畜生道(1‐5)

 “輪廻転生りんねてんせい”について、茅森かやもり神楽かぐらは語る。


「僕は昔、大学生時代の同級生と彼女に裏切られてね。周囲にあらぬ噂を流されて、就活もままならなくなったんだ」


 その話は関係ありますか?


「まぁ聞いて聞いて。当時は元々就職難、って言われてた時代だったのにねぇ……噂のせいで、僕は内定していた会社からも内定を取り消しにされたりして、自殺を試みたところで姫様に救われたんだ」


 やっぱりその話――


「まぁ聞いてってば。その時の僕は、何と言うかな。生きたいという気持ちと、死にたいという気持ちの狭間にいたんだ。生存本能と自殺願望の、丁度中間地点。それがこの奥義の肝だったんだ。死にたいと思いながら生きる。死のうとしながら、わずかばかりの生存本能に抗わされる。そのままの状態でいる事が、どれだけ難しい事かって? 例えるなら……そうだな。三輪車にさえ乗った事のない人間が、大型バイクで平行棒を百メートル滑走するくらいかな」


 ……それで?


「しかしその百メートルの滑走をやり切れた人間にこそ、生存本能リビドー自殺願望デストルドーの狭間を走り切った者だけが、この奥義に至れる。自らの魂を自ら殺しながら、一縷の生存本能を呼び起こす。自殺しながら自ら生還する。この二律背反を成し遂げた者だけが到達出来る地獄の奥義。それが、“輪廻転生”だ」


 つまりは、奥義みたいな?


「そうだね。BLEACHで言うところの卍解。呪術廻戦で言うところの領域展開、もしくは黒閃。ただ、この力は死へと向かう力だからね。覚醒、と言うよりは精神統一による集中に近い。だからそうだな……NARUTOの仙人モード発動前の瞑想状態って言った方が、近いのかもしれないね。まぁ、ともかくだ――僕ら六道輪廻、屍姫しかばねひめ様から力を頂いた僕らだからこそ、生と死の端境はざかいに入って初めて、発現出来る奥義。それが自ら死にながら生きる――“輪廻転生”だ」


