら、自分で得意なことも嫌いなこともわからなくなって、自分がなくなったみたいだった。体だけあって、心ここにあらず、みたいな。
でもそれも、橘さんと出会ってからちょっとずつ変わってきた気がする。
そういう意味では、橘さんにとても感謝してる。突然好きって言ってきたり、でもその理由は教えてくれなかったり、ちょっと変な人だとは思うけど。それでも、友達だと思ってはいる、はず。まだ口にできては、いないけど。
自己紹介を考えた日の夜から、自分が好きなことってなんだろうってずっと考えてる。こんな状態の私でもいつかきっと働かなきゃいけないし、それだったら好きなことのほうがいいに決まってる。みんなもそうじゃない?
うーん、そしたらインターネットにまつわる仕事かなぁ。ブロガーとか、動画クリエイターとか。
いやいやいや。私は面白いこととか言えないし、向いてないな。それに収入とか安定しなさそうだし。どこかの会社で経理をやってたり、それともゲームとか作ってたりして。あまり似合わなくて苦笑。いや、本当はやりたいこと、あるんだけど。
考えがとっ散らかったままだけど、めんどくさくなって布団に横たわる。
時計を見たらもう16時。平日だったらこのくらいの時間に橘さんが来てるんだよね。慣れてしまった非日常に、寂しさを感じる。
でも多分すぐに、また一人になる。だからきっと寂しくなんて、ない。
◇
目の前に中学生時代の私が立っている。つまり私は幽霊みたいに俯瞰している状態だと思う。忘れたことのない、通っていた中学校の教室と、沢山のクラスメイト。でも、それ以外は何もない真っ暗な空間。
顔は私以外全員黒塗りだけど、なんとなく全員誰かわかって、それぞれにある記憶がちょっとずつ蘇る。それで胸が痛くなって目を逸らしたり、そもそも無視するように見ないようにしたり。
突然自分が誰かを探し始めるのが見える。きっと探してるのはあの子だ。でもその子は教室にいない。同じクラスだったのに。昔から体力は全然ないのに、何度も息切れして立ち止まりながら探して駆け続けて。
突然シーンが変わって廊下にいた女性の担任に何かを必死に尋ねているのが見える。だけど、何を尋ねているのか、聞こえない。いや、聞こえないように私が耳を塞いでいるんだ。だってこの状況、知ってるから。
私が発した疑問に先生が答えようとする。やめて、それを聞いたら、あなた、いや私は。景色がスローモーションになって、先生の口の動きが鮮明に見える。
「やめて!」
俯瞰している私がそう叫ぼうとした瞬間に目が覚めた。
本当に嫌な夢だったな。ずっと脳内に残っている夢の景色も引っ込んでいく冷や汗も気持ち悪い。
一度深呼吸をして落ち着いてから時計を見ると、短針が2の辺りを指してた。夕方、布団に入った後そのまま寝ちゃってたみたい。
時間的にはまだ夜だから寝たいけど、脳内にきつく残っている夢と何時間も寝た後の覚醒状態がそうさせてくれない。
あーあ、いやなこと思い出しちゃったな。この夢を見るのは別に初めてでもないけれど、見てしまったたびに思い出しては自分の選択を悔やんで、悩んで、でも当然過去に戻れるわけもなくて。頭の中で嫌なことばかりぐるぐるする。
そのあと、いつになってもう一度寝たのか、自分でもわからないまま早朝になった。
普段より明らかに早い時間に起きちゃって、まだ外は寒いけど気持ちを落ち着かせるのにちょうどいいかと思って外に出る。休日のこの時間なら、クラスメイトとかに出会うこともないだろうし。
「うぅ、まだ寒いなぁ」
凍えそうになって家の中に戻ろうと思ったけど、ちょっと無理して歩き始める。朝焼けが眩しい。
朝方だと車の走っている音とか風の音とかがするばかりで、人があまりいないから静かでいいな。今度から早く起きたら散歩しようかな、早く起き……れたら。
どこに行く、とか決めて出てきたわけじゃないから、目的地も決めずに適当に歩くことにする。
橘さんは私のどこが好きなんだろう。そもそも、なんで私をこんなに気にしてくれるんだろう。好きだから?私の家に行く用事があるからついでに、みたいな感じ?
って橘さんのことばかり考えてる。
友達だとしても、絶対に信頼しきっちゃいけない。中学生のあの時、自分の中でそう決めた。
でもどこが好きなのかはやっぱり気になるし、次来た時にもう一度聞いてみようかな、とか淡い期待を抱いて、考えが一段落した。
すっきりした気持ちで家に帰る足取りは少し軽かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます