地獄道の守護者(1-2)
例えば、勉強をする。運動をする。
テストをする。計測する。
テストの結果、計測の結果、満点を取ったとする。良い実績を残したとする。
だがその当人にとっての最良と、その結果を見せ付けられた他者の感じる最良には、多少なりとも差が生じる。
満点中半分を取れば褒める者がいれば、何でこの程度なんだと叱る者もいる。
満点をとってご褒美をやる者がいれば、満点を取って当然と考える者もいる。
それらで最も酷なのは、否定も肯定もしない事。
テストの結果を見ても尚、興味関心を持たない者である。
奇しくもここ、地底世界に住まう者達は、そう言った当たり前の愛情を知らぬ者達ばかりが集められていた。
老後の自分を支える労働力として。
家の経済を回す歯車の一つとして。
貧窮に喘ぐ家を守るための担保として。
そんな意味を持って生まれた子供達。
もしくは、愛する人との間に出来た副産物だから生んだだけで、生んでしまえばもう邪魔に思われるだけの者達ばかりが、選りすぐられたかの如く集っていた。
それもまた必定。
いてもいなくても状況の変わらない、愛を与えられない人間は、連れて来るのに都合がいい。
例え死んでも、誰も文句を言わない。家族さえ、平気で流す。
同情して欲しいという話ではない。
ただ
寝たいだけ寝るのではない。
寝たいから寝るのではない。
何もする事がないから、何もしたい事がないから寝る。
いつ起こるかわからない戦いに備えてでもなく、どのように過ごすかも想像出来ないから、とりあえず横になっているだけ。
だから正直、敵が攻めて来てくれた方が、まだありがたい。
自傷してはならない。
自壊してはならない。
これらがあるから、異能を試すという名目で自殺も出来ない。
退屈だ。死んでしまいたい。
そんな退屈を殺す術を、新は知らない。今の今まで、自分がどうやって生きていたのか不思議に感じて来る。
そも、自分は何で家族を殺してまで逃げ出してきたのか。
逃げ出して何がしたかったのか――不思議だ。当時は必死だったのに、冷静になるとまるで意味がわからない。
そこにあったはずの行動原理。
自分は一体、何がしたかった――?
「まだ悩んでるの? 適当に、肉、とでも言っておけばいいのに」
部屋の外から声がして転がると、扉を背に誰かが立っていた。
見覚えはある。だが、音もなく気配もなく、いつの間に入ったのやら。
「別にいいじゃん? 無欲だろうと欲求不満だろうと、誰に迷惑かける訳でもあるまいし。人間としては欠陥かもしれないが、欠損した訳じゃあないものなぁ」
「……畜生道の」
「正解っ。俺は
と言って、琥太郎はベッドに腰かけて来た。
そして今度は大量の犬や猫、鳥が琥太郎に続いてベッドに乗って来て、あっという間に取り囲まれてしまった。
まるでこれから、彼らに食われて死んでしまいそうな勢いだ。
そんな事を考えていると、犬種も大きさも全く違う犬集団に顔中を舐められ始めた。
「俺が司るのは畜生道。その名の通り動物の世界。だから選ばれたのか、選ばれたからなのか、いつの間にか俺の周りは動物だらけ。犬、猫、鳥なんて、下手すりゃ一年ちょっとの飼い主より言う事を聞かせられる自信があるね」
「……自慢?」
「そう。あまりにも退屈なんで、新人相手に自慢しに来た!」
まさかの肯定。
しかも断言されるとは。
真っ直ぐ新を指す指に、小さなインコが止まる。
「だが、俺も畜生道であって鬼じゃない。姫様に何の褒賞も戴かなかった無欲な君があまりにも不憫に感じて――じゃない間違えた。そう、新人の素晴らしい働きに対して、俺から心の籠ったプレゼントを渡しに来たのさ!」
「プレゼント?」
「そうだ! 嬉しいだろ? 嬉しいよな? その顔は……どっちでも良さそうってか興味無さそうだけどまぁいい! 貰え! 今日のために用意した! ニホンオオカミの子供ですっ!」
受け取った。
モフモフしている。
既に調教済みなのか、噛む様子はない。
下ろされた新の胡坐の中で丸まり、大あくび。そのまま寝てしまった。
「……ニホンオオカミって、絶滅したんじゃ」
「リアクション薄っ! でもツッコミ的確っ! けどさっきも言ったろ? 俺は畜生道の守護者だぜ? 俺がいる場所には、絶滅した動物だって湧いて出るのさ……図鑑で見た動物なら、その場で作り出せてしまう禁忌。命の冒涜って奴さ」
「……じゃあこいつも、いつか消えるのか?」
「自然消滅? それはない。だって命だぜ? 命はどうなったら消えるよ。剣で心臓ぶっ刺したら? 頭を銃で撃たれたら? 猛毒を飲んだら? 違うだろ? どれでもあって、どれでもない――命は殺されない限り、生き続ける。そういうもんだろ」
琥太郎の指に額を小突かれ、そのまま倒れる。
寝ていた狼の子が起きて、とてとてと新の上を這って顔の方に寄って来る。
「その子は俺の作った狼同士が交配して生まれたクローンとクローンのミックス。その子あげるから、暇潰しの相手にするといい。それにもし何か面白そうな動物見つけたら、俺のとこ来な。実物大どころか、実物そのもの見せてやんよ」
結局、何がしたかったのか。
嵐のようにやって来て、嵐のように去って行った。
ニホンオオカミの子供を、一匹残して。
「名前、付けないと不便か……?」
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