第4話 ティナとのお別れ、そして怪しい人影
タクトの弱点は胸部あたりにある心臓もしくは脳だ。
「…………やっぱり」
前にタクトで魔力を使って以降、魔力が全然回復していない。むしろ、減り続けているのだが、まぁタクト三体ぐらいなら倒せるだろうと、軽く考えていた。
「さぁ…………ちょっくらやりますか!」
強く一歩を踏み出し、1体目のタクトに至近距離まで近づく。
「ちょっ、そいつは俺の獲物!?」
「もたもたしているほうが悪いだよっ!!」
下から上へ、俺はタクトの胸部から瞬時に心臓をえぐり取った。
脈打つ心臓、まるで人間の心臓みたいだ。
「これで一匹目…………」
ぶしゃっ!っとつぶした後、すぐに二匹目へと視線を移す。
思った通り、森の中で遭遇したタクトほど反応が鈍く弱い。たぶん、試験用に調整されているんだろう。
これなら、魔力なしでも簡単に殺せる。
「ちょっと、剣借りるぞ」
「あ…………はいってなんで!?」
俺は立ち尽くす男から剣を
「くぅ…………思ったより厄介ね」
「どけぇぇぇぇぇ!!」
「え…………」
二次試験を生き残った女性の目の前でタクトの頭蓋に突き刺した。
吹き出す血しぶきが体全体を覆い、異臭がつくがそんなことは気にせず、さらに奥深くへと突き刺した。
「くさいけど…………まぁあの頃ほどじゃないな」
「なぁ………」
「おっと、驚かせたな。さてと、次は」
最後のタクトがいるほうへと視線を向けると、すでに瀕死の状態だった。
隙のない佇まいでほかのやつらとは一味も二味も違うことが見てわかるほど、強いことが感じ取れる。動きに一切無駄がなく、まるで踊る剣舞のようで、その動きをどこかで見たことがあるような気がした。
「一匹ぐらいくれてやるか…………それに、あと一撃で死にそうなタクトを倒しても、もやもやが残るだけだし」
数分後、無事に3匹のタクトが倒され、合格したのは俺とさっきまで戦っていた黒髪の女の子だった。
「二人とも素晴らしい戦いだった。うん…………さすがここまで残った者たちだ」
「ありがとうございます」
「あ、ありがとうございます」
「うん、教官という仕事は給料が高く、安定した職だ。だが、同時にたくさんの戦士兵の死を見届ける過酷な仕事でもある。生半可な覚悟で勤めないように!明日には、書類が送られるのでしっかりと熟読し、教官として勤めてほしい…………いいか!!」
「はい!」
「あ、はい!」
結局、倒せたのは二体。教官以上の地位を得ることはできなかったけど、これでやっとすねかじりニート生活から脱却できる。
(これだけでも超うれしいんだよな。涙があふれそうだ)
「それとだ…………アクト!」
「はい!」
「貴様には少々個人的な話がある、私についてこい!」
「はい!…………て、え」
俺はガルル教官の後ろについていき、闘技場にある個室に連れてこられた。
とりあえず、すぐ近くにあった椅子に座ると、向かいにある椅子にガルル教官が座った。
「そ、それで、個人的な話って…………」
「ああ、それは噓だ」
「う、うそ?」
「そうだ」
「じゃあ、何しに?」
「仕事というより、今後の役職についての提案だ。実はな、戦士兵の中で優れたものだけを集めた施設が今年、できるんだが、そこの管理人になってみないか?」
「か、管理人?」
「主な仕事は教官と同じだ。ただ、少し違うのは選ばれた戦士兵と同じ屋根の下で共同生活してもらうことになることと、最低でも3年は管理人をやってもらうことになる」
「ふんふん…………なるほど」
(つまり、家に困らず安定して生活できるってことだよな)
あとは。
「それって給料どれぐらい?」
やっぱり、そこだよな。教官に加えて管理人、響きはとてもよさそうだし、きっと給料もいいはずだ。
「通常勤務の教官の5倍だ」
その言葉に一瞬、意識を失いかけるがすぐに取り戻した。
(5倍?通常勤務の教官の5倍…………これは、俺の時代が来たんじゃないのか?)
