第32話 月明かりの夜

「そういえばそうだったな。」


 あの後は仲直り?して普通に会話をしていたらかなり遅い時間になっていた。

 そのため二人は寝室に向かったのだが、そこで蒼は絶句していた。


「どうしたの?」


 そんな様子の蒼を覗き込むようにして見ていた。


「いや、寝室が同じなことを忘れていてな。」


 蒼は頬をかきながらそっぽを向いていた。


「そうなの?とりあえず行こうよ。」


 月はそんな様子の蒼にお構いなしに寝室に入って行く。

 先ほどの一件がある手前蒼も月の機嫌は損ねたくないため素直に従い寝室へと入って行った。


「おお。」


 そこにはベッドが二つ並んでおり、質素ではあるが普通のビジネスホテルの寝室のようだった。


「なんか普通な感じだね?」


「一体お前はどんなのを想像してたんだ?」


「いや、もっとくっついてるのかなって?」


「それほぼラブホじゃねぇか!」


 蒼はすかさずに突っ込みを入れる。

 これくらい離れてないと寝れなくなる。


「そ、そうかな?」


 顔を真っ赤にしながらもじもじし始める月をみて蒼はため息が止まることは無かった。



 ……………………………………………………………………


「じゃあ電気消すぞ?」


「うん。」


 月がベッドに入っているのを確認してから蒼が声をかけた。

 その返答を聞くと蒼はすぐに電気を消した。

 一気に部屋が真っ暗になる。

 今の寝室には窓から差し込む月明かりが唯一の光源だった。

 月明かりが月の顔を照らしていた。

 その月はいつもよりもとても美しく見えた。


(なんなんだろうな。こうしてこいつを見てると本当に天使みたいに見えてくる。正直なんでこんなに可愛い女の子になんで好かれてるのかまったくもってわからん。最初にあったときはなんだか面識があったかのような言い方だったが、こんなに可愛い子を今まで見たことがない気がするし、、、)


 蒼はベッドに入りながらそんなことを考えていた。

 事実蒼には月との面識などは一切ないと思っている。

 それに加え蒼は自身に月に好かれるような魅力などは一切ないと思っている。

 だからこそわからないのだ。

 こんなにも可愛い女の子からなぜ好かれているのか。

 なぜここまで執着されているのかが。


「まだ起きてる?」


 その時とてもきれいな声が静かな部屋に響いた。


「ああ。まだ寝てないな。」


「そっか。わたしね、こんな風に誰かと一緒に寝るのって初めてかも。」


「そうなのか?」


 月がどんな家庭環境で生きてきたかは蒼にはわからないがきっと普通の家庭環境ではないだろうなと蒼は勝手に予測する。


(そういえば月から家族の話を聞いたことは無かったな。それに転校してきたとはいえなんで独り暮らしなんだ?普通に転校すると言ったら親の転勤などが普通じゃないのか?)


 考えれば考えるほど蒼は月の家庭環境が気になってきた。

 しかし、あまり他人の家庭環境を詮索してはいけないとも思っている。


(どうしたものか。)


「うん。こんな風に一緒の部屋で誰かと一緒に寝たのは初めて。そんな初めてが星乃君で私はうれしいな。」


 蒼がふと横を向けば満面の笑みを浮かべた月がいた。


(やっぱり、三次元も捨てたもんじゃないな。)


 そんな月を見て蒼はふとそんなことを思った。


「そうか。よかったあ。でも、俺なんかでなんだか悪いな。」


「前から思ってたけどさ、なんで星乃君ってそんなに自己肯定感が低いの?」


「いや低くはないぞ?適正だ。」


「そんなことないよ。」


 すねたように月がそういった。


「そんなことより少し聞きたいことがあるんだがいいか?」


 蒼は意を決して聞くことにした。


「なに?」


「月はなんで独り暮らしをしているんだ?」


「え?」


「お前は転校してきた。でも、普通転校って親の転勤とかそういう事態の時にするものじゃないのか?でも、お前は独り暮らしだった。別に答えたくなかったら答えなくてもいい。」


「、、、」


 蒼がその質問をしてから月の返答はしばらくなかった。

 今この空間に音はなく月明かりだけがこの部屋を照らしていた。

 部屋の中には静寂が訪れる。


「星乃君はさ私がハーフなのは知ってるよね?」


 蒼が質問をしてから約一分ほどで月が口を開いた。


「ああ。噂程度には聞いたことがある。」


(本当は海斗から聞いたんだが、まあ言わなくてもいいだろう。)


