第24話 どちらが

 虎岩統和の人生は常に呪縛に苛まれてきた。


『お母さんはな、お父さんに内緒で別の女の人と会っていたんだ』

『お父さんはね、お母さんに内緒で別の男の人と会っていたのよ』

『一緒に来なさい、統和はお父さんが大好きだろ?』

『一緒に来るのよ、統和はお母さんが大好きよね?』


 昔からそうだった。


『そっちが先にったんだ!』

『お前が先にぶつかってきたんだろ!』

『じゃあ統和くんに聞いてみようよ!ずっと見てたんだから分かるよね!?』

『あいつが先にぶつかってきたんだろ!?そうだろ!?』


 統和が何もしなくとも、それは向こうの方からやってくる。


『警察の言葉に騙されてはなりません。彼らの言う“治安の維持”とは、精霊能力を持つ者を異端者として排除することなのです。統和さん、あなたの味方は私たちだけです』

『騙されるなよ、奴らはテロリストだ。奴らの言う“味方”ってぇのは単なる捨て駒にすぎねぇ。統和、お前を受け入れられるのは俺たち警察組織だけだぜ』


 選ばなければならない。

 どちらが正しくて、どちらが間違っているのか。

 岐路の方からやってくる。






 チャックルは死亡し、ユッピーは見殺しにされている。

 フローリアをその光景を以て、自分が彼らよりも格上であると証明したと言う。


「俺にはよく分からない。結局のところは……嫉妬ってことか」

クソ野郎シットか。そうなるな、全ては私を甘く見たクソ野郎シット成れの果てジ・エンドということだ」

「いや、そうじゃなくて嫉妬ジェラシー……」

「ジェラシィィィィィ?ふん、男には分からんか」


 フローリアが心底、失望したという表情で深く息を吐く。


「これは女の誇りプライド問題マター高貴ノーブル女心ウーマンズ・マインドの話なのだ。もっと勉強インプットして出直してこい!……と言っても、もう機会チャンスは無いがな」


 フローリアが拳銃を向ける。

 もう“遊び”には飽きたらしい。


「言っておくがしょうもない抵抗ピーナッツ・レジストはやめておけ。チャックルの遺言ラスト・メッセージは聞いただろう?」

「あぁ、聞いた。聞いたけど……」


 『オーディール・ドアー』を使うな。チャックルはそう言った。

 仮にその言葉を無視すれば、フローリアの積み重ねてきた罪の数々は全て滅することになる。


「けど、そこに何の問題がある?チャックルは何を恐れていたんだ?あんたがどれほど罪を抱えているのか知らないが、あんた一人の生命を絶って……それで終わりってわけじゃないのか?」

「ふはっ!よく考えてみろ、FBIのことを。彼らが私の傍若無人アウトレイジ振舞いアクションをなぜ許していると思う?もちろん隠し通せているわけがない、知ったうえで許されている」

「突然、何を言い出す?汚職の話か?」

単純シンプルな話だ。私が死ねばFBIは困ったことになる。そうだな、一つサンプルを見せてやろう」

「っ!?おい、何を──」

「見ろ!」


 フローリアが銃口を自分の左腕へと向け、躊躇なく引き金を引いた。

 放たれた銃弾はスーツの袖をかすめて闇へと消える。

 だが、それよりも重要なのは、傷ついたスーツの袖口の方だった。


「と、統和……そこにいるのか……!?」

「古御出さん!?」


 銃弾で焼き切れるはずの袖口は破片となって舞い散り、その内側にはもぞもぞと蠢く古御出の顔が埋まっていた。


「古御出さんが中に……まさかあんたが来ているそのスーツは『ピーナッツ・プレーン』で作られた殻!?古御出さん、どうにかして出てこれないのか!?」

「駄目だ、こいつは内側からじゃ壊せねぇ!フローリアの強い意志が働いてやがる!だが俺のことはどうでもいいんだ、聞け!この殻を壊しちゃならねぇ!この中に封じられてるもんを解放しちゃならねぇ!絶対にだ!」

「え……!?」


 統和の背筋をゾワリとした感覚が襲った。

 FBIはフローリアに手を出すことができない。その理由が古御出の態度に如実に表れていた。


(フローリアが死亡すればFBIが困る?死亡というのはつまり、精霊能力が解除されて、殻の中の物が外に出てくるということで……本当か?困るのは本当にFBIなのか!?)

