地獄道(1-2)

 目隠しをされ、連れて行かれる。

 初対面の相手に限らず、誰であろうと恐怖を覚える状況であるが、あらたに恐怖を感じる心なんて無かった。


 そも、他人に恐怖を覚えるのは信頼という感覚を知っているからだ。

 まず初めに信頼を持つべき家族から迫害され、友達の作り方も教えて貰えず、誰にも信頼されず、誰も信頼出来なかった彼には、信頼を裏切られるという恐怖が無かったのである。


「目、開けていいよ」


 目隠しを外され、唐突の光に半分も目を開けない。

 少しずつ慣らす形で瞬きを繰り返しながら視界を広げていくと、目下に巨大な地下都市が広がっており、非現実的過ぎる光景に驚きを禁じ得なかった。


 数百メートル上で光り、都市全体を照らす巨大光源。

 東西南北の位置にだろうか。自分達が降りて来たのも含めて、四つのエレベーターが忙しなく動き、人を乗せている。

 建造物は全て木造建築で、まるで数世代前の日本に遡ったかのようだった。

 何よりも注目すべきは、新の視界正面に位置する巨大な城。赤を基調とした天守閣のような作りの城は、他のどの建物よりも豪奢で、何処よりも大きかった。


「ようこそ、新くん。ここは某国某所、某地下に作り上げた巨大地下都市。【厭離穢土おんりえど】。今日からここが君の家で、君が守るべき場所になる」

「……俺は、何をすればいいんですか」

「まぁ、諸々の話はまた後で。一旦お姫様を城に運ばないとね。付いておいで」


 下に降りてみると、また世界観が変わる。


 木造建築が並ぶ中、歩道はまさかの全自動。

 車がないため、歩道の真ん中が全て動くようになっていて、立っているだけで進む近未来的設計となっている。

 古風な木造建築と近未来な動く歩道とが融合した混沌とした地下都市に、文化なんて歴史は感じられない。

 それこそ何かしらの目的があって、そのためだけに作ったから、歴史の深さも概念も度外視して効率だけを求めたような、統一性の無い設計となっていた。


 男が抱き抱える姫様を見つけてか、それとも男自身を見つけてか、行き交う人々は視界の端にでも彼らの姿を捉えると、深々と会釈していく。


「その方、お姫様なんですか」

「うん。君と僕らとで守らなきゃいけないお人、屍姫様だよ――って、そういや自己紹介してなかったね。僕は茅森かやもり神楽かぐら。一応、守護者筆頭っていう立場だ。直属の上司になるけれど……まぁ、そんなかたっ苦しいのは無しにして、気軽に呼んでよ」

「はぁ……」


 そんな事を言われても。


 新の胸の内など吐き出される事無く、三人は城へと辿り着く。

 黒服の門番が摩股さすまたを手に左右に立っているのだが、明らか普通の人よりガタイが大きく、一回りも二回りも大きくて、まるで人間ではないようだった。


「お疲れ様」

茅森かやもり様、お疲れ様です」

「そちらの……男は?」


 隙間から見えた視線に、思わず怖気付く。

 父の暴力や母の言葉に怯えていた過去もあったが、それらとは別の何かを感じて、家族を殺した青年は一歩退いた。


「新しい地獄道の守護者だよ。名前は佐藤新くん。顔とか覚えてあげてね」

「畏まりました」

「失礼致しました、佐藤新様。今後とも、よろしくお願い致します」

「は、はぁ……」


 鬼の面が描かれた巨大な鉄扉が開き、青年は遂に目の前に城を置く。

 遠くから見た時も豪奢に思ったが、近くで見るとまた迫力があって、豪奢の次に荘厳の二文字が頭を過ぎった。


「もう夜も遅いから、一回寝た方がいいと思うんだけど……その前に一回だけ、顔合わせに付き合ってくれるかな」

「顔合わせ、ですか……」

「そ。漫画で言うところの、守護者集結! って展開。どう? 燃える?」

「いえ、特に」

「そっか……まぁいいや。とりあえず、新顔の初対面だ。背筋ピンと伸ばしていきな」


 姫様をベッドに寝かせた神楽に連れられた先。の一文字が大きく書かれた観音扉を開けた先で、新や神楽と歳の変わらなそうな青年達が待っていた。

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