「そう。私はハーフでお父さんが外国人でお母さんが日本人なの。でも、私が10歳の時に事故で死んじゃったの。」


「ごめん。」


 蒼が興味本位で聞いたことだがどうやら相当デリケートな話題だったようで蒼はすぐに謝罪した。


「謝らなくてもいいよ。私のほうこそごめんね。」


「いや、俺が聞いたんだから俺に責任がある。すまない。」


 蒼は再び謝った。


「だからいいって。それよりも私の話を聞いてくれるかな?もちろん星乃君が嫌じゃなかったらだけど。」


「それは構わないが。」


「お父さんが事故で死んじゃってからすぐにお母さんが再婚したの。それと妹が増えた。」


 月は明るい声で話していたが蒼が横を向くとその顔は曇っていた。


「しかも、その妹は私と血がつながってた。お母さんはずっと前から今のおとうさんと浮気してたみたい。で、その家で私の居場所はあまりなかった。二歳下の妹は私とよく遊んでたけどお義父さんとお母さんは私のことがあんまり好きじゃなかったみたいで疎まれてた。」


 かなり重たい話を聞いて蒼は反応に困っていた。

 やはり蒼の予想どうり家庭環境はかなり悪かったようだ。


「大変だったんだな。」


 今の蒼はこんなありふれたことしか言えなかった。

 いや、他の言葉をかける資格など蒼にはないのだろう。


「まあね。で、耐えられなくなって奨学金を借りて転校したの。家賃はお母さんが払ってくれてるけど多分それも世間体を気にしてのことだと思うし。きっと私のことが大嫌いなんだろうね。妹のほうはかなり大事に育ててたけど私には最低限のことしかしてくれなかったし。私は親の愛情というものを向けられたことがないの。」


「そうか。」


「ごめんね。こんな話をしちゃって。気分悪かったよね。」


 月は自嘲するようにそういっていた。

 横を見ればその顔は苦悶の表情を浮かべていた。


「そんなことないさ。悩みがあるなら相談してくれていい。何もできないかもしれないが話を聞くくらいならできる。俺もお前に救われたんだ。今更そんなこと気にしなくてもいい。」


 蒼は先日月に救われたことを思いだしながらそういった。


「うん。」


 すると、そんなか細い声が蒼の鼓膜を打った。

 耳を澄ませばすすり泣くような声も聞こえてくる。


「月?」


 蒼は起き上がり月の寝るベッドのほうを見た。

 すると、月明かりが照らしていた月の顔からは一筋の雫がしたたり落ちていた。


「ごめんね。なんか、こみあげてきちゃって。」


 そう言いながら月は目元をぬぐっていた。


「謝るなよ。大変だったんだな。」


 蒼はそういうと立ち上がり月のベッドに腰を下ろして頭を撫でていた。


「なんでなでるの?」


「いやだったか?」


 蒼は月の頭を撫でながらそういった。


「いやじゃないけど、星乃君って私のこと嫌いじゃないの?」


「何を勘違いしてるかは知らないが俺はお前のことは嫌いじゃないよ。確かにストーカーだし、少しめんどくさい性格をしているとは思うが悪い奴じゃない。」


「そうなの?」


「もちろん。それに嫌いなら一緒にこんなところに来るかよ。」


 蒼は少し笑いながらそういった。

 それはまるで月を安心させるかのように。


「そっか。えへへ。」


 ふと月のほうを見ると先ほどまで浮かべていた苦悶の表情はなくなっておりすっかりにやけ顔になっていた。


「もう大丈夫そうだな。」


 蒼がそういうと自分のベッドに戻ろうと立ち上がろうとした。

 が、


「行かないで。」


 月に腕を掴まれる。


「行かないでってお前俺寝れないじゃん。」


「一緒のベッドで今日は寝てよ。」


 月は湯気が出そうなほど顔を赤くしながらそういった。


「お前何言って、」


 蒼はすぐに腕を振りほどこうとしたが、自身を掴んでいる月の手が少し震えているのに気が付いた。


(なんで震えてるんだ?いや、簡単か。トラウマを思い返して不安になったんだろうな。なんだかその気持ちちょっとわかるな。)


「わかった。今日だけだぞ。」


 蒼は結局一緒のベッドで寝ることにした。


「ありがとう。」


 いつもなら「え?やっと私のこと好きになってくれたの?」とか言うだろうが今日はそんなことは無くただお礼を言うだけだった。

 どうやら、本当に不安なのだろう。


「おやすみ月。」


「おやすみ星乃君。」


 そういって二人は眠りについた。

 普通のラブコメではドキドキして寝られないのが定番だろうが、蒼はそんなことは無くぐっすりだった。月も同様に。

 こうして二人のキャンプは幕を閉じるのだった。

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