第6話 凹んでるので、そっとしておいてください

「でてけぇえええええ!!!!!」

「オブッ!!!!」


入学式の日の夜。

入学式後の立食パーティーを終えたスカーレットは、部屋に入るなりそこら一面の物という物を俺に投げつける凶行に出た。


「馬鹿ぁあああああッ!!!あんたのせいでっ!!!!あんたのせいで大恥かいたじゃないのよっ!!!!どうしてくれんのよこのバカぁあぁぁぁあっ!!!!!」

「も、申し訳ございません………」

「謝って済む問題じゃないのよ大馬鹿アルフゥウウウ!!!!!出てってッ!!!!出ていきなさいよぉおおおッ!!!!!」

「出ますからっ!!ちょッ!!あぶなっ!!!」

「アルフのアホォオオオオ!!!!!!!」


バタンッ!!!!!


と締め切った扉の向こうに枕が当たった音が響き、やがてすすり泣くような声がドアの向こうから聞こえてくる。


「…………はぁ」


俺は扉の前でため息をついて肩を落とすことしかできなかった。

失態も失態、大失態。


しかも、その失態をわざと行ったのだ。


スカーレットがあれほど怒り狂うのも致し方ない。

というより、部屋に戻るまでよく我慢してくれたものだ。


「………ごめんな」


立食パーティの際、スカーレットはひたすら頭を下げ続けていた。

学校関係者、貴族、心配して声をかけて来てくれたハインズにも。


本来であればもろ手を挙げてハインズのスピーチを称賛し、スカーレットが好感度を稼ぐ場であったはずなのに………。


「………はぁ」


扉の奥から聞こえてくるすすり泣きは一向に止む気配がなく、どうしようもない程スカーレットが傷ついてしまった事実に、胸が締め付けられるような気持ちだった。

ようするに、俺はエルザが受けるはずだった恥辱をスカーレットに擦り付けたのだ。


「………さすがに………お目付け役交代だろうな」


許しを請うのもおこがましい。

許しを請う事しかできないけれども。


………どうしようか。


このまま更迭になったら、果たして学園の外からスカーレットの処刑を阻止できるだろうか。


「………」


分からない。

こんな展開考えてもいなかった。

あんな、その時の感情に任せたような行動を取ればスカーレットを危険に巻き込むことになることぐらい――――


「あ、あの………アルフさん………」

「………」

「こ、こんばんは………その……本当はパーティーの時にお声かけしたかったんですけど………お忙しそうで近くまで行けなくて………」

「………こんばんは、エルザ様」


スカーレットの部屋のすぐ目の前で俯いて立っていた俺に、恐る恐るといった様子で声をかけてきたのはエルザ・クライアハートその人だった。


「どうされたんですか?スカーレット様に何か御用事が?」

「あ………い、いえ………私は……その………」


すっかり顔色はよくなっているものの、俺を前にしている彼女の表情はひどく自信なさげに目に映る。

なんとかスピーチを完遂できたものの、失敗が無かった事になるわけじゃないんだ。まだ心の傷がいえていないのも当然だろう。


「………スピーチ」

「………え?」


俺のつぶやきに顔を上げたエルザの表情は、ひどく驚いたように見える。


「スピーチ、とても素敵でしたよ」

「………」


これは、本心。

何だかもろ手を挙げて祝福してあげられないのは心残りだが、持ち直した後の彼女のスピーチは本当に素晴らしかった。


ゲームの中では一部しか聞けなかった内容も、現実に聞いてみると物凄い文章量で、頑張って書いてきた姿が目に浮かぶような内容だったんだ。


「あ、ありがとうございます………」

「いえ………」


本当ならもっと褒めてあげたいと思う。

なにせ、彼女はまだ友達が一人もいないような状態だ。誰からも今日のスピーチの称賛なんて受けていない可能性は………大いにある。

ゲームの中でも最初は孤立しがちで……まぁ原因となる貴族のご令嬢たちや、間接的に原因になるハインズとの接触がない今の彼女なら、すぐに友達の一人や二人はできるのかもしれないけれど。


