第12話 神判の予測
パン、と乾いた音が鳴った。ほとんど同時に一匹のネズミが小さく呻き、さらに液体の飛び散る音がした。
ユッピーはきょとんとした顔で立ち尽くす。
彼女の目はネズミと違って闇を見通すようにはできていない。頼りの耳に入ってくるのも馴染みのない音だけだ。
「よし、やはり攻撃はネズミに行った」
統和がぽつりと言った。まずは一つ、思い通りに事が進んだことへの安堵だった。
(白上巡査の遺体があった路地裏には動物の
乾いた音が断続的に鳴る。
扉から放たれた攻撃がネズミを襲い、一匹また一匹と無力化していく。
(実際に巡査に手を下したネズミは別の個体だろうが、そんなことは関係ない。攻撃対象はユッピーの罪だ。ユッピーがネズミを凶器に用いて犯した殺人の罪、それを滅している。二度と罪を犯せないように、罪を成立させる手段であるネズミを全て駆逐している!)
「統和の奴は分かっていたんだ。扉を開いた瞬間、ネズミ共がこうやって狙われるってことをな」
端末を覗き込みながら古御出が言う。
「となりゃ、そのネズミの位置は重要だわな。奴らは物陰に身を潜めて四方八方から統和を狙っている。そんな状況で扉を開けばどこに攻撃が向かうか分からねぇ。扉と自分を結ぶ延長線上にネズミがいようもんなら巻き込まれちまう」
「だが
フローリアは満足げに笑う。
「距離なんて問題ではなかったのだ!統和くんがユッピーを怯えさせたのはこのため!ネズミを一か所に集めさせるためだ!」
「っ……!」
チャックルの言葉にユッピーはようやく事態を理解した。
「じゃあ今のは!?今のは何をされているの!?」
「日本人の君にはあの素晴らしい音が分からないか?ならばこの機会に覚えておきたまえ。あれは銃声だ」
「銃声……!?」
銃声。すなわち扉の向こうから放たれていたのは弾丸。それが正確無比にネズミの眉間を打ち抜き、血肉を撒き散らしていく。
やがて混乱したネズミたちが逃亡を試みようとして喧騒が始まった。
しかし逃亡も回避も許されない。
これは狩りではなく神判であり、結果は最初から決まっているのだから。
「…………さぁ、どうなる?」
統和の表情が再び引き締まる。
ユッピーの罪を滅する手段として、全てのネズミを無力化する。そこまでは彼は予測できていた。
だが、ネズミがいなくなっても神判の時間は続いていく。
戦いはまだ終わっていない。
引き金を引いてからも彼は考え続けなくてはならない。
(一つ、予測から外れたことがあった。神判の扉はなぜ銃弾を選んだ?そこに何か意味はあるのか?考えろ……洞察して対応しろ!戦いは見誤った方から崩れていく!)
銃声が止んだ。
全てのネズミが息の根を止められ、周囲は静寂と悪臭で包まれている。
次は何が起こるのか?
緊張した面持ちで見守る統和に答えるように、扉の中から次の光が溢れ出す。
……一つ。
統和のこの姿勢に一つ、あえて苦言を呈するのであれば、彼が人間であるということが挙げられるだろう。
「────きぃ!」
(これは……銃声の次は、音じゃない!人間の声!?)
人間は自分たちを進化・発展させてきた“知恵”という武器を振りかざし、全ての物事を思い通りに予測しようと試みる。
それはある種の傲慢とも言える。
「──きぃぃぃ!」
そうやって己の傲慢さに気づいてきた人間は“記す”。記して後世に残すのだ。
それは古来より記されてきた、知恵の屈服した服従の証。理屈で説明できない物事を人間はその言葉で記すほかない。
「兄貴ぃぃぃ!」
「っ!?」
すなわち“神”を……人間が予測することなど不可能なのだ!
「なんだ……
扉の中で渦巻いていた光が人間の姿を形取り、人間の声を話し出す。
およそ十人近くの集団が拳銃を片手に出現したのだった。
この出来事に困惑したのは統和だけではなかった。
「何だあの
「見せろフローリア!」
狭い車内の中、古御出はフローリアから端末を引ったくる。
突如として現れた謎の集団。彼らと統和の距離はあまりにも近い。
「こ、こいつは
「そのナントカ組という
「俺が知るわけねぇだろうが!だがこいつらは本物じゃねぇ、統和の精霊が生み出した偽物だ」
実態のない光が黒く染まってスーツとなり、輪郭だけの頭部が傷物の表情を作り上げていく。
服装こそ共通していたものの、その顔立ちは十人十色。
本物ではないが、本物を忠実に再現した、そう言っていいほどの精巧な雰囲気が彼らにはあった。
「俺がこいつらを知ってんのは偶然に過ぎねぇ。こいつらがつい先日、
『兄貴よぉぉぉ』
「と、統和っ!」
端末に銃口が映る。
ホテルの扉にある覗き穴のような距離で、画面いっぱいに広がる銃口は、もはや近いどころではない。
完全に密着しているとしか思えない距離だった。
「伏せろ統和ぁ!!」
大きく画面が揺れ、激しいノイズのちらつきが走る。
そして車内を照らしていた唯一の光源は……潰えた。
パン、という銃声は先程よりも大きくはっきりと周囲に鳴り響いた。
ユッピーとチャックル、二人は目の前で繰り広げられた摩訶不思議な光景をただ見守るだけだった。
「こ、今度は何!?誰なのよあの人たちは!?」
「ふぅむ、あれは私でも知ってるぞ。いきなり出現した扉から人間が瞬間移動してくる、なんて日本の国民的アニメでよく見る展開だな。それにそのアニメの主人公は大のネズミ嫌いではなかったかね?ネズミを撃ち殺したのも頷ける話だ、ウーフー!」
「ふざけてるの!?」
「はははっ、ジョークだよジョーク!場を和ますためのね!」
チャックルは高らかに笑いながら言う。
この状況で混乱とは無縁のいつも通りの態度。ユッピーには彼の頭のネジが飛んでいるとしか思えなかった。
ただ、実際には彼の本音はこうだ。
(んなわけあるかぁぁぁっ!!いきなり極道組織が出てきて呼び出した本人を射殺するかぁ!?さっきまでご要望通りにネズミを撃っておきながらぁ!?統和くん、君は一体何をしたのかねぇぇぇ!?)
殻に覆われた
「く、くそっ!どうする、統和が……!このままじゃチャックルを取り逃がして統和は死んじまうことに……冗談じゃねぇぜ!もはや俺が──!」
「コーディー、思ったことはないか?この世はさしずめピーナッツで埋め尽くされた
「あぁ!?こんな時に何……を……、──ぐえっ!?」
結局、彼らは自分の目に見えた情報だけを頼りに動くしかないのだ。
「『ピーナッツ・プレーン』」
その結果が盲目的な暴走であるならば、力を持って止めるほかにない。
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