第13話 隠滅の代行者
硝煙の立ち上る銃を構えたまま、その男は首を動かして言う。
「“何をするか”なんて兄貴ぃぃぃ、言われんでもそれくらい分かるでしょうが!あんた一体どんだけボケちまってんすかぁぁぁ?」
彼の目線はチャックルたちを向いているようでわずかにずれていた。
暗闇なのか倉庫の壁なのか、ともかく誰もいない方向を睨みつけながら、苛立たしげに言葉を吐き出し続ける。
「こいつは
男の言葉は全て独り言だ。少なくともチャックルたちにはそう見える。
だが男は耳に手を当て、まるで誰かと話しているかのような挙動で話し続けていた。
「俺たちが
「……ククッ!」
「ひっひ!」
「やだなぁ!俺たち忠実な下っ端が
「ぶふっ!」
「はっはっはっ!!」
「けっ!証拠証拠って……つまんねぇ能書き垂れてんじゃねぇぞ?兄貴も極道ならよぉ、下に泣き入れてねぇで
男の銃が方向を変え、一発の弾丸を放つ。
チャックルは思わず身構えたが銃身の向く先は相変わらず明後日の方向だった。
まるでドラマの撮影だ、とチャックルは思った。彼自身もユッピーも、そしてこの男たちを呼び出した統和ですらも、男たちの世界にはいない。
「そうか、これは“現象”!再現かシミュレーションか、どう表現するのが適切かは知らないが、私たちの都合とは無関係にこの場で起き続けている“現象”なのだ!」
「……なら怖くない」
チャックルが思案している一方で、ユッピーは震える足でゆっくりと歩きだす。
「どこへ行く気だね?」
「つ、次の動物を探しに行くのよ!その辺の倉庫でも探せば何かしらいるでしょ!あたしの能力はネズミだけじゃない、小動物くらいなら何だって味方につけられる!チャンスは今しかない!」
ユッピーは倒れこんだ統和に目を向ける。
チャックルの言う“現象”の意味を彼女は何となく理解していた。
呼び出された男たちは垂れ流しの動画だと思えばいい。映像ではなく実態ではあるが、彼らがこれから何を喋ってどう動くかは全て決まっていて、周りの行動で変わることはない。自分とは無関係なのだ。
(
あれだけ偉そうなことを言っておきながら統和は洞察と対応を誤ったのだ、とユッピーはそう思った。
(間抜けな奴!でも、あたしのネズミたちが全員やられたのは事実。今後のことを考えたら、このまま無防備でいるのは避けないと……)
『ジャンピング・ガール・ソング』の次なる下僕を探しに、彼女は目についた倉庫へ向かい、入口の扉へ手をかけた。
「止まれユッピー!」
「っ!?」
チャックルの叫び声とほぼ同時に、ユッピーが伸ばした手のすぐ近くで火花が散った。
ぎょっとして振り向くと、男たちが散り散りになって走っていく所だった。
そのうち二人が拳銃を構えながらユッピーの方へ近づいている。
「う、嘘!?あたしを狙って──」
「そこから離れろ、君も巻き込まれているぞ!」
「ひっ!」
チャックルの声に思わずその場を飛びのく。
間髪入れずに銃声が何度も響き渡った。倉庫の扉から幾度となく火花が散る。
「よし、開いた。まずは一つ目だ」
(あ、あたしには目もくれていない。危なかった、たまたま行く手にあたしがいただけだったんだ。でもどうしてこの倉庫を……!?)
