みんなで一緒にぐるぐるる(7 まわる)
狭い道の真ん中に、生首を二つ抱えてにこにこと笑う青年と小さな赤子の首を抱いた少女が並び立ってこちらを見ている。
認知してすぐに足が止まった。咄嗟にスマホに着信があったふりをした。気づいたということを悟られないように、『そちらの存在とは無関係に足を止めた』ということを前面に押し出せるように努力しながら、民家の塀に身を寄せる。
道端に寄ってスマホを手にして、それでも二人組から視線は外さないようにしながら途方に暮れていると、
「何だあれ。怖いな」
右手に抱えた鞄──使い勝手のいい、折り畳みもできる買物用のエコバッグだ──から声がした。
袋の口から生首の兄の怪訝そうな顔が覗いている。ひと気がない通りに入ったからこそこの状態で持ち歩いてはいるが、西瓜のように人間の首を袋に入れている時点で俺も人のことは言えないかもしれないと一瞬常識的な目線を思い出してしまう。
月が良いから散歩でもしようと風流なことを言い出したのは兄だった。このところの諸々を経て、特段この辺りの治安が悪いという話は聞かないが、それでも夜は少々危険だということを実感したからだ。
年長者とはいえ、生首ひとりで転がして置いたらどんな目に遭うか分かったものではない。だから、弟である俺がエコバックに生首を詰めて夜の町を徘徊することになったのだ。
深夜でも駅前と飲み屋通りにはそれなりにひと気があるのは都会の特権だろう。
飲み屋のネオンや客引きのぽつぽつと立つ通りをぶらついて、駅前の広場で夜を眺めていた。温い夜闇とぼんやりとした外灯に照らされているのは気分がよかったので、少しだけ無茶を言い出した兄に感謝もした。家に帰ったらお茶でも入れてやろうかと──どう飲むのかは知らないが──思って、言い出しておいて俺より先に飽きてうとうとしていた兄を入れた鞄を抱えて帰路に就いたのだ。
だからといってこんな状況を想定していたわけではない。エコバッグの間から覗く兄の顔をちらりと見てから、小声で尋ねる。
「あれはどうなの。その……兄さんの知り合いとかじゃないの」
「知らない。どっちも全然見覚えがない」
一周して帰ろうとして、最後の最後にこんなものに出くわしてしまった。最悪なことに、この道を通らないとマンションに帰れない。
「迂回とかできたか、ここ」
「できるけど、暗いとこ通るんだよね。それにこないだひき逃げがあったし、鹿も出た」
「微妙だな。危機回避に危なめのとこ通るのって本末転倒だろう」
家に帰らないと眠れない。明日は休みだけれども、夏だけれども、だからといって野宿はさすがに辛い。一応財布を持ってきたのが不幸中の幸いではあるが、駅前に宿泊施設があったかどうかの記憶も微妙だ。漫画喫茶とカラオケならあったはずだが、あそこで一晩を過ごすのは最後の手段にしたい。
もう一度、二人組の方を見る。
男が首を左右に振っている。それはいけないと、何かを拒否するように、はっきりと右から左に首が振られる。少女もそれに倣う。
二人揃って徐々に振る速度が上がっていく。
「何だあれ」
兄が先程と同じ言葉を繰り返した。俺は何も答えられなかった。
少女の首がぐるりと背後を向いて、一回転してもとの位置に戻った。青年の首も一呼吸遅れて、同じ動きをしてみせた。
そのまま勢いづいたようにぐるぐると回り、後頭部と微笑を張りつけた顔面が交互に見える。
「逃げよう。怖いから」
「どこに」
「駅前。交番とかコンビニとか……とにかくひと気のあるところに行って、そこから考えよう」
ここにいるのは駄目だろうという兄が正論を吐いた。
「でもさ、兄さん。大枠で賛成するけどさ」
「何だよ。文句が言えるのかよこの状況で」
「来た道戻るってことはさ、背中向けるだろ。兄さんは袋に入ってるからいいけど、俺そこそこ危ないから嫌だよ。怖いもの」
「わがまま言うなよ、どうしようもないだろ。じゃああれだ、後退りしよう。ゆっくり、じわじわ離れて、距離を取ったら走る」
「熊の逃げ方じゃないか……第一俺そんな足速くないよ。リレーの選手もやったことない」
小声の不毛な問答とも駄々とも曖昧なやりとりの最中、視線の先。
既に少女と男の首は人間ではありえない速度で回っており、顔の造作は回転に溶けて何も分からなくなっている。
その勢いのままぐるりと男の首が回りきって、ぼたりと落ちた。
兄が鞄の中で息を飲んだ。
俺は鞄を抱え上げ、全速力で駅前目指して走り出した。
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