畜生道(1-4)

 縛り首。


 日本では死刑として使われるが、ドラマや漫画のように綺麗には終わらない。


 酸欠状態に陥りながら必死に呼吸しようと足掻く体からは涙、鼻水、涎が噴き出し、最後には糞尿を垂らして全身の体液を絞り出す。

 首吊り死体が血を吐いている事があるが、それはただの演出であり、口内を怪我でもしない限りそのような事は起こり得ない。


「……」


 両腕を自ら縛り、椅子から飛び降りたあらたの首を、天上から下がっている鎖が縛るが、直後に新の意思を無視して発現した地獄の業火が鎖を瞬く間に溶かして、新は何事もなかったかのように着地した。

 跡形もなく溶解した鎖の残骸を拾う手がいつの間にか解放されている事に気付き、首を縛ろうとした鎖と一緒に焼き斬ってしまったのだと悟る。


 直後、敵の襲来を告げる警報が鳴って、新は琥太郎こたろうと共に敵の迎撃へと向かわされた。


「何か最近、新くんと組むのが多いな! この後飲みに行くか!」

「俺は未成年だ」

「おいおい、こんな地下にまで来て地上そとの法律守らなくてもいいだろ!? 何だよ、意外と真面目だな」


 琥太郎の操る馬に乗って現場へと駆け付けた二人は、先に駆け付けていた兵士らが薙ぎ倒されている光景に出くわす。


 あからさま、従えている側と従っている側とで分かれているのだろう構成の小隊だったが、同じくらいあからさまに異質だった。

 従えている方は黒ずくめのスーツに身を包んでいたのに、彼らに従い、兵士らと戦う者達は布の一枚も身に着けておらず、完全に裸体だった。

 女もいたが、恥ずかしがる素振りさえ見られない。


 恵まれていない家に生まれたものの、さすがに知恵の果実を食べる前のアダムとイブでもあるまいし、服を着るくらいの常識くらいは新たにもある。

 だがそれよりも驚かされたのは、さっきまでお喋りだった琥太郎が完全に黙り、裸の連中を丸くした目で凝視して、固まっていた事だった。


 いつもなら猟奇的に、全身から猟犬を解き放って食い殺させると言うのに。


「おい、琥太郎……琥太郎? 琥太郎!」

「え? あ、あぁ……悪い悪い。大丈夫だ。新くんは後ろの連中を頼む。周りは俺が蹴散らすからよ」

「わかった。けど、大丈夫か」

「俺の心配するなんて、随分余裕じゃん。あのスーツの変な膨らみ。多分拳銃持ってるから、気を付けな」

「……わかった」


 襲い来る獣じみた裸族を躱しながら抜け、背後に氷壁を展開してから黒服へと肉薄。

 琥太郎の読み通り、隠し持っていた拳銃を抜いた彼らの銃弾を炎で遮り、自らは炎の壁を突き抜けて黒服の一人へと飛び掛かった。

 何とか倒れまいとして踏ん張る黒服の胸に、灼熱の右手が置かれる。


「“紅蓮紅葉ぐれんもみじ”」


 右手が黒服の胸部を焼き焦がし、紅葉したかえでの葉を思わせる形で焦げ跡を残す。

 体の内側まで焼けた男はその場で倒れ、助けようとした仲間の銃弾に撃たれて死んだ。銃撃を躱した新は、何がしたかったんだと訝しみながら、銃口を向けて来る黒服の中から次の標的を決める。


 壁を蹴って黒服の一人の頭を鷲掴み、凍結。脳髄の芯まで凍らせ、一瞬で腐らせた黒服の頭を引き千切って投げると、倒れ伏した体を薪に炎を燃え上がらせて、飛び散る火の粉で敵の黒い服を燃やして焼いた。


 焼け死ぬより前にと彼らは服を脱ぐが、これで防具は無くなったも同然。

 北風と太陽の童話を新は知らなかったが、服を失った彼らに対して絶対零度の寒波を繰り出した手際の良さは、多くの戦いを経験した琥太郎も感心した程だった。


 だが、彼らは違った。


 大量に分泌された脳内麻薬のせいで麻痺しているのか、氷点下にまで低下した気温の中で、裸のままで襲い掛かって来る。

 現代人にしては鋭く尖った犬歯。筋トレで作ったというより、生きていく中で自然と身に着いたような筋肉を搭載した彼らの姿は、まるで太古の昔からタイムスリップしてやって来た原始人のようだった。


 格闘技なんて技術はない。

 が、今まで野山に放たれ、獣同然に暮らし、同じ獣を喰らって来た中で身に着けたと思しき体術は、常人にはとても捌けそうにない。

 ただ、琥太郎は常人というカテゴライズには当てはまらないので、捌くどころか、対応してみせるのだが。


 繰り出された拳に対し、琥太郎の肩が獅子の顔に変形。拳に喰らい付き、手首から噛み千切って放り投げる。

 腕はオオアナコンダへと変わり、鞭のようにしなりながら手を食い千切った男の首に巻き付き、一瞬で首をへし折って絞め殺した。

 一瞬で仕留めたので、糞尿等、汚物の吐瀉はない。


「“紅蓮紅葉”……何だい。俺が名付けた技、結局使ってくれるのか。意外と素直じゃあねぇか。そういう意味じゃあ、あんたらも豪く素直に従ってたなぁ。なぁ、兄弟姉妹きょうだい


 琥太郎の問いかけに、彼らは全く応えない。

 返って来るのは唸り声。叫び声。そして、仮にも元家族に対して向けるべきではない殺気のみ。


 彼らが今日の今までどのようにして生きていたかなんて、どうでもいい。

 ただ一つ分かった事は、彼らは一方的に殺戮する手段を教わってこそいても、言語等意思疎通の手段――相手と繋がる術を教えられてはないのだという、寂しい事実だけだった。

 再会を祝して抱き合う事も、近況報告をしあう事も、説得してやめさせる事も出来ない。

 こちらは当時の事含め、色々と話したい事があったのに。


「正直、誰が何番目の兄か姉か。弟か妹かもわからねぇ。だが生憎、俺の嗅覚は警察犬のそれを遥かに凌ぐ。その鼻が、鬱陶しいくらいに言ってんだ。おまえ達は兄弟姉妹きょうだいだ。ってな。おまえらは、わかってるのか? わからず殺しに掛かってるのか、わかってて殺しに来るのか、せめてそこら辺はハッキリしてくれよ!」


 叫んでも、誰も答えない。

 皆が歯を剥き、爪を向け、前傾姿勢で琥太郎に飛び掛かるタイミングを計る。


「琥太郎」

「来るな! こいつらの指名は俺だ。殺された仲間の敵討ちをしたいんだとよ。だが、いい機会だ。新くんも見ておきな! 今この場に、地獄を創り上げてやる……! ってな訳だ! 多少の無茶は勘弁してくれよ、お姫様!」


 そこから何が起こるのか、琥太郎が何をしようとしてるのか、新はわからなかったが、咄嗟に引いた。琥太郎の姿が見えるギリギリまで撤退したのは、そうしなければ巻き込まれるという直感が働いたからであり、日々自殺衝動に悩まされる彼が、珍しく延命措置をした瞬間だった。


 両手を強く、締め付ける様に組んだ琥太郎の周囲の空気が、薄くなったように冷えていく。


「“輪廻転生りんねてんせい”」

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