あい色の食饌
ぬヌ
第1話
―――『どうしてこんなことをするの?』って、どうしてだろうね?
卓上に、丁寧に並べられた食材たち。
私はそれらを眺めながら、あなたの質問に微笑みを返す。
―――叫んだって仕方ないでしょう?
そんな私に、あなたは煩く怒鳴るものだから、本当に参ってしまうわ。
私は小さくため息を吐き、一人騒ぐあなたを置いて、目の前に広がる彩りへと視線を戻す。
採れたて新鮮の、真っ赤な『愛情』が私の鼻腔を甘く擽る。
懐かしの香りに心躍らせ、私はその瞳に恍惚を纏う。
紅く濡れた罪人の塩を指でなぞり、ひとたびそれを舌に踊らせれば、私を歓喜で打ち震わせる甘美の味が満ちていく。
―――どうしてそんなに怯えているの?私はあなたを愛しているのよ?
そんな私を、傍からゾッとした顔で見つめるのは彼。
可哀想なくらいに体を震わせるあなたに、私は努めて優しく囁く。
なのに震えは治まるどころか、あなたは情けない声で泣き始めてしまった。
……その怯えはいったいどこから?
私は不思議だった。
別にあなたを怖がらせたいわけではないのに、何故だかあなたは、私に恐怖を見てるみたい。
理解はできなかった。
……だってあなたは、私を愛しているはずだもの。
あなたの中から滴る蜜は、床に濁った鏡を映し、錆ついた匂いを部屋に充満させる。
一滴、また一滴と池を大きくする愛の雫は、ドレッシングに丁度いい。
「うん。やっぱり今日はサラダにしましょう。それがいいわ。」
私は、嬉々として独り言のように呟き、よく構想を練ってから、卓上のそれらを皿に盛り付ける。
レタス、パプリカ、トマトにアスパラガス。
サラダというと、私の中でこれらが初めに思い浮かぶ。
小さい頃、家が貧しくて毎日食べる物に困っているくらいだったけれど、母が稀に職場で野菜を貰ってくることがあった。
その時によく見たのが、これらの野菜だったからだろうか。
若干の懐かしみを感じながら、私はそれらを、丁寧に、美しく盛り付けていく。
一片一片に千切ったレタスを皿の縁を覆うように敷き、その上に瑞々しく輝くトマトとパプリカを盛り付け、真ん中に数本のアスパラガス乗せる。
……うーん。なんだかちょっと、味気ないかも?
慣れというのは怖いものだ。
昔はこれに、限りない贅沢さを感じていたというのに、今となっては、この盛り付けに少々の寂しさを覚えてしまっている。
……じゃあ、『これ』も一緒に盛り付けちゃおう。
だから私は、机の端に置いておいた、十本の赤色へと目をやる。
綺麗に切り揃えられた、細い『それ』ら。
表面が青白く見えるこの子たちは、まるで死人の顔色みたい。
お世辞にも、美味しそうだとは言えない色合いだけれど、心配はいらないわ。
私は、部屋の隅で怯えるあなたの元まで赴き、座り込むあなたと目の位置を合わせるような形で膝を折る。
「……ひッ。」
あなたの小さくて可愛い口から漏れ出る、可哀想で短い悲鳴。
私は薄く微笑んで、あなたが濡らした真っ赤な絨毯を、愛おしげに指でなぞって甘く囁く。
―――もっと欲しいな♡
逢いして、藍して、飽いして、哀して……
……それを『愛する』。
たったそれだけ。
白雪のように真っ白で純粋なこの心は、淀みない愛の崇高によって満たされる。
飛び散る熱。
宙を掻くあなたの、あるはずもない指。
あなたの瞳に映る私はまるで、牙を剥き出しに口端を裂いた、獰猛な獣。
あなたを切り裂き、引きちぎって、溢れる甘露を余すことなく飲み尽くす、愛の化身。
色鮮やかな菜の装飾を染める真っ赤な『愛情』が、歪に盛られたあなたの肉片に色を付けていく。
青白い屍人たちが歓喜に舞い、腐りかけの体で踊りだした。
―――ふふっ、とっても美味しそう。そうは思わない?
舌を舐めずり、唇を濡らして、私は笑う。
四肢を捥がれて芋虫みたいになったあなたは、もう喋る気力もないのかな?
目を見開いたまま、ぴくりとも動かなくなっちゃった。
―――ねぇ待って、まだ逝かないで。
だから私は、あなたを胸の中に抱き締める。
驚くほど軽くなっちゃったあなたは、中身をくり貫いたカボチャのフェイス?
まるで、綿を引きずり出された、空っぽのぬいぐるみ。
あなたが完全にこと切れる前に、私はあなたの瞳を掴む。
―――まだ、一番大事なところを貰ってないの。
それは、『輝き』。
世界に彩りをくれる、対の宝石。
見開かれて剥き出しになったあなたの瞳を、私は『掴む』。
―――やっぱり、あなたのはとても綺麗だと思った。
舌に感じるあなたの味。
左手に握る、鋭利な先端。
「―――もっと私に、『愛』をちょうだい。」
突き付けた求愛に応える、愚かな晩餐。
貫いた感触で今夜も1人―――愛に殉じた。
「……ねぇ、『愛』ってなんだと思う?」
ある日、君は僕にそう聞いた。
―――うーん、その人に自分の全てを捧げても良いって思えることとか?
あまり深く考えずに、何となくそう答える。
「……あなたは私を愛してくれる?」
すると君は、少しだけ不安そうにしながら、僕に尋ねた。
それはまるで、答えを求めながらも、それを知ることを恐れている、そんな哀れな子供みたいに。
―――もちろんだよ。
僕は君を抱き締めて、君への愛を確かめる。
君はとても、純粋な花。
白くて儚い、無邪気な蕾。
露の透き通るを羨む、無実の花弁。
……
―――いつか答えが、見つかるといいね。
君は少しだけ、嬉しそうに笑ったような、そんな気がした。
あい色の食饌 ぬヌ @bain657
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