人間道(1-2)

 某月某日、某国某所。

 御法川みのりかわ美暁みあけ雲英きら殺丸あやまる。そして佐藤さとうあらたの三人は、陰からとある施設を監視していた。


「入らないのか」

「うん。ちょっと情報を入手しておきたいなぁ」

「誰か出て来たとして、素直に情報を吐くとは思えないが」

「そこは大丈夫。佐藤君は、捕縛するのに協力してくれたら嬉しいな」

「……わかった」


 人間道の能力は知らないが、情報を抜き取る術はあるらしい。

 ならば言われた通り任せるが、新はずっと、自分に敵意を向けて来る殺丸が気になっていた。

 敵意を超え、殺意まで向けられている理由を知る由もない。


「……なぁ」

「話し掛けて来るな。殺すぞ」

「……殺してくれるのか?」

「は?」

「おまえに話し掛け続けたら、俺は殺して貰えるのか? そうしたら死ねるのか?」


 殺丸。


 脳裏に姫様の言葉が響く。

 自殺衝動の塊のような人間に、殺すぞなんて脅し文句は甘美な誘惑に成り代わる。

 それを自覚させられると同時、殺丸は更に新が嫌いになった。殺すぞと言われて嬉々として喜ぶ人間など、気持ち悪くて仕方ない。


「なぁ、殺してくれないのか?」

「殺せるか! 同士討ちは姫様が最も嫌われる事の一つだ! 黙って待ってろ、自殺志願者!」

「……何だ、嘘か」


 本気で落胆するなよ。

 益々以て気持ちの悪い。


「出た。殺丸!」


 壁にもたれかかっていた体勢から、一瞬で最高速に達した殺丸の魔の手が、建物から出て来た男の体に触れる。

 すると男は両膝を突いた状態から立てなくなり、更に殺丸は自分の頭から刀剣を抜き出した。


「ちょっと付き合って貰うぞ。殺されたくなかったら、大人しく言う事を聞け」


 男は震え、今にも泣き出しそうだ。これが普通の反応だろう。

 そう思うと、新の反応がより一層気持ち悪く感じられて、殺丸は苛立った様子で剣を男のすぐ近くに突き立てた。


「おら、さっさと来い!」


 男の襟首を捕まえ、引き摺って行く。

 引き摺られている間息が出来なかった男は離されると大きく咳き込み、涙目で見上げた美暁の手から逃れられず、頭を鷲掴まれた。

 男の目が虚ろになり、涙と一緒に涎が流れる。

 それでも膝を突いた状態から倒れない姿は、まるでその形で造形された人形の様。


「あなたが今出て来たあの施設は何?」

「……自立支援の、施設」


 脅されて喋っている様子はない。

 いや、敢えてここは非常識的に考えると、美暁は能力を使ったのだと察せられる。

 暗示。催眠術。いや、それよりももっと単純ながら強力な力――


「名前は?」

「ジ・ユアセルフ・サービス……」

「何か不審に思った事、不思議に感じた事は?」

「施設の……階段。地下にも部屋とか、あるのに、地下は立ち入り禁止……なのに、偶に、一般の人が、地下に、行くんだ……止めても無視する、し……職員の人に言っても、注意しておきます、としか言わないし……」

「なるほど。地下……教えてくれてありがとう。少しここで休むといいよ。何、不安になる事はないよ。すぐ、立てる様になる」


 意識を閉ざしてしまった男を壁に寄り掛からせて、眠らせる。

 男を運んだ殺丸は重かった様子で腕を回し、肩をほぐしていた。


「今のが、おまえの能力か。人間道」

「フフ、美暁でいいよ。そう、私は対象に電磁波を打ち込んで、相手を自由に動かす事が出来る。さっきみたいな自白はもちろん、洗脳も出来ちゃうし……人形使いみたいに、操る事も出来ちゃうよ。だから、単純な能力の質量という点を除けば、私には誰も勝てないんだ。不死身のお姫様は別として、ね」

