噂話や流行りのスポットなんて(13 流行)

 開けたカーテンの間からベランダを覗けば、後ろ頭が等間隔に手すりに並んでいるという悪夢のような光景が見えた。


 すぐさまカーテンを閉じる。深呼吸をして、今見たものの記憶を確認する。

 まちまちの長さの髪に覆われた後頭部。人が並んでいたわけではない。手すりの上に首だけがあった。つまり生首が群れ並んでいたということだ。


 集団の生首がベランダに居座っているという事実に寝起きの頭を抱えそうになる。


 このところの急激な温度変化への対応をおろそかにしていたのがいけなかった。都会とはいえ毛布一枚では明け方の冷え込みには体が反応したらしい。寒さで目が覚めたついでに、どうせならこのまま起きて朝日でも浴びながら朝の一本でも吸おうかと前向きなことを考えてしまった。

 意気揚々とカーテンを開けた途端、首の行列を目撃してしまった。どうするべきか、その場合の適切な対応など俺が知るわけがない。


「生首の不法侵入ってさ、警察と管理会社のどっちに言うべきなんだ」

「どっちに言ってもあれだと思うぞ、管轄外だろ」


 いつの間にか人の部屋に出入りを始めた生首の兄はそう答えて、器用にテーブルの上に飛び乗ってから続けた。


「早起きだな。えらいぞ、三文の得ってのは人によるけど、シンプルに起きてる時間が長いとできることも多いからな」


 早起きの結果、ベランダに並ぶ首の群れを目撃したのだからそのことわざには力いっぱい抗議したいところだが、とりあえずは現状への理解が優先だろうと事情を知っていそうな首に話を聞くことにした。

 兄は俺の問いに何度か傾いてみせてから口を開いた。


「知り合いに聞いたんだけどな、アツいんだよこのマンション」

「異常気象だけど流石に十一月にそこまで暑いってことはないよ」

「そっちじゃなくてさ、あー……激アツリーチとかそっちの方」

「俺パチンコとかしないもの」


 学生マンションのボロいベランダのどこが映えるのか。生首の考えることはよく分からない。


「あの手すりに乗って、明け方なんかに空を見るとすごく……エモいぞ」

「エモいと」


 感傷的で哀愁的で郷愁的エモい。身内が使っていると何となくむず痒くなる単語だが、生首がその単語を使う状況は想像したことすらなかった。生首の兄の語彙はどうなっているのだろう。先日のホラー映画への意外な執着といい、生首の文化背景については疑問がある。


「ちょっと前までは二つ隣の部屋が最適だったんだけどな、色々あって」

「あったんだ」


 自分の知らない間に身近な空間に生首が群れ集っていたという事実にそこはかとない薄気味悪さを覚えつつ、兄の顔を見る。

 兄は目をベランダに眩し気な目を向けて続けた。


「まあ、順番ってことだ。一過性の流行だし、明け方だけってことだから。しばらくほっとけばいなくなるよ」

「しばらくってのは」

「一週間」

「短かくない? 一過性ったってもうちょっとないの」

「そんなもんだよ最近のブームなんて。あとはほら、お日様の角度って日に日に変化するから……ベストスポットなんて真っ当にやればそれこそ日替わりだよ」


 頭の中で兄の言葉をどうにか整理する。つまりこの一週間はうっかり早起きしてカーテンを開けたり、朝帰りでもして外から自室を眺めようものなら、ベランダの手すりに等間隔に並ぶ生首を見ることになるのか。

 想像するだに嫌な絵面だが、現にベランダには生首が並んでいるのだからどうにもならない。鳥なら鳥除けバルーンでも置けばいいのだろうが、生首除けの道具は恐らくどこのホームセンターでも扱ってはいないだろう。


「あいつらも最初の部屋で懲りたろうからな、大人しいと思うぞ」


 懲りるようなことをやらかしたのか、と不安になるが話の腰を折りそうなので問いを飲んだ。


「なんかあったらどうすんの」

「そんときはまあ、あれだ。警察とか管理会社の前に俺に言いなさい。どうにかするから」

「できるんだ」

「そりゃあまあ、兄ちゃんだもの。できるさ」


 そう言って兄は器用に喉を逸らした。恐らく人で言えば胸を張ったようなものなのだろう。

 ならば仕方がない。兄の顔に免じて、この場は目を瞑るしかないのだろう。兄の、というより生首の人脈というのがどういうものなのかは全く分からないが、俺にできることとしては、なるべく穏便に厄介な流行が過ぎ去るのを待つだけだ。

 カーテンをもう一度僅かに開ける。

 ずらりと並んだ首の中、偶然振り向いたらしい一首と目が合いそうになって慌てて隙間を潰す。


 あとで玄関からガムテープを持ってこよう、何なら洗濯ばさみも買ってこよう──そう決意して、俺はカーテンを握りしめたまま溜息を吐いた。

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