 小指と小指。薬指と薬指。中指と中指。人差し指と人差し指を組み、親指の腹を合わせる。

 キツく縛った手の中で黒が交わり、滴り落ちて、琥太郎こたろうの足元に広がった。


「“輪廻転生”」


 琥太郎の周囲に現れる、超巨大な狼の頭。

 大きく開いた口の中にはそれぞれの字が描かれており、それぞれが赤、青、黄、緑に輝いた。


「“輪廻転生・畜生道”……“熾獄しごく煉獄れんごく鳥獣戯画ちょうじゅうぎが”」


 裸の獣らは動けない。

 銃火器にも刃物にも怯えない彼らは鍛えられてこそいたが、たった六人の人間だけが操る異能の、更には奥義に対してまで鍛える事は出来なかった。


 そしてそのまま状況が滞る事を知らず、琥太郎の見開かれた血眼と共に動き始める。


「“第一巻いちのまきこう”」


 裸の獣らは首を押さえ、舌を出し、その場で苦しみだした。

 直感が働いてその場から離脱したあらたは、彼らが呼吸出来ず苦しんでいるんだと察する。


「殺しはしねぇし、まだ殺さねぇ。言ったろ? だと。おまえらは今から、俺の物語に溺れるのさ。だから息なんてさせねぇよ。息つく間もなく次の巻だ」


 呼吸困難に陥り、そのまま意識を奪われた彼らはすぐさま覚醒する。

 彼らに肉体はなく、彼らの意識は、名前もわからない植物に宿っていた。


「“第二巻にのまきおつ”――俺の世界は畜生道。獣と虫と魚の世界。そしてそれは、


 痛みを感じてみてみると、巨大な昆虫が自分達の体を貪っていた。

 他に悲鳴が聞こえてみたので辛うじて見てみると、あらゆる場所で仲間が草食動物に食われ、痛みに悶えている。


 歯によって喰い千切られ、口内で咀嚼され、呑み込まれ、溶かされる。そこまで辿って意識を奪われたかと思いきや、彼らはまた起き上がる。

 すると今度は自分を食った虫や草食動物に意識が移っている事に気付き、自分達を見つめている気配に気付く。

 見ると、そこには虫を狙う小鳥が、草食動物を狙う獣が、獲物を見つけたとばかりに見下ろしていた。


 逃げる。逃げる。逃げる。

 すぐさま逃げ出すが、凄まじい勢いで追って来る。

 爪に斬り裂かれ、引き裂かれ、致命傷を与えられた体に嘴が、牙が突き立てられる。

 自身の肉が抉られ、引き千切られ、喰われていく様を見せつけられ、痛みに悶え苦しむ彼らだが、弱肉強食の循環はまだ途中。終わっていない。


 次に自分達が自分を食った獣、鳥に成り代わっているとわかった時には、次の展開は察せられた。より大きな、より強い肉食獣が、自分達を見下ろしていた。

 逃げても追い付かれ、喰われ、死ぬ。そしてまた強い方に成り代わり、更に強い獣に喰われて死ぬ。

 その循環を何度も続けた結果、自分達は一番強い肉食獣に成り代わった。


 これで終わった。


 安堵したのも束の間だった。


「“第三巻さんのまきへい”。命の循環は終わらない。一番高い場所に立った者には、当然の末路が存在する。即ち――


 体が朽ちて、溶けていく。

 肉が剥げて、毛が抜け落ちて、臓器が止まって、体が冷たくなって、真っ白な骨を晒して消えていく。


 寒い。

 寒い。

 寒い寒い寒い。


 死が、死が体を蝕んでいく。

 死が、自分達の心を、体を、魂を壊してく。


「獣同然のあんたらでもわかるだろ? 命はいつか死ぬ。死んで廃れて、朽ちて腐って、いずれ忘れ去られて滅びてく。命とは、それ即ち刹那の煌めきさぁ」


 そこまで語って、琥太郎は自分よりずっと上に立つ新を見て笑った。

 新から見れば、琥太郎の前で裸の奴らが頭を抱えたり、自分の体を掻き毟ったり、髪の毛を抜いたり、自ら急所を殴ったりしてもがいている状況。

 何が起こっているのかわからないが、そんな状況で笑っている琥太郎に恐怖を感じた新に対して。


「俺の術を見るや否や、能力圏外ギリギリに出るとはやるなぁ、新くん。だが、それでいいんだ。俺が今使ってるのは、生と死を完全に同質な物として見ている奴にしか使えない禁じ手だ。こいつらみたいな、死ぬ事も殺す事も生きる事も諦めた奴らには理解出来ないし、ただ生きてる奴にも、ただ死んでる奴にも気取られない。俺達みたいな、死にながら生きてるような、死にたがりながら生きたがってる奴にしか使えない技だ。だから、間違えるなよ。自分の命の使い方」


 目の前のこいつらみたいにな。

 その言葉は呑み込んで。


「“第四巻よんのまきてい”」


 全ての狼が口を閉じると、裸の輩が次々と何かしらに食い殺された。

 巨大な何かに喰われた奴もいれば、大量の鳥に啄んで食い殺されたような奴。全身の血を吸われ、飲み殺された奴など、死に方は様々。

 唯一の共通点は、彼らが皆、何かしらの畜生によって喰われたという事だった。


「わかったか? 自分の命の重みが。弱肉強食の輪廻は、最終的におまえ達にとっての終結に向かって行ったはずだ。そして今、それより上の獣をけしかけた。おまえらはそいつらに殺されたんだ。最後まで、人間らしく扱えて貰えず、不運だったな……まぁ、あの世でせいぜい呪ってくれや」


 術を解いたのを見て、新はすぐさま降りて来た。

 すると遅れて、死んでる敵のずっと向こうで、倒れてるコロを見つけて、背筋に悪寒が走った。


「コロ……!」


 新が行くより先に、琥太郎が近付く。

 するとコロはすぐさま目を覚ましたが、起き上がる事は出来なかった。


「標的からは外してたんだが、てられちまったか。悪かったな。しかし、そんなにご主人様が心配だったか……豪いなぁ、おめぇは。豪いなぁ」

「コロは、無事なのか」

「あぁ。少し休めば元気になるさ。犬一匹でも巻き込んじゃあ、畜生道の名折れってな。ただまぁ、俺が強過ぎただけだ」

「……俺にも、あんな事が出来る様になるのか」

「なるさ。おまえは奴らよりもずっと、命って奴をわかってるだろ? コツだったら、後で教えてやるよ。それでどんな奥義が生まれるか、知ったこっちゃあねぇけどな!」


 とまた、琥太郎は笑ってみせたのだった。

 自分の兄弟姉妹きょうだいを殺した後だなんて察せる間もなく、隙もなく。

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