「やります!やらせてください!!」
「そ、即決だな。もうちょっと考えても」
「いえ、やります!」
「そ、そうか、なら後で重要な書類を渡すから、しっかりと熟読するように。あと、もし一緒に生活している人がいるならしっかりと伝えておくんだぞ。最低でも3年は戻ってこれないからな」
「はいっ!!」
□■□
教官の試験が終わり、夕焼けとともに空を眺めながら、ニヤリと笑った。
「あいつが8人目の勇者か…………やはり、あのお方の言う通りだったということか」
闘技場内で誰もその者に気づかず、通り過ぎる。黒いフードを被ったその男はその場にいる全員を瞬く間に血の海とさせた。
悲鳴の声すらあげさせない安寧の死。鋭利な枝が無駄なく脳を突き刺したのだ。
「アクト、残りの人生を謳歌するといい…………だが貴様の運命は決して変わらない。勇者としての運命、再び光の悪夢を再来させよう。その時こそ、貴様の最後だ」
黒いフードを被ったその人影は踵を返し、ゆっくりと闇の中へと姿を消したのだった。
□■□
こうして、無事に試験を終えた俺は、合格を知らせるためにルンルンでティナの家の扉を開けた、すると、ティナがエプロン姿で夕食の準備をしていた。
「ただいま、ティナ」
「おかえりなさい………ってどうしたの?」
俺は「ふんっ!」と、合格通知書を見せた。
「無事に合格したんだ」
胸を張って報告した俺はティナから誉め言葉を期待した。
「よかったね」
だが、意外と淡白だった。
「反応薄いな」
「だって、合格するってわかってたから。むしろ、アクトほどの実力者を不合格するんだったら、私が直談判して真相を問いただす」
「いや、そこまでする必要はないと思うが、でもこれでやっと、ティナとの生活も終わりだな」
「え…………」
「ほらこれで、職につけたわけだし、ティナのすねをかじる必要もない。ほんと、迷惑かけてごめんな」
「うんうん、全然。迷惑じゃなかったし、それに一緒に会話したり、ご飯を食べるのも楽しかったし………うん、全然迷惑じゃなかったよ」
「ならよかった」
これでやっとこの世界で普通に過ごすことができる。その喜びはとても強く、感慨深いものだった。だって、この方、生きてきて働いたことがなかったからだ。
「ティナ?」
「へぇ!?な、なに?」
「…………いや、なんでもない」
気のせいだろうか。
ティナの表情が少しだけ暗く見えたのは。
こうして、1日が終わった。
次の日、大量の書類が送られてきた。それは秘密厳守で俺だけが中身を確認した。
その内容はすぐに本部へと足を運び手続きを行えという命令書みたいな感じだった。
「それにしてもこの虫メガネ、便利だな」
さらに教官に必要な知識を身に着けるための研修の案内があり、強制参加とのことだ。しかも期間は3月31日まで、宿泊付きの三食提供。
おそらく、ガルル教官が言っていた優れた戦士兵を集めた施設に合わせて設定しているのだろう。
書類を隅々まで確認した俺は、早速、本部に向かう準備を始めた。
「これで本当にティナとお別れか」
なんやかんや、ティナにはお世話になったし、ある程度稼げたら、何かおごってあげないといけないな。
「アクト、ちゃんと準備できた?忘れ物はない?ハンカチ持った?」
「お前は俺のお母さんか」
「お母さんみたいなものでしょ。ご飯作ってお金払って…………ほら、お母さん」
「おい」
「冗談に決まってるでしょ…………ただちょっと寂しいなって」
ティナは幼いころに両親を亡くしている。それ故にきっと人はだがさみしいのだろう。
「別にもう一生会わないわけじゃないんだし、そんな悲しい顔をするなって…………たまに顔を見せにくるし、もしかしたら、普通に会うかもしれないだろ?俺、教官だし」
「たしかに…………でも会えたとしても春ごろだけど」
「まぁ、そうだな」
ティナは今年の春から戦士兵になる。俺は一応、教官兼管理人という役職になるらしいから少なからず会う機会ぐらいはあるだろう。
それにもしかしたら、優れた戦士兵の中にティナが選ばれているかもしれない。なんたって俺が少なからず教えているからだ。
「いってらっしゃい、アクト。どうせなら、一番偉くなって私を養ってよね」
「それは…………ちょっと非現実的だな」
こうして俺はティナに別れを告げて、戦士兵を教育、派遣する戦士兵軍事管理課本部へと向かった。
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