畜生道(1-6)

 残酷な天使のテーゼ。

 窓辺から、やがて飛び立つ――事は、出来ず。


 窓辺に足を掛けるまでは出来たが、そこから一歩先に踏み出す事は出来なかった。


 出るな。止めなさい。

 頭の中に響く言葉に制止され、動けない。


 あらたはゆっくりと下がり、飛び降り自殺を諦めた。

 コロが尻尾を振って来るので、仕方なく撫でてやると、コロは元気そうにワン、と鳴いて、トコトコとまた歩いて行ったと思ったら、餌袋を持って近付いて来た。


「……そうか。腹が、減っていたのか」


 ワン、とコロが鳴くと、新の腹も鳴った。

 久方振りに鳴った腹を見下ろしてから、新は天井を仰いだ。


「腹、減ったな」


 喰う、喰う、喰う。

 獣達が群がって、抛られた餌に喰らい、集る。

 自分の兄弟姉妹きょうだいが食われていると言うのに琥太郎こたろうの心は動かず、何も思わなかった。


 仮にも自分の家族だった人達。

 誰が何歳違いの兄弟姉妹きょうだいだったのかわからないが、確かな事が一つだけ。

 彼らにとって自分は、家族でさえなかったと言う事だ。


 どうして自分だったのか。

 どうして自分だけ人間になれて、彼らは獣のままだったのか。

 誰に問いを投げかけても、返って来る答えはない。

 最後に彼らに問いたかった気もするが、言葉さえ調教して貰えていなかった彼らに返す事の葉があるはずもなく、やはり答えは、自分の中で勝手に見出す他になかった。


「琥太郎」

「……姫様?!」


 思わぬ人物の登場に驚き、胡坐を搔いていた体を即座に起こして片膝を突き、首を垂れる。

 寸前まで物思いに耽っていたとは思えない行動の速さには驚きを禁じ得ないところだが、屍姫しかばねひめは笑って済ませた。


「ごきょうだいを手に掛けたと聞きました。私のせいで、苦労を掛けましたね」

兄弟姉妹きょうだいと言っても、一言も会話なんてありませんでしたし、今回も完全に敵同士で分かれてましたし……そんな、大した苦労はありませんでしたよ。輪廻転生も、新くんに教えるために使ったような物ですし」

「……そうですか。地獄道、佐藤さとう新の調子は如何ですか?」

「まぁ、ちょっと癖が強いですが、素直な子ですよ。何だかんだ言いつつ戦ってくれていますし、力の使い方も、過去の守護者と比べても慣れが早いから、即戦力になれると思いますよ」

「そう……ですか」


 姫の反応を見て、琥太郎は新が彼女を困らせている事を察する。

 六道の力を介して新の動向を感知している彼女には、一切の隠し事が出来ない事を、新は理解しているのかいないのか。

 コロを与えたのもさほど効果が無かったかと、琥太郎は困った様子で頭を掻いた。


「お役に立てず、申し訳ございません。姫様」

「……それで、敵は例の組織と思われますか?」

「十中八九、間違いないでしょう。今までは単に、姫様の敵として対峙していましたが……お陰で、切っても切れない因縁が出来ました。畜生を畜生のまま飼いならして、俺に対して向けた罪。そして、捨て駒として使った罪。畜生の餌にしてでも、償わせてみせます」

「……先程、神楽かぐらの捜索で、敵組織の支部と思しき組織を発見したと報告がありました。これを守護者二名で探索。内容次第では、施設の破壊をお願いしたいのですが……」

「探索って言っても、内部調査みたいなもんでしょ? 俺の出る幕じゃあない。俺はまた神楽と協力して、敵の支部ないし本部を探していきますよ」

「では、誰が適任だと思われますか?」

「施設の破壊を火災としたいなら、地獄道はまず必要でしょう。後は……暗殺って事にしたいなら、人間道か修羅道ですが、修羅道はその……」

「では、三人で行かせましょう」

「え――人間道の方はともかくとして……修羅道は、その……地獄道の事をよく思ってない様ですし」

「ですから、三人で行かせます。支部が襲撃されれば、こちらへの攻撃は見送るはず。こちらの守りは三人で充分でしょう。天道、神楽がいるのなら猶更」


 ここでようやく察した。


 姫様は訊く前から、もう人選は済ませていたのだと。

 ただ自分の意見が正しい事を確かめるために、自分に問うただけなのだと。


「では明日。人間道、御法川みのりかわ美暁みあけ。修羅道、雲英きら殺丸あやまる。そして地獄道、佐藤新。敵組織に乗り込み、敵の内部情報を奪取。施設の破壊を命じます」

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