第121話 犯人
視界が晴れると、月明かりが照らす野外だった。
そして、潮の香りと波打つ音が聞こえているため、海だということがわかる。
「本当に転移した……」
「すごいですねー」
俺とAIちゃんはリアーヌから手を離すと、周囲を見渡した。
暗くてよく見えないが、桟橋が見えるし、何十隻の船も見える。
「AIちゃん、サーチは?」
「反応ありません。そちらは?」
「俺も探知を広げているが、不審な魔力はない。まだ来てないようだ」
「では、ここで待機ですね」
待ち伏せが良いだろうな。
「生涯、言うつもりはなかったんですけどね……」
リアーヌがふいにポツリとつぶやいた。
「転移か? 王様にも言ってなかったんだな」
「はい。ずっとギフトを持っていないと言っていましたよ。もう政治や戦争に巻き込まれるのはごめんなんです」
「前世のことか?」
さっきの食事中に今世では自由に生きたいと言っていた。
「ええ。私は巫女でした。能力は暴風。嵐や竜巻を起こすことができます」
「それはまたすごいな」
天変地異だ。
「でも、何の権力を持たない政治や戦争の道具です。国を守るため、神のために色々やりました。でも、そこに私の意思はない…………私はあなた様がうらやましい。そして、尊敬します。私では絶対に無理です」
「前世がそうだっただけだろ。今世は適当に生きな」
それが良いと思う。
俺もそうするし。
「そうですね。あなた様にもそう生きてほしいです」
「だから地図に過剰なまでの反応を示したんだな?」
「はい。ユウマ様が平穏を望んでいるのはよくわかっていました。あなた様なら仕官をすれば出世できますし、貴族にもなれます。でも、しない。理由は私と同じです」
何十年も宮仕えしたのだからもういいわ。
しかも、義理も何もない異世界の他国とか嫌すぎる。
「同じ、か……なんで転移をバラした? 騎兵隊で間に合うかもしれんし、俺の蜂さんで飛べば早いぞ」
蜂さんのことも知っているだろうに。
「これは私がやらないといけないことですから。私の責任です」
「そうか……」
まあ、そう思うなら仕方がないわな。
「最悪は軍に出向ですが、致し方ありません」
「俺の報酬をお前にやろう。それで王様に口止めでも頼めよ。あの王様なら考慮してくれるだろう」
身内なわけだし、あの王様は甘いから大丈夫だろう。
「それは……」
「いいから受け取っておけ。ケチな王家の報酬なんかいらんわ」
どうせ金貨30枚と記念品だろ。
王家というのは金を持っていないものだから仕方がないが……
「あ、ありがとう、ございます……」
リアーヌがそう言って俯く。
「マスター、敵性反応を確認」
わかっている。
ちょっと前から魔力を感じていた。
だが、いくら暗いとはいえ、何も見えないのは変だ。
「コレットを攫った仕組みも方法もわかっている……」
リアーヌはどこからともなく、刃渡り30センチ程度の短剣を取り出し、天に掲げた。
「我の祈りに応じよ!」
リアーヌがそう叫ぶと、剣が光り出し、光球が現れる。
その光球は剣から離れ、上空へと浮かび上がっていく。
そして、そのまばゆいまでの光が周囲を照らし出し、まるで昼間のように明るくなった。
「マスター、あそこに影が!」
AIちゃんが言うように街道には影が見えていた。
「チッ! めんどうな」
影の方から男の声が聞こえる。
「我の光の前には意味をなさんぞ?」
リアーヌが影に向かって告げた。
「本当にムカつくガキだぜ……」
再び、男の声が聞こえたと思ったら姿を現した。
「やはり貴様か、オットー」
俺達の前にいるのは猿轡をされ、ピクリとも動かない姫様を肩に担いだAランク冒険者のオットーだった。
「はん! なんでわかった?」
「消去法でお前しかおらんわ!」
犯人は予告状を知っている。
王家でもない、護衛でもない、俺もでもない。
あとは同じ依頼を受けた現在、行方がわからないオットーだけ。
「そうか。まあ、どうでもいいな。別に時間稼ぎさえできれば、バレても良かったし」
筆跡でバレるからな。
「それすらもできなかったようだが……」
残念。
「うるせーよ! テメーら、早すぎだ! 一体どういうことだ?」
「言うわけないな」
「チッ! やっぱりテメーは殺しておくべきだったぜ。女を侍らすクソ野郎が」
下品な奴。
「貴様、何者だ?」
リアーヌがオットーに聞く。
「そりゃテメーも知ってんだろ。Aランク冒険者のオットーだよ。けっ! ロクな名前じゃねーわ」
「…………やはり転生者か」
まあ、ギフトだろうしな。
「テメーらもだろ。チッ! 変な魔法を使いやがって……」
オットーが空の太陽のような光球を見上げた。
「良い子ちゃんは演技か?」
「当たり前だ。表の顔と裏の顔は分けるもんだぜ」
悪党だな。
まあ、お姫様を攫った時点でわかるけど。
「名前を聞いてやろう」
「貴族しゃべりはムカつくぜ。でもまあ、教えてやる。大盗賊のルドガー・デイヴィス様だ。絞首刑で死んだと思ったら楽しい世界に転生できて嬉しいぜ」
死刑囚か。
「姫様をどうする気だ?」
「もちろん、他国で売るんだよ。王女様なんて高値になるぜ」
敵国かな?
その辺の情勢がわからないが。
それにしてもこいつ、手口から見ても初犯じゃないな。
「それはなしだな。降伏しろ。すぐに追手が来るぞ」
「はっ! 笑わすな! 雑魚がいくら来ようと無駄だし、俺のギフトは見破れん」
「透明化か?」
「まあ、隠しても無駄だわな」
どう考えたってそれだ。
自分と触れたものを透明化するとかそういうのだろう。
昨日、こいつが姫様を訪ねたのは下見だな。
「リアーヌが破れるようだが?」
「そうだな。だから殺す。そいつはマジでムカつく」
「ボロクソに言われてたもんなー」
可哀想って思ったもん。
「ああ。もちろん、お前も殺す。テメーみたいなすかした奴は大嫌いなんだ」
「俺もお前みたいなのは嫌いだな。生かすつもりもない」
死ね。
「そんなにこのお姫様が大事か?」
「いや、どうでもいい」
他国だし。
「じゃあ、なんでだよ? 正義の味方か何かか?」
「お前、俺のことを女を侍らすクソ野郎って言ったか?」
「ほう……」
「俺は身内に手を出そうとする者を絶対に許さない」
こいつ、ナタリア達を知ってやがる。
調べたか知らんが、生かしてはおけん。
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