「………えっと………そ、その……私」

「………」


………なんにせよ、今日はもう疲れた。

正直敗北感でいっぱいだ。

出だしは好調なように思えたのにな。

まさか初手から……プロローグから大コケするなんて思いもしていなかった。まだゲームが始まってもいないのに完全敗北するなんて………なんの冗談なんだろう。


「私はもうそろそろ休もうと思うので……用事がないのであればこれで………」

「え………ぁ………」

「では………」


大失敗だ。

覚悟も思慮も………何もかもが足りていなかった。

12年という歳月であのじゃじゃ馬娘が懐いたからと言って調子に乗っていたんだ。

………まぁそんな彼女からの信頼も今日消え失せたけど。


俺の部屋は隣。

貴族のご令嬢の隣には小さな使用人用の部屋があり、特例がない限り一名だけ連れて来れる使用人は、その小さな部屋で5年間を過ごすことになる。

そこで過ごせるだけの家財道具も事前に配達してもらって、今晩スカーレットが寝た後に荷ほどきをしようと思っていたけど………もう荷ほどきする必要もねぇな。

どうせこのままオズワルド家へ送り返すことになる。

……最悪の場合は……いや、普通にもうクビだろう。今日手打ちにされなかっただけ運が良いのかも知れない。


そんな思いが頭の中をぐるぐると駆け巡る中、ポケットから部屋の鍵を取り出したところで服の裾を掴まれた。

振り返ると、不安そうな顔をしたエルザが上目遣いに俺の事を見つめていた。


「あ、あの………今日の……私のスピーチの時………」

「………あぁ」


そういや、謝ってなかったな。

俺は必死で考えが至っていなかったけど、普通に考えたらスピーチ中に講堂中に響き渡るようなくしゃみするやつは妨害目的だろう。


そこまで思いついて深々と頭を下げると、エルザはひどく動揺した声をだした。


「な、なにしてるんですっ………やだっ………頭を上げて下さいっ……!!」

「………申し訳ございませんでした。大切なエルザ様のスピーチ中に、あのような粗相を」

「違いますっ……粗相なんかじゃ……や、やめてくださいっ……頭をあげてくださいっ……!」

「………」


なんだかもうどうでも良い気分だ。

正直土下座してみせたっていいけど………まだ正式にクビを言い渡されたわけじゃないからな。

土下座なんかしたらスカーレットにまた迷惑をかける。


「き、今日のあれ………わざとですよね………?」

「………」

「私……ダメダメで………なんかもういろんな事がありすぎて………あの時……目の前がずっと真っ白で………」

「………偶然ですよ。私の日頃の不摂生のいたりです」

「そ、そんなわけありませんっ!!あぁっ、ち、ちがくて……!!そうじゃなくてっ……! お礼を言いたくてっ……!!」

「………繰り返しますが、わざとではありません。」

「~~~~~~っ………」


正直、もう解放して欲しい。

どうでもいいわ、もう。

とにかく今は一刻も早く休んで、また一から考え直さなくちゃいけないんだ。

俺が学園でこの子を妨害することができなければ、スカーレットを取り巻く状況が、徐々に元通りのシナリオに収まっていく可能性は十分にある。

スタートダッシュこそ後れを取ったものの、この子は聖女であり、たった一人のヒロインだ。今日俺が自分でも信じられないような行動にでたのは……なにかこの子も意識していないような見えざる力が働いた可能性も考えられるしな。


放っておけば、スカーレットは人生を謳歌する間もなく、恋を実らせることもなく、絶望の中で死んでいく。

………正直12年の間に情が移りまくっている身としては、それだけは避けてやりたい。

せめて……どちらか片方くらいは……。


「あ、あなたがくしゃみをした瞬間に………急に景色が戻って来て……それで、私……」

「………そうですか。酷い失態でしたが……少しでもお役に立てたなら幸いです」

「~~~~っ……!!お、お礼を言わなくちゃって思ってて……!!そ、それに謝らないとと思って……!! わざと恥を被るような行動をしてくださって……私なんかのためにっ……」

「……もう一度だけ言いますが、わざとではありません。ただの偶然です」

「で、でもっ……!!」


………勘弁してくれ。

勘違いしてるのかもしれないけど、別にあんたへの優しさでこう言ってるんじゃないんだ。

もし俺がわざとであることを認めたら、それこそスカーレットの立場は完全になくなる。

たまたま、本当に偶然にあんなくしゃみを連発しただけだから、スカーレットが赤っ恥をかいたって結果に収まってるんだ。


「ご、ごめんなさっ…ごめんなさいっ…!私がダメダメなせいであなたにまで……あなたのご主人様にまでご迷惑をかけて………」

「………泣かないでください。………それにスカーレット様は強いお方です。今は私の落ち度のせいで気分も落ち込んでいるでしょうが、あの方ならすぐに汚名を返上してくださるでしょう」


俺を見上げるエルザの瞳からはボロボロと大粒の涙がこぼれていく。

………。

本当に勘弁してくれ。

これじゃぁ誰一人として幸せになってない。

俺がしたことって………本当に馬鹿な行動だったんだなぁって思い知らされる気分だよ。


もう本当に……服をつかむエルザの手を振りはらってしまおうか。

そういえば気づかない内に部屋の中のすすり泣きが聞こえなくなってる。

疲れて眠ってしまったのなら幸いだが、もしも扉の外の会話に聞き耳を立てているのなら………それこそ誰も幸せにならないような状況が加速していく一方だ。


そんなどうしようもない状況の中、


「………エルザさん、申し訳ないですが―――――

「ちょっと君………アルフ君だったかな?」

「………」

「こんばんは。夜分遅くに失礼をする」

「………」


突如廊下の向こうから響いてきた声の主は、


「ハインズ王太子殿下………」

「やぁ、先ほどのパーティーでは碌に話す時間が取れなくて申し訳なかった。……少し君と……あと、スカーレットと話がしたくなってね」

「………」


そういって朗らかに微笑んだハインズは、呆気にとられて固まる俺とエルザの二人を交互に見てから、もう一度人のよさそうな笑顔を浮かべて笑ったのだった。





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