畜生道(1-2)
多頭飼育崩壊。
言うなら状況は、多頭飼育崩壊だった。
女は毎日男をとっかえひっかえ。
毎日部屋に籠っては、性行為に入り浸る。
そうして出来た子供を産み続ける癖して、ある程度育つと放置する。
食事は一日二回。
食事と言ってもテーブルも食器もなく、床の上にばら撒かれた果物や肉などを奪い合い、その日取った奴だけが食う。
だからほとんどの場合、先に生まれた雄と雌が食べ、幼い個体は瘦せこける。
だが雌はある程度成長すると、女と一緒に男と交尾する。
そうすると食べ物が、食べ物を買うためのお金が貰える。
女の数に比例して、幼い個体も飯が食えるようになっていく。
そうすると徐々に力の強い個体が雄の中に現れて、女と男に対して反抗するようになった。
女と男は若き力に負けて追い出され、雄と雌は食べ物を求め、或いは異性を求めて外へと飛び出した。
幼き雄もまた、そうして外に出たのだが、金なんて仕組みもわからず、食べ物を取る手段も知らず、考えても考えても思い浮かばなくて、遂に何も食べず何も飲まず、ただ眠る事だけをし続けていた時、雄の前に、一人の女性が現れた。
「おいで」
言葉の意味はわからなかったが、差し伸べられた手を取り、雄は一人の男となった。
* * * * *
コロが来てから、それが毎朝のルーティン。
餌が欲しい訳ではない。
毎朝八時半が、新の食事の時間だから起こすのだ。
そうしないと、大好きなご主人様が、率先的にご飯を食べようとしないから。
「わかった……わかったから、腹の上で跳ねるな……痛い……」
運ばれて来る朝食。
美味しいかマズいかの判断はまだイマイチ出来ないし、好き嫌いもわからない。コロのようにガッツク事も出来ないが、一応は食べられる。
小食の自分に合わせて少量の朝食を済ませると、コロとの散歩の時間だ。
姫を直々に守る六人の一人だからと、周囲の人々はわざわざこちらを向いてお辞儀して来るが、正直に言っていい気分はしない。
自分は未だお姫様を守ってるという感覚は薄くて、隙さえあれば自害する術を考えてしまうような性格のままだから。畏まってお辞儀だなんてされる資格がないように思って、申し訳なく感じていた。
「おぉ、新きゅぅん。仲良くお散歩してくれるとは嬉しいねぇ」
「畜生道……」
「そこは
「……考えておく」
「そこは即決じゃないのかい! まぁいいや。ちょっと付き合って欲しいんだけど、いい?」
「わかった」
「そこは即決なのね!?」
城の内部、だと思われる。
とにかく、地下だ。
鉄格子に囲まれた簡素なエレベーターを何台も乗り継ぎ、何十メートルと降りていく。
「……楽しみ?」
「いや」
「ツレないなぁ……新くんって、ここに来てから安心出来る人出来た?」
「わからない」
「そこは、せめてコロと言って欲しかったな」
「コロは人じゃない」
というと、不満そうにコロが足を踏んで来た。
僕じゃダメなのか。そう訴える眼差しに対して、新は撫でて返す。
だが次に地下から聞こえて来た音に新は構え、コロもまた姿勢を低くして唸り始めた。
「
阿鼻叫喚の地獄絵図。
まぁ、この地下都市も負けず劣らずだが、更に下へ降りた先に待っていたのは、そんな地下都市でさえ抱えきれず、隠そうとしている闇だった。
血の臭いと死体の腐敗臭とで、鼻が曲がりそう。嗅覚の鋭いコロには、さぞキツい事だろう。
聞こえて来るのは自分達の惨状を嘆き、こうした状況に落とした全てを怨み、祟り、憤慨する声ばかり。
自分達が攻めて来た癖して。図々しい事この上ない。
「こいつらは組織の情報を取るために一時的に捕虜にしたものの、もう用無しになった連中だ。表社会に出す訳にもいかないし、戻す組織も無い。だったら、どうする? これ」
「……殺せばいい」
「うん。だから、殺して来て。火葬の手間も省けるし、戦闘経験値も稼げる。っていうのは建前で、これは代々地獄道の守護者の仕事な訳よ。お分かり?」
暗闇で正確に数えられないが、百人は下らない。
みっしりと詰まった空間に隙間はなく、下りたと同時に十人は仕留めないと、自由に動き回るスペースは出来ないと見た。
まず前提として、鼻が曲がりそうなほど血生臭い場所に飛び込みたくないのだが、遠距離攻撃がまだ苦手なので、仕方ない。
「琥太郎」
「うん? ってか呼び捨てかい」
「コロを頼んだ」
「はいよ。死なないようにね」
出来る事なら、ここで死んでしまえれば楽なのだろうが、それは
ならばどうするか? ――愚問だ。抗えるだけ抗って、戦えるだけ戦うだけだ。
「コロ、待ってな」
わん! と吠えた頭を撫でて、新は颯爽と飛び降りる。
着地と同時に頭を踏み付けた足から放火。一瞬で骸骨と化し、新の体重を支え切れずに砕けた奴の両サイドにいた奴を捕まえ、双方の肉と皮を焼き尽くした。
「怨みはない。怨みはないが……死ね」
焼き尽くし、凍らせ、殺していく。
逃げ道などなく、逃げる術などもっとない。仮に上へ登れたとしても、そこには琥太郎がいるのだから無駄足だ。
地を這う蟲のように死んで逝く敵を見て、過去の残像と重ねる琥太郎。
過去、男と女を追い出した雄と雌はどうなっただろうか。雄と雌のお陰で外に出れた仲間達は、どうなっただろうか。
彼らもまた、誰か救いの手に拾われているといいのだが――もしそうでなければ、眼前の敵のように為す術もなく。
「終わったぞ」
肉も皮も残らない。骨さえ踏み砕かれて残されていない。
百近い人間が屯していた空間は空となって、新以外に誰もいなくなった。
「お疲れ様。大分力の使い方がわかって来たんじゃないか?」
「まぁ、ひと月も使ってれば、な……氷と炎の同時展開も、大分出来る様になって来た」
「そっか。そりゃあ、何よりだ」
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