遠くの暗闇の中に火花が見える。
他の倉庫でもどうやら同じことが起きているようだ。
「ふぅむ、“現象”とは言ってみたが舞台は本物ということか。干渉しないのは私たち他の登場人物だけ、この港湾倉庫そのものは別らしい。いや、むしろ港湾倉庫に関する“現象”だけを発生させられるのかもなぁ」
チャックルがぶつぶつと呟く。
その言葉通り、彼らは手分けして周囲の倉庫を片っ端からこじ開けていた。
「ギィッ!」
「チチチ……!」
「きゃっ!ね、ネズミ!」
開いた扉の隙間から数匹のネズミたちが飛び出す。
それらもまた無関係な外野なのだろう、ネズミに反応したのはユッピーだけだった。
男たちは何ら反応を見せずに倉庫内へ足を踏み入れていく。
(ヤクザたちは怖いけど、まだあたしの能力が及んでいないネズミがいることは分かったし、何とかして探し出さなきゃ!さっきの会話を聞く限り、今は“兄貴の隠していた
ユッピーはそっと身を屈めて男たちの様子を伺う。
倉庫の中は電気がついていた。男たちがつけたのだろう。この倉庫は電気が通っているようだ。
「っ!?な、何あれ……!?」
倉庫の中を覗き込んだ瞬間、ユッピーの背筋が凍った。
その衝撃はやがて強烈な吐き気へと変わり、彼女の胃は煮えたぎる湯のように暴れ始めた。
そこに置かれていたのは業務用の冷凍庫。男たちが中から乱暴に引っ張り出しているのは人間の形をした“何か”。
ユッピーには“何か”としか言いようが無かった。彼女の世界には人間を、そしてそこに流れる血液を冷凍して保管しておくという行為は存在しないのだから。
「これで全部かぁ?ったく血ごと保管ってのは面倒だなぁ!重くて仕方ねぇや!」
「どうします?これだけ多いとトラックにも積めませんが」
「パーカ、ちんたら運んでられっか!この場で全部処分すりゃいいんだよ!」
「ええっ!?そんなことして大丈夫なんですか!?」
「いいんだよ!俺たちの兄貴が全部責任取ってくれらぁ!」
男たちは氷漬けの死体を運び出すことなく倉庫の出口へ足早に歩いてくる。
どこからかピシャリと水の跳ねる音がした。
いつのまにか倉庫の中はパケツをひっくり返したようなびしょ濡れの状態だった。
「こ、氷が溶けたにしては早すぎる……それにこの臭い──!?」
ユッピーは顔を歪めながら数歩、後ずさった。
いつのまにか目眩と立ちくらみまで起こり、彼女の吐き気を後押しし始める。
混乱に次ぐ混乱。
さらには、この状況にそぐわない声がユッピーの後方から聞こえてきた。
「撒き散らした。出所は俺の扉だ。水鉄砲みたいに飛び出していった」
「なっ!?あ、あなたがどうして……!?」
撃たれたはずの統和がその場で立ち上がっていた。
「銃口が向いたのは俺の耳だ。俺自身が撃たれたわけじゃない」
統和は自身の左耳をトントンと指す。
彼の足元には破損したイヤホンの破片が転がっていた。
「俺自身、何が起きているか分からなかったからしばらく様子を伺っていたけど、ようやく理解できたよ。ユッピー、その倉庫から離れた方がいい」
「え……」
「おそらくだが、この港湾倉庫には、あるヤクザの男によって人間の死体が隠されていたということらしい。冷凍保存した血液を売り払って金にするためだろうが、目的が何であれ重要なのはそれは罪だということ。たまたま範囲内に入っていたために、俺の『オーディールドアー』が暴き出した。当然、その罪も今から滅する!」
「準備できましたぜ!」
「おおし、一丁やったれぇい!」
男の指示に応えるように、統和の呼び出した扉が赤く光りだす。
続いて放たれた“それ”は夜の屋外でもはっきりと目に見えるものだった。なぜならばそれ自身が明かりの役割を有していたのだから。
その明かりは脇目も振らずに倉庫へと直進していくと──
(滅するって文字通りの意味で?で、でも、そうでもなければあんなに大量に撒き散らしたりは……それにあの
耳をつんざく爆発音と共に倉庫中を包み込んだ!
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