あなたを待ってる仇がいる(5 旅)
ニュースを見ると落ち込む。個人ではどうしようもない範囲の困難や悲惨の存在を自覚してしまうからだ。
だからと言ってバラエティも好きではない。知らないアイドルがホラー映画の音響効果じみた嬌声を浴びているかやたらと物が爆発するか人間が派手に死にかける動画を連続再生しているばかりだし、生活の知恵と手軽な料理特集もゴマ油とめんつゆをぶちこんで電子レンジを酷使するレシピしか出てこない。じゃあテレビを置かなければいいと言えばそれまでだが、なければないで静かすぎる部屋に耐えられる自信がない。軟弱な現代人だ。
そういった情報に対する偏食の結果、だらだらと旅番組を眺めているのだから自分が一番どうしようもない。
最近めっきり増えた芸人や脇役向けの俳優をバスに乗せたり山道を歩かせたり商店街を歩かせたりするような番組だが、どれもこれも判を押したように同じ内容だ。だからこそ刺激が少なくて楽でいいと思ってしまうのだから馬鹿な話だ。旬の過ぎた芸人のくどいトークぐらいなら神経にも障らない。
のどかな田舎の風景──周囲に畑と田んぼしかない、この手の番組ではよく見る場面だ。
画面はその覚えがないはずなのに見慣れた景色の中、寂れたバス停で立ち止まる芸人の集団を映している。バスの本数の少なさにノルマのように驚いてから、店や人家のありそうな方はどちらの道かと相談している。
悩むレギュラーの脇役俳優。状況の過酷さ──予見され得たものではあるだろうが──にうろたえたように騒ぐ若手のゲスト。カメラを肩に右往左往する撮影班。
予定調和どころか見慣れた要素で構成された画面。劣化でひび割れたアスファルトの上を若手芸人のやけに気合が入ったスニーカーが地団駄を踏むその傍らに、ちょこちょこ生首が映り込んでいるのはどうしてなのだろう。
男の首だ。俺よりは少し年上に見える。
明るい茶髪と口の端のほくろ、至って平凡でその辺の駅前に一時間も立っていれば似たような顔が幾らでも見つかるような、ありふれた青年の首だった。
「結構兄さんみたいなやつっているんだね」
「最初に言ったろ。意外と変わったやつっているんだよ。指六本あったりとか、瞳が二重だったりとか。大したことじゃないんだよ見逃したところでさ」
寄り掛かったベッド、やけに重たい毛布の上に鎮座した生首──兄が答えた。
ごろごろと頭だけで器用に寝返りを打ちながら、テレビをぼんやりと眺めている。たまに生あくびが聞こえてくるあたり、くつろいでいるようだ。
「そうやってさ、意外と気づかないところにいるじゃん。路傍の石みたいにさ」
「うん。目線が合わないと見つかり難いからな。その辺はあれだ、かくれんぼと一緒だな」
「で、見つけらんないまま、蹴飛ばしたりしたらどうなるんだろう」
画面の中ではお洒落なのかふざけているのか判断のし難い格好の若い芸人が
その芸人が動き回るたびに、高価そうなスニーカーを履いた足が茶髪の生首を蹴りつけている。
生首は蹴られるたびに充血しきった双眼で芸人を見つめているが、誰にも気づかれていないようだった。
「どうだろう」
短く唸ってから、兄が口を開いた。
「一概には言えないけどな。やっぱさ、お前だってうっかりぶつかったってくらいなら見逃すだろ? お互い様みたいに」
「わざとじゃなきゃ、まあ。俺も買い物帰りに転んで道端で電話してたおっちゃんに突っ込んだことがあるけど許してもらえたし」
「な。けど悪気がなくても我慢の限界っていうのもあるし、その辺のなあなあが通じないやつもさ、いるのよ」
テレビへと視線を戻す。
画面の生首は明らかな凶相をしている。顔で内面を判断してはいけないのは常識ではあるが、血走った三白眼とじりじりと剥き出されている犬歯の獰猛さから敵意あるいは憎悪を読み取れないのも問題があるだろう。
「どうなんだろ、あれ」
「さあ。無事だといいけどね。死んではないと思うよ、生放送じゃないだろうし、こうやって全国放送だし」
調べてみたらいいんじゃないとまるきり他人事の口調で会話を打ち切って、兄はまたベッドに転がった。その内番組はCMに切り替わり、誰でも知っているファストフード店の冬向けの限定メニューの商品を紹介するミニドラマが流れ始めた。
芸人の安否について調べようと思えば調べられる。だが、そんなものをわざわざ知るのも嫌だと思う。無事でも不幸があっても、何となく釈然としない。またあの生首が出ていたらどうしようか。移動していてくれればいいが、CM明けに直前の映像を流す手法が不評を買いつつも廃れていない以上、またあの自覚のない暴力により憎悪に煮えた目を見るのも気が進まない。
俺はチャンネルを変えていいかどうかを兄に尋ねようと、リモコンを手にした。
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