地獄道(1-4)

 曰く、人は環境が育てる。

 だがその環境と言うのも、いわば同じ人間の事だ。


 甘やかす人間がいれば傲慢かつ強欲に育つ。

 厳しく躾ければ一定の品格を持つようになり、度が過ぎれば逆に反抗を覚える。


 では、常に周囲から殺意を向けられ続け、到底愛とは呼べない暴力のみを与え続けられた人は、どう育つ。


 答えは簡単だ。

 受動的になる。


 自分から行動する事はほとんどない。せいぜい食欲と睡眠欲に従って動く程度。

 積極的か消極的かという話ではなくて、自分から何かしたい、何か欲しいと思う事がない。今まで暴力、暴言だけを与えられ続けた結果、あらたは今まで一度も持った事の無かった自分の部屋という空間に感動すら覚えず、ずっと引き籠っていた。


 部屋を訪れるのは食事を運んでくれる侍女か、偶に様子を見に来る神楽かぐらくらい。


 だが今日、この日は違った。

 今まで片側しか開かなかった扉が思い切り蹴り開けられ、帽子を被った青年がくちゃくちゃとわざとらしく音を立ててガムを噛みながら部屋に入って来た。

 それでも、かつて両親によって全ての扉を除去され、逃げ場を奪われていた新は一切反応しなかったが。


「出動だよ」

「……何処へ?」

「敵が来たから、迎撃。つまり、君の初仕事って事」


 顔は一度見ただけだが、覚えはある。

 守護者の一人で、新の事をボーっと見ていた青年だ。

 座っている時はあまり感じなかったが、立ってみると結構脚が長く、顔立ちも整っている。いわゆるモデル体型だ。表にいれば、さぞ異性にモテるだろう。


「一緒にいけば、いいですか」

「今回はね」


 不意に、手を差し伸べられる。

 十秒ほど思考時間を要したのは、父の手を取ると必ず肩を脱臼させられるか、腕を折られるかの二択だったからで、それが友好の証を示すための握手だとは、その時は気付けなかった。


「人間道の守護者、御法川みのりかわ美暁みあけ。今回はボクと一緒に来て貰うよ」

「他の皆さんも一緒、ですか?」

「敵襲の際、陣形は決まってる。敵襲時にその場で最も近い守護者が、東西南北に位置する場所で敵を迎撃。茅森かやもり君が、最終防衛ラインとしてお姫様の側で護衛。残りの一人は、臨機応変に立ち回るのだけど……今回はまだ君が自分の力を御し切れないだろうからね。まずはボクら他の守護者と一度ずつ組んで、慣れていこうって予定さ。ここまでは、オーケー?」

「……はい」

「それは結構。地獄道の力の使い方は、もうわかったかな」

「……暫く、寝てる間に覚えさせられてる感じで。昨日からその感覚が無くなりました」

「オーケー。それなら問題ない。いざ戦闘となれば、後は君の直感と体が力の使い方を理解してくれる。後は正直に言って、慣れだ。応用も工夫もそのままごり押しにするのも、君自身。なりたい自分になりな、ヒーロー」

「……わかりました」


 数分後、厭離穢土。東方。


 新と美暁が待機する場所から、正反対の西方での戦いによって起こる戦塵が高々と舞い上がっているのが見えた。


雲英きら君、張り切ってるなぁ……敵は一点突破狙い、じゃあ、なさそうだ」


 鈍重な音が響く壁。

 一体何処から掘り進めて来たのか知らないが、太い刃を携えた巨大な戦斧を持った大男が、壁をぶち破って登場。

 肩に乗っていた小柄な老婆が、軽い身のこなしで跳び上がる。


「これはこれは、守護者が二人も揃ってお出迎えかえ? 儂ら二人掛かりで嬲り殺すつもりだったんじゃがのぉ」


(気持ち悪……)


 口には出さなかったが、新は老婆に対してそう感じずにいられなかった。


 今まで暴力に晒されて来た彼にとって、敵意や殺意を隠す意味合いが理解出来ない。

 だからわざわざ殺意を裏に隠し、厚い面の皮の中に潜めた老婆の存在が理解出来ず、殺意を隠す強かさを気味悪く感じていた。


「よし、新君。君はあの大男を頼むよ。ボクはこっちで老介護してるから」

「ふぇっ、ふぇっ、ふぇっ。生意気な小僧じゃ。どれ、婆が直々に子守りしてやろうかのぉ。そっちの小僧は任せたぞ、若造」


 巨大戦斧を担いだ大男が、新と対峙する。

 体格はもちろん、強さも明らかに父以上。

 だけどもう怯えはない。力を手にしたからではなく、家族さえ手に掛けてしまえるほど、頭の螺子ねじがイカれているから。


「おまえに恨みはないが、守護者ならば仕方ない……殺して、進ませて貰う」

「……はっ。気軽に殺すとか吠えるなよ。ぶっ殺すぞ、木偶の棒」

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