第23話 悪魔の蔑み
統和の能力によって倉庫が崩壊し、チャックルが瓦礫に埋まった少し後。
『そう言うってことは聞いてほしいのか?あいつは何者なんだ?』
統和がチャックルにそう質問した瞬間、フローリアは通信を遮断した。
彼女の狙いは当然、その後に続く情報を統和に聞かせないためであり、同時にチャックルの殺害を統和に気取られないようにするためである。
もはや統和の精霊は使い物にならない。チャックルの息の根を止められるのは、彼女が事前に盗聴器に仕込んだ爆弾だけだった。
ただし、彼女が行ったことはあくまで統和とチャックルの通信を遮断しただけで、盗聴器そのものの電源を切ったわけではなかった。
そのため彼女は、チャックルがその後に何を語ったのかを全て聞いていた。
『統和くん……私は感謝しているのだよ君に。だから伝えておこう。もし、君があのFBIの女と知り合いなら気をつけたまえ。あの女はFBIという立場を利用して、ありとあらゆる罪を重ねてきた悪魔だ。君の精霊能力は使うな、大惨事になるぞ』
その口調からは死に際の人間に見られるような、例えば天に向かって語りかけるといった雰囲気が一切、感じられない。
ゆえにフローリアはある確信を抱く。
(こいつ……この
実際、その通りだった。
チャックルは自身の携帯電話を取り出し、そこへ向けて話していた。
『それと、なぜ私がそのようなことを知っているのかも根拠として伝えておこう。あの女は私の客だった。中毒者ではない、私の覚醒剤を横流しして金儲けを働いていたのだ。何度目かの取引の時に聞いたよ。やがてあの女はさらに大規模な横流しを企て、私をその気にさせようと自分の顔の広さをアピールした。そう、あの女の重ねてきた罪の数々を私は直接聞いたのだよ。密輸に暗殺、それからテロ行為に……長くなるからやめておこう』
しばらくの後、爆発音と共に盗聴器は役目を終える。それは同時に憎きチャックルが死亡した瞬間でもあった。
だがフローリアの心が晴れることはなかった。
(
その瞬間、フローリアの取るべき手段は決定した。
「とんだ置き土産だ……」
統和の左手から携帯電話が滑り落ちる。
皮肉な話だった。チャックルの“感謝の言葉を遺す”という意図とは裏腹に、統和は命の危機に晒されるはめになっていたのだから。
「だがチャックルを恨め、なんて無理な話だ。あいつ、自分の携帯を口に咥えて死んでいたんだ。それも録音中の画面のままで。……聞くだろ?」
「なら自分の
「ぐ……」
力なく地面に手をつきながら統和は言う。
「納得がいったよ……最初からあんたは言っていたもんな、チャックルを消せと。全ては自分との繋がりを消すために。口封じのためだったってわけだ」
「はて?さすがに傷が痛むようだな、トーワにしては
「なに……?」
“聞いていた”とは、『オーディール・ドアー』が生み出した方のフローリアの言葉を指した表現である。
そこで明かされた本音は、今ここにいる本物のそれと同じものだ。
ただ、今の統和にはそれを思い起こす余裕も猶予も残されていなかった。
「は、早く……うぅぅぐ……」
豊姫の呻き声が聞こえた。
彼女は地面にうずくまりながら、痙攣する手で必死にポケットから薬袋を取り出し、口を開けようとしているところだった。
「は、やく……救急……ユッピーが……し、死……」
「ちっ!チャックルといい
「ぐぇ!!」
フローリアが豊姫に近づき、あろうことかその顔面を蹴りつける。
そして豊姫の手から薬袋をむしり取ると、ほんの少しだけ離れた所へと投げ捨てた。
「か、返し──!」
「死にたくなきゃ這いつくばって拾いに行くんだな!貴様みたいなクズにはお似合いの
「う、ぐ、ぐ……ぐぅぅぅぅ!」
(フローリア……!?何をやっているんだ!?)
統和の理解が追いつかない。
苦痛と屈辱に顔を歪めながら、自分の命のために必死にもがく豊姫。
それを見下しながら盛大に嘲笑うフローリア。
「ほらどうした?そんな
(こんなことをして何の意味が……!)
意味など無い。目的も意義も。
ありとあらゆる側面から考えて不要な行為に、統和は思わず目眩を覚えた。
「あ……う……」
そうして死に物狂いの豊姫が薬袋に何とかたどり着き、手を伸ばす。
地獄に垂れた一本の糸にようやく手が届く。
「ふはっ!」
そこでまたフローリアが悪趣味な表情を浮かべた。
「な、なん……で……!?」
薬袋が豊姫の手から遠ざかっていく。
犬猫が飛びつけば捕まえられる程度のゆったりとした速さで、およそ一メートルほど離れてまた止まる。
「あちゃー風が吹いた……ふはっ!まぁ、
豊姫には見えない。
そこに二足歩行の何かがいて、狙いすましたタイミングで薬袋を引き離しているなど、見えるはずもない。
生まれたばかりで体毛のない哺乳類のような、あるいは筋肉を剥き出しにした人体模型のような、そんな風貌だった。
手足は細いというより引き締まっており、本来のフットワークは軽快な印象を受ける。
それゆえに薬袋を引き離す、そのゆったりとした動きがこのうえなく悪意に満ちて見えた。
<挿絵:https://kakuyomu.jp/users/FoneAoyama/news/16817330666431891368>
「何が風だ……フローリア、あれはあんたの……!」
「『ピーナッツ・プレーン』、貴様は初めましてだなトーワ」
それから先はただの繰り返し。
豊姫が薬袋に追い付く度に『ピーナッツ・プレーン』がわざとらしくゆっくりと遠ざける。その繰り返しだった。
「どうしたどうした!もう諦めるのか!そんなに楽して
賽の河原で石を積むことはこのことか。
統和は吐き気を覚えた。もはや目眩どころではなかった。
傷口が熱い。煮え返った
「ふん、トーワよ、何を怒っている?これが
「なに……!?」
統和の心を見透かしたように、フローリアが言う。
いつのまにか豊姫の薬袋と、それを引きずる『ピーナッツ・プレーン』は統和のすぐ目の前まで来ていた。
「
『ピーナッツ・プレーン』が両足で地面を蹴った。
統和が視界に捉えられないほどの機敏な動き。
彼の横を素通りし、チャックルの携帯電話を拾う。
そのまま持ち主の亡骸に近づいてこめかみに指を当てた。
「だが、この男は私のカラダを拒否した!ユッピーに払わせていた
携帯電話がチャックルの頭部へ、沼へ沈んでいくかのようにめり込んでいく。
統和は知っている。ジャケットの袖にナイフや防犯スプレーを仕込んだ時と同じだ。
今、チャックルは殻に変えられ、携帯電話が中にしまわれたのだ。
「その
『ピーナッツ・プレーン』が拳を振り上げ、そこで統和は目を反らした。
明るく乾いた破砕音を鳴らしながら、
砕かれた殻は粉々になり、もう元には戻らない。
「これが私の
夜空に向かってフローリアが吠える。
もはやFBIの威厳や誇りなど感じない。そこにいたのは己の理想に酔う醜悪な一匹の悪魔だった。
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