第120話 嗅げ


「キツネは匂いに敏感だろ。母上は一緒に出掛けた際、家の夕食を当ててたぞ」


 母上、すごーいって無邪気な兄弟妹ははしゃいでいた。

 もちろん、小さい頃の話ね。


「そんなこと言われてもしたことがないんですけど……」

「大丈夫。いける、いける。アナ、姫様の私物はないか?」


 御付きのメイドなら持っているんだろ。


「テーブルにあるのが姫様のハンカチになります」


 そう言われてテーブルを見ると、確かに見事な刺繍が施された布が見えた。


「よし。ほら、嗅いでみろ」


 ハンカチを手に取ると、AIちゃんの鼻に押しつける。


「うーん、良い匂いですね、という感想です」

「そうか。その匂いはどこだ?」


 そう聞くと、AIちゃんが鼻をくんくんとさせだした。


「わかりません!」

「おい……子ギツネ」

「だってー……人工知能にそんなものを期待しないでくださいよ」

「じゃあ、姫様の場所をサーチしろ」


 お姫様の魔力が小さすぎて俺にはわからない。


「半径30メートル以内にはいませんね」


 ダメじゃん。


「他に方法は?」

「まあ、ないこともないです」

「それでいい。時間がない」

「では……同期を開始……インストール中、インストール中、インストール中……」


 何をインストールするんだろう?


「インストール中、インストール中、インストール中……」


 長いな……


「まだか?」

「インストール中、インストール中、インストール完了。同期します…………ツバキ山の金狐、具現します」


 それ、だーれ?


 嫌だなーと思っていると、AIちゃんの頭からキツネ耳が生え、お尻から金色の尻尾が生えた。


「こんな時間に何じゃい。私はチビ共を寝かしつけるのに忙しいのじゃが」


 母上だ……


「母上……」

「おい、ユウマ、用があるなら明日にせい。というか、お前……まーた、知らん女がおるな」


 母上がリアーヌとアナを交互に見る。


「そこのメイドはよそ様の奥様だ」

「めいど? 冥土? 何じゃい、それ?」


 時間の無駄だな。


「母上、その辺はどうでもいいのですが、急ぎで頼みたいことがあります」

「何じゃ?」

「ちょっと、これを嗅いでくれます?」


 お姫様のハンカチを鼻に押しつける。


「何じゃい。臭いぞ」

「おい……」


 王様が低い声を出した。


「失礼なことを言うな。匂いを覚えたか?」

「そら、こんな臭かったらな。香水か? 嫌いじゃ」


 よし、覚えたな。

 やはり正真正銘のキツネだ。


「それの匂いって他にあります?」

「あん? そこ」


 母上が空席となっている椅子を指差す。

 昼間にお姫様が座っていた椅子だ。


「お前はバカか? それの持ち主を探してくれって言っているんですよ!」


 所詮はキツネ。

 母上ってこういうところがあるんだよなー。


「そういうことならそう言え。お前、そういうところがあるぞ」


 似たような感想を抱くんじゃねーよ。


「いいから。急いでいるって言ってるでしょう」

「うーん……あっち。潮の香りがするのう。海か?」


 東か。


「そうですか。ありがとうございます。では、お帰りを」

「え? それだけ?」

「良い夜を。あと、孫共が寝る前に厠に連れていってくださいよ」


 おねしょしちゃうし。


「いや、まあ、そうするが……おい! えーあいとやら! 乗っ取るな――」


 母上が黙ったと思ったらAIちゃんが目をぱちくりさせる。


「母上は?」

「強制アンインストールです」


 それいいな。


「陛下、東の海の方角の様です」

「そうか。よくわからんが、わかった。すぐにでも捜索隊を派遣する、アナ」

「叔父上、お待ちを」


 陛下がアナに指示を出そうとすると、リアーヌが止める。


「なんだ? まだ何かあるのか?」

「誘拐犯の移動手段がわかりませんが、コレットが消えてからすでに時間が経過しておりますから騎兵隊でも間に合わない可能性があります。海ということは船でしょう」


 まあ、そうだろうね。

 船でどこかに行くのだろう。


「すぐにでも海軍を動かすしかない」

「それではコレットの名に傷が付きます」

「では、どうする?」


 王がそう聞くと、リアーヌが俯いた。

 しかし、すぐに顔を上げる。


「……叔父上、私のギフトは転移です。行ったことがある場所なら瞬時に飛べます。先に港に行き、待ち伏せてコレットを救います」


 転移……

 スタンピードの時の鏡みたいなものか?

 すごい、力だぞ。


「転移……か」


 さすがに焦っていた王様もその能力に驚き、冷静さを取り戻していた。

 それほどまでにすごい能力だ。


「はい。とはいえ、かなりの魔力を消費しますし、一人か二人しか運べません」

「…………そうか。ユウマ、依頼をしたい」


 まあ、俺だよね。


「かしこまりました。すぐにでも参りましょう」

「頼む」


 王様が頷く。


「リアーヌ、すぐに行こう。どうすればいい?」

「私に触れてください」


 そう言われたのでリアーヌの露出している肩に触れる。

 すると、ちょっとビクッとし、顔が赤くなった。


「い、行きますよ」

「あ、私も」


 AIちゃんもリアーヌに触れる。


「で、では、陛下、必ずやコレットを救ってきます」

「……ああ。頼む」


 王様は真っ赤な顔をしているリアーヌを微妙な顔で見ながら頷いた。


「みゃいり……参ります!」

『噛んだ!』


 AIちゃんの嬉しそうな念話が聞こえてくると、それと同時に俺の視界が真っ暗になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る