「なら――」

はしないよ。残念だけど、君の期待に応えるつもりはない。私の力は、お姫様のために使うと決めているんだ」


 二度も期待させられて、裏切られた。

 彼女の能力なら、姫の意識にも抗えると思ったのに――


「なぁ。おまえ、何でそんなに死にてぇの?」

「……やりたい事も、すべき事も、目標も、将来の夢も、なりたいと思える自分の像も、何も、何も無いからだ。死にたい以外に、やりたい事がないからだ。おまえ達の姫様に、恩も何も、感じられてないからだ」

「……あっそ」


 施設に潜入。

 ここでも美暁の能力は役に立つ。

 職員に三人の立場を誤認させ、立ち入り禁止とされている地下へ降りる事が出来た。


 特別、何かで施錠されている訳でも、チェーンや紐で簡易的に塞がれている訳でもない。

 階段には立て札の一つもなく、行こうと思えば簡単に行けた。ただ、階段の場所が事務室から丸見えなので、地下へ行こうものなら、すぐに止められていただろうが。


「地下一階……特に何もないな。人けもない。まぁ、灯りの一つも点いてないから、不気味ではあるが」

「いや、いる。人の気配がする」

「何?」

「新君の言う通りだね。一見、使われていないから灯りも点いていないんだと思わされるけど、実際はこの暗闇の向こうに何人か……いや、何十人かいる。しかしよく気付いたね、新君。私は人の放つ電磁波が見えるけど、君は?」

「別に……ただ、気配を感じるだけだ。消え入る蝋燭の、か細い一揺らぎのような、次々と消えていく人間の気配を」

「次々と消えていく?」


 確かに。

 電磁波は時間が経過する毎、弱まっている――いや、減っている。

 ここは地下。出入口は、今下って来た階段しかない。その状況で、電磁波が減っている――基、電磁波を発する人間が減っていると言う事は。


「急ごうか。ちょっとヤバい」


 暗闇の中を突き進み、最奥。

 微かにだが、仄暗い灯りが扉の縁から漏れているのが見えた。

 十中八九、鍵は掛けられているだろうが。


「輪廻転せ――」

「こんなところでそんな大技使うな、馬鹿! ここは俺がやる! どいてろ!」


 先程、外で情報を奪った男から作った(?)剣で、鉄扉をぶった斬る。

 すると部屋から大量の煙が漏れ出して来て、咄嗟に新が漏れ出て来た気体を凍らせた。

 少し吸い込んでしまった煙を吐き出さんと、殺丸の咳が止まらない。


「何だこれ、毒ガスか?!」

「いや……今、俺は指定した気体だけを選んで凍らせた。これは、だ」

「じゃあ、まさか――」


 何と形容すべきだろうか、この地獄絵図。

 十人、二十人。いやもっと多くの人達が泡を噴き、首を押さえて死んでいる。辛うじて生きていた者も、数度痙攣してから死んで逝く。そしてまだ生きている者は、未だ芋虫のように苦しみ、のたうち回りながら、緩慢な死が訪れるのを待っているような状態。

 満ちに満ちた一酸化炭素とネバリされた扉と換気扇。そして中央の練炭を見れば、状況は軽々と察せられた。


「惨いな……自立支援施設が、集団自殺の場を設けるなんて……!」

「ったく……おい! まさかこの状況を見て、いいなぁとか思ってんじゃねぇだろうな! 地獄道!!!」


 その時、新は教壇に立つ三人を見ていた。

 この場を設けたと思しき、ガスマスクを着けた三人。

 その中で、真っ先にマスクを外した少女と目が合った時、新は真っ直ぐに、凍て付く左手を突き出し、跳び込んでいた。

 少女は持っていた槍――いや、軍旗で受け止める。


「おまえは……おまえは、死にたくないのか?」


 新の突然の問いかけに、少女は首を傾げるしかなかった。

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