第17話 光の勇者ティアが死んだ理由、そしてアクトの思い
時折、夢を見る。
それは、魔王もとへ向かう前日の記憶。
「明日で、すべてが決まるわ」
「そうだな」
「頑張りましょう、魔王討伐!」
お互いに向かい合いながら座る光の勇者ティア、魔法使いマーリン、勇者アクト。明日、俺たちは魔王城に向かうのだ。
「というわけで、今日ぐらい、お酒を飲みましょう」
銘柄の書かれた瓶を手に取り、3人でたくさんお酒を飲んだ。
5年間の旅、いろんな出会い、失ったもの、手に入れたもの、たくさんのことが5年間に詰まっている。
そんな思い出を語り合った。
「ぐぅ…………むにゃ、アクトさん、僕は童貞じゃありません!…………うぅ」
「こいつ、寝言でも」
「かわいくていいじゃない」
マーリンは完全に酔いつぶれ、明日、二日酔いにならないか心配になる。
「ねぇ、アクト」
「なんだ?」
「あと少しで終わっちゃうね」
「ああ、あと少しで、人類が勝つか、魔族が勝つか決まる」
人類と魔族の戦争、すでに99年もの間、争い、戦争を続け、その終わりがもう、すぐそこまで来ている。
「顔が固いよ、アクト!もっと笑え!!」
「はぁ?」
「これから先、私たちが生きて帰れるとは限らない。だから、その…………生きているうちめいっぱい笑え!」
「ティア、お前酔ってるだろ」
「酔ってない!酔ってないよ!!」
机を思いっきりたたきつけ、簡単に机が砕けた。
やっぱり、酔ってんじゃん。
「はぁ…………明日、魔王を倒しに行くとは思えないな光景だな」
「あ、アクトはその怖くないの?」
「もちろん、怖いさ。死ぬのは誰だって怖いだろ?でも、ここまで来た以上、やるしかないんだ。それに、これは恩返しでもあるんだ」
「お、恩返…………しぃ…………うぅ?」
「そう、恩返しって寝てるし」
さっきまで起きていたのに、ちょっと目を離すとぐっすり眠っていた。
「みんな、不安なんだな」
ここまで来るのに七人の勇者のうち六人が死んだ。紅の勇者、凍の勇者、月の勇者、疾の勇者、照の勇者、罪の勇者、名だたる勇者の死を俺たちは見届けた。
そして、最後に生き残ったのが光の勇者ティアと勇者の名だけをもらった俺だけ。
きっと、ティアは今でも勇者という重荷を耐えているんだ。
俺はそんなティアの力になりたい。ティアを支えたい。ティアを死なせたくない。
そう、これは恩返し、あの時、助けてくれた時の恩返しなんだ。
「絶対にティアを死なせない…………絶対に」
これが、柊アクトが勇者アクトである理由。言うなれば、勇者アクトを形作る意思だ。でも、その意思は潰える。
なぜならこの後、光の勇者ティアは一人で魔王のもとへ向かったからだ。
目が覚めれば、その場にティアはおらず一枚の紙が残されていた。
その内容は。
『ごめん、これが許されないことはわかってる。でも、一人で行くね』
すぐにアクトとマーリンは魔王のもとへ出発した。
間に合わないとわかっていて、心がそれを認めず、ただひたらすに走り、そして、運命の時が来た。
「あ…………」
魔王ギギアと腹を貫かれた光の勇者ティア。その場はすでに戦いが決着していた。
「よき戦いであった。だが、それでも我には届かぬ…………うん?今頃、仲間か、本来ならここで消し炭にするところだが、今は機嫌はいいのでな、見逃してやる」
二枚の大きな翼を広げ、魔王ギギアはすぐに後ろにある魔王城へと飛び去って行き、そんなことにも目もくれず、アクトとマーリンはティアのもとへと駆け付けた。
「ティア!」
「ティアさん!」
腹に大きな風穴を開けられ、そこから大量の血が流れている。その光景を見てだれもが思った。
もう、助からないと。
「あ…………あ、アクト?マーリン?」
閉じられていた瞳が開き、俺たちの名前を口にした。
「ティア!どうして、一人で!…………どうして…………」
「あ…………わ、私は…………守りたかった。大切なものを…………私にとって、大切な仲間を…………ごめんね、ごめんね、私勝てなかった、やっぱり、勝てなかったよ」
「謝るな、謝らないでくれ」
この時の俺はもう助からないという現実と、ただ見ていることしかできない自分に涙を流していた。
「泣かないで…………」
「無理だよ、ティア。俺は」
その先の言葉が出てこない。俺はいったい何を言おうとしているんだ。
すると、ティアは右手で俺のほほに触れながら笑顔で呟いた。
「アクト…………だ、大好きだよ」
そして、触れていた手が崩れ落ち、ティアの瞳から輝きが消えた。
抱きしめているティアに温もりはなく、ただ冷たい、壮大な喪失感と同時に魔王に対して不思議な感情が芽生える。
俺はティアのエゴウェポン【フィーレ】を握りしめ、立ち上がった。
「マーリン、お前は街に戻るんだ」
「なぁ!?何を言っているんですか!」
「俺は今から魔王のもとへ向かう。ここから先は死地だ」
「そんなことわかってますよ!僕も行きます!僕だって勇者パーティーの一人ですから!」
「そうか…………なら、ごめん」
「え…………」
一瞬で背後に回り、マーリンを気絶させた。
「お前を死地に向かせられない。ごめんな」
ゆっくりと体を魔王城へとむけながら、二振りのエゴウェポンを起動させる。
「待っていろ、魔王ギギア。俺が必ず、お前を倒す!」
抱いたのは復讐にも近い醜い感情だった。同時に八つ当たりでもある。守れなかった、あれだけ死なせないと思っていながら最後の最後に守れなかった。
その自分の弱さを誰かにぶつけたくて、勇者アクトは魔王ギギアのもとへと向かうのであった。
「てね…………これが、勇者アクトの最初の物語って聞いているのかい?…………アクト」
「聞いてるよ、リーレ」
真っ暗な空間の中に、俺と顔も形も黒で塗りつぶされたリーレが互いに向き合い、過去の記憶を見ていた。
懐かしいといっていいものなのかわからないけど、あの時の俺はとにかく八つ当たりがしたかったのだ。
そして、今でも怖いのだ。光の勇者ティアのようなことがまた起きることが。
「随分と大人になったね、アクト。さすが、僕の所有者だ。でも、もう僕を使うことはお勧めしない、というか戦うことをお勧めしないよ」
「理由を聞いてもいいか?」
「知ってるくせに…………簡単に言うと次使ったら、死ぬからだよ」
驚いた、というわけでもなく普通にわかっていた。
だが、リーレの言葉の感じだとまだ俺は死んでいない。それだけでも運がいいのだろう。
「そうか、ならまだ俺は死んでいないんだな」
「馬鹿だね、本当に昔から馬鹿だね、アクト。訂正、全然大人になってない。…………また使う気?」
「そりゃあ、できる限り使わないようにする。でも、もしまたあいつらに危機が迫ったら、躊躇わない」
「そうか、なら止めないけど…………うん?」
ふと、上を見上げると、真っ暗な空間に光の亀裂が見えた。
「そろそろ、お別れみたい」
「それじゃあ、またいつかな」
「お別れの前に一つだけ言わせて」
「なんだよ?」
「自分を大切にして…………それはティアの望みであったはずだよ」
「…………そうだな、でも、きっとーーーーーー」
その瞬間、ベットの上から目覚めた。
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