地獄道の守護者

地獄道の守護者(1-1)

 屍姫しかばねひめは基本、城から出ない。

 外に出るのは、新たな守護者を決める時だけ。


 だからそもそもの話。彼女の姿を見られる者が少ない。

 彼女の姿、顔を見られるのは、守護者となった者達と、ずっと彼女の側に付いている陰陽魚の仮面を被った男だけ。

 彼女を守るため地下都市に集められた者達の大半が、彼女の姿さえまともに見た事もなく、その存在だけが知らされていた。


 そんな彼女の姿を見られるだけでなく、触れる事も出来る、世界でたった六人の存在。六人の守護者が集結する。

 すだれの奥に座す影は細く、柔い印象。

 とても自分達の力の根源たる呪いを持っているとは、あらたは思えなかった。


「姫様から直々のお言葉だ。心して聞け」


 簾が上がる。

 奥に控えていた影が、ようやく血肉を纏った一人の人間として現れた。


 生まれてこの方、切った事などないだろう長い黒髪。

 生まれてこの方、日の光を浴びた事がないのではないだろうかと思ってしまうほど白い肌。

 生まれてこの方、自分以外に見た事が無いだろう六色の虹彩を宿した双眸が光る。


 黒を基調とした布に赤い彼岸花の刺繍が施された着物を着た小さな少女が、足を崩した状態で座っていた。


 ――その名に見合わぬ美しさ。

 醜さはその内側に秘められているのか、一見して見当たる節はない。

 過去、生きる事に必死で異性に対して意識を向ける余裕などなかった新が、初めて美しいと思った女性だった。


「姫様。此度は人間道、修羅道。そして、新しく入った地獄道の守護者が侵入者を撃退してございます。お言葉を」

「……修羅道、雲英きら殺丸あやまる。大軍を相手に、よくぞ奮闘して下さいました。怪我は、ありませんか?」

「問題ない……まだ、殺丸は戦える」

「人間道、御法川みのりかわ美暁みあけ。敵の大将を相手に、よくぞ無傷で勝利してくれました。何処か不調はありませんか?」

「一切問題ありませんよ、お姫様。ただ、ボクが勝てたのは地獄道……佐藤さとう新君のお陰です。どうぞ、此度の褒賞は彼にお願いします」

「そうですか……地獄道、佐藤新。ここへ来てまだ数日という中、よく対処して下さいました。改めて、御礼申し上げます。人間道の守護者の進言により、今回の褒賞はあなた様に与えたいと思います。何か、ご所望される事はございますか?」


 そんな事を、急に言われても。

 褒賞があるだなんて聞いていなかったし、聞かされていたとしても特別欲しい物なんてない。


 自由を訴えるほど不自由していないし、解放を求めるほど束縛もされていない。

 ならば何か物でも貰おうかと思ったが、何も思い付かない。

 ただ安らかに眠れる場所と時間さえあれば、それだけで良い。だけどそれはきっと、守護者としての役目から外れる事になるのだろう。

 だとしたら、やはり。


「何も願う事はない。褒賞はまた別の機会に。今回は誰か他の人に、それこそ、人間道にでもやればいいだろう」

「そう、ですか……本当に、何もないのですか? 何かしたいとか、欲しい、とか」

「特に思い浮かびません。寧ろ俺はあなたの盾のようなものなのですから、存分に使いつぶしてくれればと思います」

「何の忠義も忠誠心もなく、使いつぶして欲しい? 自殺願望の間違いか?」


 突然、殺丸が突っかかって来た。

 横に二人挟んで並んでいるので言葉と視線だけだが、隣にいればすぐに手が出て来そうなくらいの殺気と敵意を孕んでいた。


「褒賞を反故にするのはまだいいとして、使いつぶして下さいとはよく出たな新人。貴様、ただの自殺志願者ではないだろうな。姫様との盟約、忘れた訳じゃあねぇだろう」

「……そんなつもりはない。ただ、俺は守護者として選ばれたんだろう? なら当然の如く使いつぶせばいいだけだと、言っただけの話だ」

「その言葉と考え方が、姫様を傷付けているのがわからねぇのか!」

「何故傷付く。当然のことを言ってるだけだろ」

「てめぇっ……!」

「止しなって、殺丸君。突然褒賞なんて言われたから、思い付かないだけだ。それに、彼は欲を出せば押し込められる環境だった。まずは、欲の出し方から教えてあげなきゃ」


 隣から伸びて来た美暁の手が殺丸の肩を叩き、掴んで離さない。

 その手を力尽くで跳ね除けた殺丸は一人、そそくさとその場から出て行ってしまった。


 悪くなってしまった空気を払拭せんと、陰陽魚の仮面を被った男が咳払いする。


「では、地獄道の守護者に対する褒賞の件は先送りにすると言う事で。よろしいでしょうか、姫様」

「……そうですね。急な事で、戸惑わせてしまったでしょう。是非、ゆっくり考えてみて下さい。地獄道、佐藤新」


 褒賞。褒美。

 今まで無縁だった存在。自分とは縁遠いとさえ思う事無く、考え付く事もなかった存在が、自分の欲望というまた無縁に等しかった異物に触れている感覚を感じて、新は吐き気を催した。

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