「こいつは……この中に封じられてんのは……!」


 古御出が震え交じりの言葉で答えを言う。


「兵器だ!ミサイルに積んで飛ばすような大量殺戮兵器だぁぁぁっ!」

「っ……!!」


 言葉を失うとはまさにこのことだった。

 一個人の罪などという言葉に収まらないほどの大規模な罪が、その女性の内側に蔓延っている。


「ふはははっ!コーディーには見た目以上のことは分からないだろう。正しくは化学兵器ケミカル・ウエポンだ。これ一つでニューヨークからロサンゼルスまでポイズンガスで埋め尽くせる」


 フローリアは誇らしげに語る。


「これは戦利品トロフィーのようなものだ。かつて米国アメリカを滅ぼそうとしたバカな弱小組織マイナー・パワーがいてな。鎮圧ブレークダウンのためにFBIが動いた。精霊ビージーエムも持たない雑魚共ピーナッツ・ピープルなど相手にならん。一人残らず潰して兵器ウエポン回収ゲットするだけの努力要らずな任務エフォートレス・ミッションだったよ」


 FBIからしてみれば何も問題なく任務は完了するはずだった。

 その直後に新たな混乱が待ち受けていようとは思いもしなかっただろう。


命令オーダー通りに私は兵器ウエポン回収ゲットした。ただし、“起爆装置スイッチを押すな”とは言われていなかった。分かるか?私は起爆装置スイッチを押した上で回収ゲットしたのだ、時間切れタイムアップ直前ラスト・ミニットでな!」

「な、何を言ってやがる!?そんなことしたら殻の中で爆発して──」

「古御出さん、そうじゃない。『ピーナッツ・プレーン』の殻の内部では時間が止められるんだ。チャックルの時もそうだった。盗聴器という殻の中に、タイムアップ寸前の爆弾を封じ込めていたんだ」

「ふん、少し時間を置きすぎたがな」


 フローリアが肯定する。


「さて、トーワ。よく考えてみろ。貴様の『オーディール・ドアー』……使えば何が起きる?」

「…………」


 結論は既に出ていた。

 隠れた罪を、隠れたままにしておくことは決してない。

 どれほど巧妙に隠されていようと必ず暴き出す。


「罪が爆弾ボムならどうやって滅する?」


 チャックルの爆死が既に証明している。

 何もしなくても罪が滅するなら、『オーディール・ドアー』は何もしない。


(フローリアの肉体から爆発寸前の化学兵器を引きずりだして……放置……!)

「そうだ、トーワ。決着チェックメイトだ」


 フローリアが静かに銃の引き金に手をかけた。




「助けて……」




「……何のマネだ?」

「統和……!?」


 フローリアと古御出が同時に言葉を発する。

 統和の後方に顕現したのは一つの扉。そして前方に顕現したのは精霊の肉体。

 そして彼の目線はというと、フローリアではなく別の方向を向いていた。


「古御出さん、あんたは俺にどうしてもらいたい?」


 統和は視線を戻すことなく言う。


「ここで俺が撃ち殺されればフローリアは無傷で日本を去っていく……化学兵器は不発のままで日本中の命が助かる。それがあんたの望みでいいんだな?」

「そ、それは……その通りだ!俺は平和のために戦ってきた!俺が死ぬ代わりに平和が手に入るってぇなら迷うことなく死んでやる!だ、だから統和にも……くっ!」

「別に責めやしない。あんたがそういう人間だってことは分かっているつもりさ。ただ、もう一人いるんだ」

「もう……一人?」

「はっ、あのゴミか!」


 視線を動かせない古御出の代わりに、フローリアが統和の視線を追った。


「そう。たった今、俺に助けを求めてきた……豊姫がな」

「ふはははっ!何の冗談ジョークだ!?あんな人間とも呼べない醜い顔のゴミと、全国民オール・ジャパニーズを救いたいコーディーの“助けてヘルプ”で迷うとは!」

「と、統和!豊姫そいつは諦めてくれ!そいつを助けるってことはフローリアをどうにかするってことだ!そんなことしたら化学兵器が……結局、統和もそいつも死ぬって結果は同じだろ!」

「冷たいな、古御出さん」

「冷てぇのは分かってらぁ!だが事実だろうが!頼む、どっちの言葉が正しいのかよく考えてくれ!」

「コーディーはそう言ってるぞ、トーワ。どうする?貴様は……、──!?」


 瞬間、フローリアは身震いを覚えた。

 この時の統和には表情と呼べるものが無く……そしてただ一言だけ嘆いた。


か」


 岐路の方からやってくる。

 どちらが正しくて、どちらが間違っているのか。

 選ばなければならない。

 ────本当に?


「トーワ……まさか!」


 フローリアは悟った。統和は

 彼の精霊が背を向け、後方へと向かう。


「馬鹿な!統和ぁぁぁっ!!」


 どちらが正しくて、どちらが間違っているのか。

 答えがあるとすれば、それは人間の頭の中ではなく……、


「示せ……『オーディール・ドアー』!!」


 扉の中だ。

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